第17話 陰謀の予兆
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激動の初日から二週間が過ぎた。
俺は家の内装やら魔法やスキルの実験やら、庭や畑の拡充などなどなど……色々とやることがてんこ盛りで毎日忙しくしている。
一方シャロはと言うと、普通に毎日来ていた。
ゲートを潜ればすぐ行ける、と言う気楽さがやはり大きいのだろう。放課後や夕食後などに、短い時間でも会いに来ていた。
リーンもシャロが来ると大喜びでじゃれついている。
もちろんゆっくり遊ぶために来ている時もあるが――
ここ二週間リーアヴィル王国で、特にトーネリア魔法学校のある王都ではとある不可解な事件が発生していた。
その事件とは、ダンジョンに出るような赤目をした人型の化け物が、街で暴れまわっている、と言うもの。それと同時に、行方不明者も出てきているそうだ。
化け物に関しては冒険者たちが何とか倒しているが、行方不明者については何も分かっていないとのこと。
噂では、俺が魔素の森の領主扱いになった数日後に王都に出現したダンジョンゲートの影響ではないか、と言われているらしい。
「でね、メルセナちゃんが『これ以上我慢できません!』って言って、近いうちにそのダンジョンに潜るみたいなんだ……」
「なるほどな」
メルセナ、と言うのは俺とシャロが入学式の時にネゾーヌといざこざが起きかけた際、割って入ってくれたハイエルフだ。アーニャ曰く『メルセナとは赤ちゃんの頃から面倒を見ておるのう!』とのことだったが……じゃあ入学式で垣間見えたメルセナの正義感の強さは一体どこから来たんだ、とツッコミたくなってしまう。
そして、その時の正義感同様、今回も街の人が危険に晒されていると言う状況に我慢しかねている様子らしい。
「シャロ、ダンジョンって学生が一人で入っても大丈夫な場所なのか?」
「ううん。教えられた感じだと、ダンジョンには魔素の森と同じく、絶対にパーティを組んで入れって言われてるよ」
「脅威度は同じくらいなのか?」
「ダンジョンによって魔物の強さは全然違うみたい。でも新しくできたダンジョンの魔物は、信じられないくらい強いみたい。結構王都の中心部にゲートができちゃってるから、たくさんの冒険者が挑んでるんだけど……みんなボロボロで帰って来るの」
「……」
俺の転生、シンクス・リーアヴィルの暗殺、マンティコアとの遭遇……仏の顔も三度までとは言うが、今回のダンジョンゲート出現を含めるなら四つめだ。もうこうなってくると俺と無関係だと決めつけることの方が難しくなってくる。
……だが。この変数の中で、俺の転生を除いてしまえば、一人あるいは一つの思惑のもとで動いている可能性が出てくる。
つまり、シンクスを暗殺し、学校の敷地内にマンティコアを呼び寄せた者が今回のダンジョンゲート出現にも絡んでいて、気の長い何かの計画を今こそ実行しようとしているのではないか。と言うことだ。
マンティコアについては、ずっと俺が原因だと思っていた。
だが、[覇者の一柱]の副効果はあくまで"強力な存在を呼び寄せる"ことであり、"魔素の森から何かを召喚する効果"があるわけではない。ここで仮説が立つ。
もし呼び寄せられたマンティコアが、"最初からレプリカの魔素の森に居た"マンティコアだったとしたら?
これは計画的なテロ行為と言うことになる。
そして、その可能性は高いと俺は踏んでいる。なぜなら――俺とシャロがあの時遭遇したマンティコアは、赤い目をしていたからだ。
この魔素の森に赤い目の魔物はいない。赤い目の魔物が生息しているのは、ダンジョンだ。
……正直なところ、魔素の森と言う居場所を手に入れた俺にとって、今更王国のゴタゴタに関わる義理はない。
しかし今ここには大切な友人――シャロがいる。彼女が日々楽しげに話すメルセナについても、気にならないと言えば嘘になる。
(こういう中途半端な甘さが、いつも身を滅ぼしてきたんだけどな……)
輪廻転生とはよく言ったもので、人の性と言うのはたかだか二度死んだ程度では変わらないものなのだろうか。
「……それで、正直なところ、シャロはどうしたいと考えてるんだ?」
「私は……」
口ごもるシャロ。隣でごろごろとしていたリーンが急に跳ね、びしりっと指を突きつける。
「シャロさんっ! マスターは何だかんだお人好しなのですよ。昨日だって、ゴブリンさんたちの洞窟が崩れたと聞いて、修理に行ってたのでありますからね」
「えへへ、シンくんが優しい人だってことは、私もちゃんとわかってるつもりだよ。でも……そうじゃないんだ。シンくんに頼んだら……また入学式の日みたいに、シンくんだけに戦わせることになっちゃうんじゃないかって、私はまた何もできないんじゃないかって……それが不安なの」
「シャロ……」
ぎゅ、とスカートの裾を握るシャロを見て、決心がついた。
軽く笑顔を浮かべて、諭すように言う。
「俺なら大丈夫だ。それに、決断を先延ばしにして万が一メルセナが怪我でもしたりしたら、それこそ取り返しがつかないんじゃないか?」
「シンくん……」
「俺はシャロの不安を取り除くためなら、何でも協力するよ」
「えへ、ありがとうシンくん。おかしいなぁ、シンくんは年下なのに、私よりずぅっとしっかりしてる……見習わなきゃなぁ……」
シャロがうっすらと涙を浮かべるが、次の瞬間にはそれを払う。
「うん! 言うね! 私、メルセナちゃんを一人で行かせたくない! 学校のみんなはいきなりダンジョンなんて怖がって誰も一緒に行こうとしないの。せめて私だけは行こうと思ったんだけど、きっと足を引っ張っちゃう……だからシンくん、お願いします、私に手を貸してくださいっ!」
覚悟のこもった声だ。
全然君の方が立派だよ、シャロ。俺が十四の時なんて……特に何を考えることもなく、漫然と周りの言う通りに過ごしてたよ。
そしてそんな君にだからこそ、俺は協力を惜しまない。
「もちろんだ。シャロの頼みを俺が断るわけないだろう?」
「リーンもついていくでありますっ!」
「ははは、フェンリルのリーンがついてきてくれるなら心強いな」
「シンくん、リーンちゃん……うぅっ、ありがとうっ」
感極まるシャロをぎゅぅっと抱きしめるリーン。
実のところ、この二週間で行ってきた魔法とスキルの実験結果を試す場が欲しいとは思っていた。
三度目の生を受けた俺が、今度こそうまくやっていけるのかどうか――――それを試すにはきっと、うってつけだ。
次話は明日18時更新です!