第10話 追放
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「巻き込んじまってごめん、シャロ」
「ううん……シンくんが居なかったら私、死んでたと思うし……」
明確に学校を追放になったのは俺だけで、シャロについては処分は保留になった。
「私は特別生って言ってもエール小王国は小さな国だから、立場は弱いんだ」
「そうなのか」
リーアヴィル王国はそれなりに発展している国で、国家機関であるトーネリア魔法学校は政策上のアピールも兼ねて友好国の人間を生徒として受け入れている。
エール小王国は採取できる特殊な資源のおかげで最近友好国入りし、シャロの他にも過去に数人特別生として魔法学校に入学した者がいるようだ。しかし卒業後は国に戻り、普通の職についている。
つまり、特別生と言う制度はリーアヴィル王国の国際的な政治アピールに過ぎず、それ以上の意味を持っていない。
シャロが俺と居たせいで不利益を被るのは何としてでも避けたいところだが……。
「シンくんとは、もう会えないんだよね……」
寂しそうな表情を浮かべるシャロ。
「形式上はそうなるな」
「うぅ」
「ま、そのうちまた会えるよ」
「ほんと?! 絶対だよ! 絶対だからね!?
「もちろんだ」」
シャロがぴょこぴょこと嬉しそうな表情になる。
「もう行っちゃうの?」
「ああ。落ち着いたら連絡するよ」
「待ってる!」
「おう」
ちなみに学校は寮制なのだが、俺は変に長く滞在して面倒が増えても厄介なので、即日森の方に行くことにした。
(ま、俺も魔物だし何とかなるだろ)
シャロは俺の姿が見えなくなるまで、健気に手を振っていた。
――
と思って魔素の森に来たのだが。
頭を悩ませる種は別の所にあった。
「俺これ野宿になるってことか!?」
魔素の森は、隣接国で分割統治扱いされているとは言え、実際に誰が住んでいると言う訳でもない。むしろ危険なので、森の境目には魔物の侵入を防ぐ防御魔法と感応式の攻撃魔法が張り巡らされていた。
「流石に手ぶらで来たのは悪手だったか」
ちょっとボケているのかもしれん。初級エリアなら冒険者用のねぐらくらいあるかと思ったが、そんなことはなかった。ただ鬱蒼と茂る森が広がっているだけだ。
それもそのはず。冒険者は基本日帰りで、深層エリアのような強力な魔物のいる場所に立ち入ることは滅多にない。そもそも魔素の森と言うのは現実世界に展開されてしまったダンジョンのようなもので、奥の魔物ほど自分の縄張りから出てこない……らしい。
「それにしてもここまで未開だったとはな……」
学校内のレプリカと比べると、同じ初級エリアとは思えないほどの魔素の密度だ。冒険者と言う奴らは本当にあのレプリカの訓練で強くなるのか疑問だ。
世界各地に発生すると言うダンジョンの方が攻略難易度は低いのだろう。シンクスの記憶でも、魔素の森についてはほとんど記憶がないが、ダンジョンについては何度か潜ったこともあるようだった。
(魔素の森に行く際は補助金が下りるらしいし、それ目的なんだろうな)
まぁそんなことを気にしても仕方がない。
ある程度森の中を進んでいくと、ようやく開けた場所に出る。
「お、これは湖か? めちゃくちゃ綺麗だな」
ひとまず休憩にするか。そういえばこの身体って人間の食事は必要なのか?
《マスターの身体は現在魔物 スライムとなっておりますので、主なエネルギー源は魔素です。そのため原則として食事は不要です。ですが[捕食]の副効果として、適用されている外見情報の身体構造が反映されます》
「つまり?」
《人間の姿で居る以上、お腹は減りますし、喉も渇きます》
「なるほどわかりやすい。で、摂取の必要はあるのか?」
《限度を超えるとと自動でスライムの姿に戻り、魔素を自動で摂取します。故に、回答としてはNoとなります》
「限界バトルかな?」
いちいちスライムの身体に戻れば食事の必要はなさそうだが。ま、この世界の食べ物って言うのにも興味あるし、ひとまず人間の姿でいるとしよう。
「なっ、人?!」
湖の畔に近づくと、長い黒髪に美しい碧眼を持った美女が水浴びをしていた。何だよ、普通に人が居るんじゃねえか!?
が、その女性は俺の姿に気づくなり、全裸のまま物凄い勢いで走ってきた。
「マスター! マスターマスターマスターマスター!」
「違うと思うんだけど?!」
さながら忠犬の如く、抱きついてきては舌をへっへっとさせている。ちょっと!? あらゆるものが当たってるんだけど!
《彼女の個体名はリーンです。【帰伏】と【降霊】の副効果によって人間態を獲得したものと思われます》
「マジ? お前リーンなのか」
「はいなのであります!」
目をキラキラさせて首肯する彼女。確かに近くで見ると立派な耳と尻尾があるし、人ではないと言われても不思議ではない。しかしシャロより十センチほど大きいだろうか。その身長で抱きつかれてくると、遥かに背の小さい俺には色々と問題が!
「わ、わかったわかったからまず離れろ! そして服を着る!」
「服? でありますか?」
「服でありますなぁ!」
「マスターが肌の上につけているそれでありますね!」
「うむ物わかりが良くてえらい、服はどこかな?」
「そんなものはないであります!」
「うん、困った」
「マスターが困るのは良くないのであります! 無ければ作ればよいのでありますよ~」
そい! とリーンが上空に手をかざすと、魔法陣が現れる。そして周囲の草花を適当に取り込み、間もなく服が生成された。黒の……ドレスと言うかワンピースと言うか。程々にフェミニンで、同時に実用性もあるように見える。
「どうでありましょう? マスターの奥方の服装を参考にしたであります!」
「奥方? 誰? ……ってシャロのことか?! いやいや違う違う、彼女はクラスメイトであって、そういう関係じゃないんだよ」
「そうでありましたか。いつお嫁にするのでありますか?」
「君は話を聞いていたのかな?」
「もちろんであります!」
どやぁっ、と胸を張るリーン。そこそこの長身なのに、中身はアホそのものだ……。そういえば彼女はフェンリルだったはず。年齢とかどうなってんだ。
《リーンの年齢は人間で換算すると二歳です。しかしフェンリルは二ヶ月で自立し、それ以降は全て同列の大人として扱われます。よって人間の年齢計算は当てになりません》
「二歳で大人……つまりこのナイスバディとアホの子の奇跡的な両立はフェンリル故と言うわけか……!」
ケモミミっ子と言えば、一人は忠犬系アホの子が欲しいと言うものだ。異論は認めん。
「ないすばでぃ?」
「リーンの身体は素晴らしいぞと言う意味だ!」
「わーい! 褒められたであります!」
《無垢な子にセクハラをするのは褒められた行為ではありませんね》
やかましいわ!
「……っとと、ちょっと落ち着くとするか」
と言うかこのポップアップさん、普通に喋るようになってない?
《はい。私は【世界知識】でございますので。学習と共に進化します。そうですね、AIとでも思って頂ければ》
「なるほどね」
「マスター?」
「あぁすまん、こっちの話だ」
あ、女神がくれた【世界知識】ってこのポップアップさんそのものの事だったのか……。まあサポートAIがついてると思えば良いかな。
「ところで、リーンは何をしてたんだ? 家に帰る途中?」
「いえ! リーンはマスターのリーンになりましたので、マスターにふさわしい従者になるべく、人の姿を習得し、人の文化たるしゃわー? をしていたのでありますよ」
「水浴びはシャワーとはちょっと違うけどな。と言うか、テイムしてすぐにどこか行っちゃったのはそういう事だったのか」
「はいであります! 後お礼がしたかったので、お礼も探しに行っていたのであります」
「俺はそんな大したことしてないよ」
「大したことでありますよ! マスターが居なければリーンは死んでいたであります! まぁどこでどうケガしたかとは覚えてないのでありますが――って、あっ、あれ! あれがお礼であります!」
そう言って、何かを指差すリーン。そこにはカラフルな色の果物がいくつも置いてあった。しかし見慣れない形状をしているし、やけにデカいものもある。ありゃ一個食べただけで普通に満腹になるぞ。
が、リーンはと言えば褒めて欲しいと言わんばかりの表情をしている。
「……とりあえず食べてみるか」
《補足。この果物は全て『ルンガ』と言う果実です。毒等の危険性はありません》
「へー。りんごみたいな名前だけど違うのか」
手頃なサイズの赤いルンガを一口齧ってみる。
「う、うまい!」
しゃくっ、と小気味の良い音を立て、果汁が溢れ出す。名前通り、りんごに似た味だ。しかしその凝縮された旨味は、一口で脳が興奮の頂点に達する。
「うまいでありますか! 良かったであります! 奥から取ってきた甲斐があったであります~」
「奥?」
「奥であります」
まさか、深層エリアのことか……? いやフェンリルも深層エリアの魔物だし、おかしくは無いか。
《スキャニング終了。ルンガの情報を獲得しました。これは現在深層エリアにしか生息しない果実です。以前は初級エリアにも自生していましたが、乱獲に遭い消滅した模様です》
(まぁこんなにうまけりゃ当然か……甘いものは脳みそをぶっ壊すとは言うが、これは段違いでうまいもんな。間違いなく高値で売れるぞ)
《食用植物は魔素も栄養とします。そのため、原則として深層エリアに自生するものの方が豊かな栄養を持っています》
(そういうことか。しかも深層エリアは危険すぎて冒険者は立ち入らない……もしかすると深層エリアの強力な魔物って言うのは、単に自分たちの生活が守れればそれで良いのかもな)
ふとリーンの方を見ると、突然俺が黙って食べだしたので実は美味しくなかったのではないかと不安そうな顔をしている。
「んあ、すまん、これめっちゃうまいよ。ありがとうリーン」
「でありますか!! 嬉しいであります! わーい!」
ばばーっと詰め寄り、ぎゅっと抱きついてくるリーン。
「うおお、強い強い強い!」
「えへへーであります」
「褒めてるわけじゃねえぞ~~!」
――俺はこの魔素の森を、再評価すべきなのかもしれない。
直感がそう告げている。
次話は明日18時更新です!