交差点で君を待つ
「ねえねえ、今日はどこに行くの?」
僕は君に声をかけた。でも、君はまるで口を利いてくれない。
喧嘩した時は、いつもこうだ。
僕が謝るまで、君は態度を変えない。
でも、今回ばかりは喧嘩をした記憶がない。
今週末はデートに行く約束だってしている。
僕はずっと、君を見つめている。
でも君は、僕と目を合わせようとしなかった。
君は鏡の前で、今日の洋服選びに夢中なご様子。
「右のピンクのワンピースがいいんじゃない?」
君は左の黒のワンピースを選んだ。
「ねえ、怒ってる? 僕、何かした……?」
君は何も答えなかった。
「ごめん……」
今回ばかりは、謝っても、どうやら口を利いてくれないらしい。
家のチャイムが鳴り、何かが届いたようだ。
君は迷いなくドアを開け、それを受け取った。
届いたのは、チョコレートコスモスの小さな花束だった。
君は、どこか悲しそうにコスモスの花を見つめた。
「ねえ、それって誰かへのプレゼント?」
君はやっぱり何も答えなかった。
黒のワンピースを着て、花束を抱え、君はあの交差点へと向かった。
そこは、事故が多い交差点だ。
沢山の花束がいつも置かれている。
君も同じように、そこに花束を置くと、静かに手を合わせた。
この交差点で事故に遭い、なんとか生還した者達は、皆同じ言葉を口にする。
『赤いボールを持った男の子が飛び出してきた』と。
いつしか、この交差点は気味悪がられ、赤いボールを持った男の子を見た者は事故に遭うと、うわさされるようになった。
「チョコレートコスモスの花言葉は、確か……」
「恋の終わり……」
突然、君が呟いた。
「僕の声、もしかして聞こえたの?」
「でもさ……。簡単に終われるわけ、ないよね?」
君はそう言うと、涙がこぼれないように空を見上げた。
あれから、もう一年が経つのか……。
僕はもう、君と喧嘩することもできない。
君と僕の人生が、交差する日は永遠に来ない。
僕もあの日、ボールを持った男の子を見た。
車の前に飛び出してきた彼は言った。
「お前か……?」
その昔、男の子が、あの場所でボール遊びをしていたらしい。
そして、事故に遭い、ひき逃げされたのだという。
ひき逃げ犯を探して、彼は今でもあの場所に飛び出してくるのだ。
この交差点のうわさには、一つだけ間違っていることがある。
男の子が持っていたのは赤いボールではない。
黄色いボールだ。
赤いのは、血で真っ赤に染まっていたからだ……。