第14話 森の主様
「流石未開の地だな……こりゃ植物だけでも全然食うに困らないぞ」
これまでの経験で言うと、むしろ未開の地は毒物とかが生い茂っていて、入ったら最後生きては出られない……と言う印象でしかなかったのだが。
《この魔素の森は、マスターの過去に経験したものとは異なります。未開の地、と言うのはあくまで人間視点のものであり、魔物視点で見れば単に資源の潤沢な土地と言う認識でしかありません》
「それもそうか」
《ここには多くの魔物の集落があり、お互いに生態系を意識し合っています。そのため基本的に殺し合うことなく非常に理性的に過ごしている模様です》
「確かにあのオーガたちも見た目以外は人間と変わらなかったな」
《森の主様、なる方の魔法的努力の賜物であると推測されます》
「保護瘴気って奴か。リーアヴィル王国の連中よりも余程民のリーダーに向いてるんじゃないか」
「ほうほう。妾を褒めているのかえ?」
「うおっ?! 誰?!」
横からひょいっと覗かれる。何の気配もなく突然現れたので、腰を抜かすところだった。
森のものを勝手に採ったから怒られるのだろうか……。
振り返るとそこには俺よりも低身長の女性がいた。その美しい銀の長髪と、全てを見透かしているような目つきから、女子ではなく女性と言わざるを得ない雰囲気を持っている。
「ふふふ、そんなに畏まらなくても良いぞえ。森の監視網に気になる者が引っかかったから、来てみただけのことじゃ」
「えーと……どなた?」
殺意も敵意もない。ただ微笑を湛えているだけだ。
……余計不気味なんだけど!
「自己紹介が遅れてしまったのう。妾はアナスタシア・スターロード。ハイエルフ族じゃ。魔素の森の主様、と言えばわかるかの?」
主様……? え、やっぱこれが噂に聞くロリババア?
おぉっと、目つきが鋭くなった。主様ってのはやっぱり伊達じゃないな。
「主様、についてはリーン……フェンリルの娘から聞いている」
「うむうむ。殊勝な子じゃ。して主よ、その容貌、リーアヴィル王国第四王子シンクス・リーアヴィルと一致するが。本人かえ?」
「……」
先程とは異なる鋭さの目つきだ。自身の領土を脅かすものは許さない、そんな確固たる意志を感じる。
ここであからさまな嘘を言ってもすぐさま見抜かれ、敵として認定されるだろう。
が、敵か味方かもわからない状況で全てを明かすのはリスキーだ。
「俺の名は……シンと言う。このシンクス・リーアヴィルの暗殺現場にたまたま居合わせてしまい、成り行きでその姿を使っている状況だ」
「ふむ。だいぶ端折ったのう?」
「うぐ」
ほほほ、と愉快そうに笑うアナスタシア。
「ま、及第点と言ったところじゃな。妾を敵に回さないギリギリのラインを見ておるの。ま、噂通りのシンクス・リーアヴィルであれば、魔素の森にとって害悪。即刻殺害しておったところじゃ。……ところでお主、巧妙に偽装されておるが、仄かに魔物の香りがするのう。これは何じゃ?」
「そんなことまでわかるのか」
「違和感、程度じゃがの。一つはリーンのものじゃな。この名リーンと言う名もお主がつけたのじゃろう? あの子、本当に喜んでおったわい。」
「……俺はスライムだ」
「ほう? スライムには擬態能力があるが、ここまで精巧なものは七百年生きておる妾とて見たことがないぞよ」
「特殊なスライムでな……中身は人間なんだ」
「中身が人間のスライムが、人の皮を被っている、と言うことかえ?」
「禅問答みてぇだが、まぁそうだな……」
「はははは! 面白い、面白いのうお主!」
「俺はリーアヴィル王国を追放されてこの森に来たんだ。魔物たちを害する気はない。だから住むことを許してくれないか?」
「うむ? 律儀じゃのう。最初からそのつもりじゃ。森に入ってきた時からずっと見ておったからのう。いやはや、今年はメルセナの【神託】が進む年じゃから何か起きるかもとは思っておったが、これは予想外じゃった! 良き良き、気に入ったぞよ」
けらけらと笑うアナスタシア。その屈託のない笑みだけを見れば、相応の幼女もとい少女にしか見えない
「うむ、妾のことは気軽にアーニャと呼ぶが良い。お主、妾を前にしても怖気づかぬその様子……どこかで死地でも乗り越えておるのじゃろう? そのうち色々聞けるのを楽しみにしておるぞ。えーと」
「あぁ、俺のことはシンと呼んでくれ。……ずっとそう呼ばれていたから、この名には愛着があるんだ」
「そうかえ。ではシン、妾もばーべきゅーとやらに参加させてもらうぞよ」
「あんたまさかそれが目的で来たのか……?」
「当然じゃろう」
えへん、と無い胸を張るアーニャ。
「これ貴様、貧乳には貧乳の良さがあると知らんのかえ? お姉さんが今ここでじーっくり教えてやってもよいのじゃぞ」
「待てい待てい、森の主様が誰よりも節操ないのはまずいだろ、大体この身体一応十歳だからな!?」
「ほほほ、初心じゃのう」
「やかましい……」
俺がアーニャを連れて家に戻ると、既にリーンがシャロを連れて戻ってきていた。
当のシャロはと言うと、ぐるぐると目を回している。
「マスター! リーンお買い物できたでありますよ!」
俺に気づいたリーンが勢いよく飛びついてきた。
「うん。偉いぞ。ちゃんと塩と胡椒だな。……で、君はシャロをどうやって運んできたんだ」
「担いできたでありますっ。ばーべきゅーに遅れないように、猛ダッシュで来たですよー!!」
「お陰でシャロが目を回しているようだが」
「クゥン?! マスターがこわいであります、リーン何か悪いことしてしまったですか?」
「速度を出しすぎると人間の身体は持たないんだよ。急いで来てくれたのは良いけど、もうちょっと相手を気遣ってやろうな」
「うぅ、知らなかったですぅ……てっきり寝てるのかと思ったです……シャロさん、大丈夫でありますか?」
いつの間にかアーニャがすすすっとシャロの元に行き、全身をさわさわしている。
「ふむ、豊満なバデーじゃの。プルプルである」
「コラセクハラ主、何してんだ」
「いや何、この深層で人間が平気で居られることが不思議での? なるほど保護瘴気が張られておる」
「しまった、森の瘴気のことすっかり忘れてた……! シャロ、大丈夫か?!」
「お主、色々考えているようでいて肝心なところが抜けておるのう。この娘は単に気絶しておるだけじゃから問題ない。回復ついでに保護瘴気も強化したものを付与しておくぞえ」
「助かる……!」
「うむ。代わりにばーべきゅーを堪能させたまえよ、少年」
「了解だ」
さてさて、調理開始と行きますか。
次話は明日18時更新です!