4.目標は高く
入学から2か月ほど経ったある日、リザベルは苦い顔をしていた。なぜなら、初の試験が迫っていたからである。
学院で学ぶ分野は多岐にわたり、魔法から自然に関する学問まで幅広い。その中でも、リザベルにとって魔法に関する教科では夢中になるほどに進んで取り組めるのだが、それ以外になるとどうしても眉間に皺を寄せてしまう。得意不得意がはっきり分かれているのだ。しかし、試験が迫っている今、自分の好きな分野だけ勉強するわけにはいかない。
「リズったら、また眉間に皺が寄ってるわよ。そんな顔してたらどんな殿方でも離れていっちゃうわ」
「いいのよ、殿方よりも目の前の試験の方が大事だもの」
「リズが得意な魔法分野ばかりだったらよかったのにね。でもそれだけしてたら”魔法バカ”って呼ばれるわよ」
「そんなあだ名で呼ぶ人、シャーロットくらいよ!でも苦手な教科も勉強しないといけないのよね......」
シャーロット・メレディスはリザベルと同じクラスに所属しており、彼女も寮生である。リザベルと共に過ごす時間が長いため、自然と仲が深まった。よく二人で王都の繁華街に出かけるくらいに仲良しである。
「あなたのことだから酷い点数は取らないだろうけど.......。でも徹夜すると朝起きられなくなって、寮母さんに怒られるわよ?」
「それはいやだわ......。シャーロット、そうなりそうな時は叩き起こしてくれない?」
「いいわよ。でも一回起こしたら、パイケーキのお店お茶一回分ね」
「寮母さんのお叱りは受けたくないもの、その条件飲むわ!」
小さな取引が行われた後、二人は食堂を後にした。
リザベルは用事がある日以外、放課後学院の図書館で過ごすのが日課になっていた。読むのは大体魔法や魔術に関する本なのだが、この日は試験が迫っていたので普段読まない苦手な”お堅い”本を手に取って、何とか理解を深めようとしていたのだが、
(全然頭に入ってこない......魔法と違って掴みづらいし、理解するまで遠い気がするわ......)
と、うんうん唸りながら目を細めていた。目の前に必死で、こちらに向く視線には全く気付いてないのだった。
迎えた試験当日、リザベルは寮母に怒られることなく起床することができた。結局あの日から、お茶一回分の寝坊で済んだのである。
試験の内容は、魔法の技能試験と広い分野での筆記試験である。技能試験においてリザベルは授業の中で優秀な成績を収めており、試験も十分自信があった。問題は筆記試験なのだ。こればかりは自分を信じて乗り切るしかない。リザベルは頭をフル回転させて試験に挑んだのだった。
技能試験も終わり筆記試験も無事全科目終了した頃、リザベルは解放感に包まれていた。だが、苦手科目の自信は全くないのだった。
リザベルが消沈していると、横から深紅のストレートロングが目に入った。
「おつかれさまリズ。どう?手ごたえは」
「正直全っ然ないわ。今すぐにでもやり直したいもの」
「相変わらず向上心の塊ね、それよりいい情報があるんだけど、聞く?」
「いい情報って?」
「いつものパイのお店が数量限定のパイを出してるらしいの!行くでしょ?」
「そんな情報知ってるなんて、あなたって天才なのねシャーロット!」
「今日くらいはいやなことも忘れるわよ。ほら、パイが私たちを待っているわ!」
そうして2人の女子生徒は人気のパイのお店へ足を運ぶのだった。
その夜皆が寝静まった後、リザベルは自室から外の木をのぼり寮の屋根へ腰を下ろした。ここから見る王都の夜景は、建物の明かりや街頭の光が転々と光っており、昼賑わいを見せていた場所とは思えないくらいに静かだった。この景色はリザべルのお気に入りなのである。
そんな夜中、リザベルはひとりこっそり魔法の練習をする。図書館で得た魔法を試してみたり、魔力を調整する練習を毎日行っていた。魔法に対しての熱量は人一倍強い。まだ自分ではうまく使えないけれど、さまざまな魔法を知っておこうと図書館にある本を片っ端から読んだりしている。リザベルは魔法について学ぶことが楽しくて大好きなのだ。そしてなにより、幼いとき自分が魔法に感動したように、自分も魔法で人を笑顔にしたり役に立ちたいという思いがあった。
「あの時水の魔法を見せてくれた魔法使いさんみたいになるには、まだまだ足りないわ。苦手も克服してもっとうまく扱えるようにならなくちゃ」
そよ風吹く屋根上で、リザベルはひとりごちた。
試験から2日後、結果と順位が張り出された。リザベルの結果は100人中20位である。
「あれだけ手ごたえがないって言っておきながら、まあまあじゃないリズ」
「私、全然満足してないわ。つぎはもっと上を目指すのよ」
そういって、今日の悔しさをばねにしようと前を向いたリザベルだった。
「それにしても今日は一段と歓声がすごいわね」
「1位がリオ・ブラックウェル様だからね。すごく注目を浴びてらっしゃるわ」
シャーロットが顔を向けた方にリザベルも顔を向けると、紺色で癖一つない髪を持つ男子生徒がいる。彼から離れた所にいたリザベルも彼が美形であることが分かる。ものすごく注目を浴びていて、女子生徒たちからざわつかれていたり、黄色い歓声を浴びていた。それが顔の良さからなのか、結果に対してかどちらなのかはわからないが。
「いつかはあの方を抜いて1位になるわ」
「今までで一番燃えてるわリズ、打倒ブラックウェル様ね」
「あの方を越すくらいの成績を収めて、素晴らしい魔法使いになるのよ!」
そう言いながら紺色の髪色をした令息を、リザベルは見つめていた。
今回あたらしくお友達が登場しました。おいしいものに目がなさそうな子です。