第18話 いざダンジョンへ
善は急げと準備を進めていると、シャロがメルセナからの映像魔法を受信した。
『シャロ、見えていますか?』
「わわ、メルセナちゃん?! 突然どうしたの?」
『ついにうちの同級生からも行方不明者が出てしまいました』
「本当?!」
『覚えていますか? 入学式の日に、シャロに絡んでいた彼、ネゾーヌ・ゼマスです。個人的にはあまり好かないですが、彼も同じ学校の一人。王国が静観している間に学生まで巻き込まれているんです。もう私は我慢なりません』
メルセナの語気は荒い。声だけでも余程憤慨しているのだとわかる。
「ダンジョンに潜るつもりなの?」
『ええ。残念ながら誰の協力も得られなかったけれど、私は一人でも向かいます。例え蛮勇だと言われても、私は目の前で起きている被害を見過ごすなんてことをこれ以上やっていたら、私が私を許せません!』
「待って待ってメルセナちゃん! 私も行くよ! だからちょっとだけ待ってて!」
『そんな。シャロを巻き込みたくて連絡したんじゃないんです。もし私が帰らなかったら、ダンジョンに潜ったと伝えて欲しい。それだけを伝えにきたんです』
「ひどいよメルセナちゃん! それじゃあ、私にメルセナちゃんを見捨てろって、言ってる、みたい、じゃん……」
シャロの目にじわりと涙が滲む。これ以上言葉を紡げないようだ。その様子を見て、メルセナも閉口してしまう。
仕方ない、出番かな。
「あー、やっほ、見えてる? メルセナ」
『あ、貴方は……?』
「シンだ。いや、シンクス・リーアヴィルと言った方が通じるかな」
『シン……あっ、シャロがいつも話してくれる、あのシン殿ですか!?』
「そのシンで合ってると思うよ」
『私はメルセナ・パラロードと申します。ハイエルフ族で、【神託】に従いエルフの勇者として百年の剣の研鑽の後――』
「うん、入学式で会った時に聞いたよ。あの時は助かった、ありがとう」
『こ、これは失礼しました。シン殿は変わった魔法を使われると聞いています。いつかお目にかかりたいとは思っていましたが――申し訳ないが今王都は緊急事態なんです。私はこれから、』
「タイムタイム! その緊急事態に、俺と俺の従者のフェンリルも同行するって話なんだけど。もちろんシャロもな」
『……貴方も来てくださるのですか?! フェンリルって……確かリーンと言う名の!? 一度お会いしてみたかったんですっ!』
音割れするくらいの勢いでメルセナが仰天する。そんな驚くようなことか……?
『来てくださるのであれば、光栄です! シャロからはマンティコアを一刀両断したちょうくーるないけめん、と聞いています!』
「ちょうくーるないけめん?」
「あわわわわわわわ」
さっきまでの涙はどこへやら、シャロは赤面しながら目をぐるぐる回して混乱している。
シャロさん、話盛ってるね? そもそも俺には記憶が朧げとか言ってたじゃん。
「ま、まあ確かにマンティコアを倒したのは事実だよ。あと今はその時より強くなってる……はず!」
『なんと! 研鑽を怠らないその姿、敬服します!』
「真面目か?! っていやそうじゃない。とにかく、俺もそっちに合流するから、先走らないで寮で少し待っていてくれ」
『わかりました! お待ちしていますっ』
魔法を終了する。
メルセナと話している間にリーンが準備を済ませてくれていたようだ。と言っても、基本的に食料ばかりなんだけど。
「んじゃ、俺の友達を困らせる厄介そうな事件にちょっかい出しにいくとするか」
――
意気込みのまま、堂々疑似ゲートを通ってシャロの寮部屋に行ったのはまずかった。
今俺の目の前には、絶賛着替え中で下着姿のメルセナがいる。
リーンよりは低くシャロよりは高い、ちょうどいい身長。引き締まった全身の筋肉は、毎日の鍛錬を欠かしていない証だ。長い透き通るような金髪と、エルフ特有の長い耳は不思議と高貴さを感じさせる。それでいて胸もちゃんとあり、シャロほどではないものの充分なサイズ感で、何より張りがある。
うん……予定外のアクシデントで、まじまじと見すぎた。
「な、な、ななな、な、なぜ……っ、こ、こここ、ここ、女子、寮……!」
「うーん。弁解したいからとりあえず刀を鞘ごと投げつけようとするのは勘弁してくれないか」
「この変態~~~っ!!」
「投げるなぁぁぁああっ!!?」
壊すわけにも避けるわけにもいかない、これは恐らくメルセナの愛刀だろう。何とか白刃取りの要領で掴んだ。
「突然入ってきて悪かった! 向こう向いてるから!」
「メルセナさん~~っ! リーンはリーンでありますよぅ~~っ」
リーンがメルセナに向かって元気に飛びかかっていく。「ひゃあぁ~~っそこは~~!」と言うメルセナの嬌声にも似た悲鳴を聞き流しながら俺が反転すると、ふくれっ面のシャロがいた。
「シャロさん……なぜ怒っていらっしゃる……のかな……?」
「わ、か、ん、な、い、の、か、な!?」
「うおお!?」
頭に鉄拳が飛んでくる。仕方ない甘んじて受けよう――痛っっった!!
「せ、せめて手加減して……」
「ふんだ。ずーっとメルセナちゃんのことじろじろ見て。エッチなシンくんが悪いんだもん」
「マスターはえっちなのでありますか!? じゃあリーンもえっちになるであります!」
「はいリーンは余計なことを喋らない!! こら脱ぐな!」
くっそう、何だこの緊張感のなさは!?
と、それを咎めるかのように、警報音が鳴り響く。持っていた刀をメルセナに投げ返し、戦闘態勢を取る。
「なんだこのサイレン?!」
「これは……アラートナンバー十八、校舎内あるいは校舎付近にダンジョンゲートが発生した場合の警報パターンです!」
「それって危険なのか?」
「はい、学校は魔素の森のレプリカを管理するために、精密な魔力操作を行っています。一方でダンジョンとは魔素の偏りによって生じた異界。その入口であるゲートも、当然精密な魔力操作に悪影響を及ぼします! もしレプリカの制御に失敗したら、王国がどうなるか……」
「でもメルセナちゃん、学校にはゲートが発生しないように結界魔法が張ってあるって」
「もしかするとシステムに異常が発生しているのかもしれません。一刻も早くゲートを探さないと……!」
まるで俺たちが疑似ゲートを通るのを待っていたかのようなタイミングだな。
飛んで火に入る夏の虫がどっちなのか、ここでハッキリさせようじゃないか。
(ダンジョンゲートの位置を特定できるか?)
《既に特定済みです。マップに表示しました。ここより二十メートル先の教室の中にあります》
「了解! みんな、そこの教室だ!」
返事を待っている暇はない。アクセルの魔法を付与し、ひとっ飛びで移動、扉を蹴り飛ばす。
「あった、ゲートだ」
三人が追いつく。
「俺たちがこっちに来たのを見計らってのようなタイミングでこれだ。罠だと思って掛かろう」
全員の表情が固くなる。
「大丈夫、俺たちを敵に回したことを後悔させてやろう」
次話は明日18時更新です!