第7話 学園2
「えー、今日からこのクラスに新しい仲間が来ましたデス」
1―A教室で教壇に立ったハーシア先生が言う。
クラスの中にいるのは全員が教会に所属する聖職者のような恰好をした人たち。クラスの男女問わずがざわめきだす。
やはり、二人の存在はクラスにとっては異質であり警戒する危険分子。カトリックの学校というのは表向きで実際は世界の超常現象に類する事件や事故を担当する異質な存在たちを育成している学校というのもあながち間違いではない。その象徴でもあるのか中には厳つい顔つきや刺青のある女などの姿がうかがえる。中には一般的な女の子である人間の存在もあった。でも、特にその中でも目の前にいる勇気とアリスという存在の方がクラスにとっては異質なのが現状だった。
「ずいぶん急じゃない?」
「それに男女で同じクラス?」
「でもよ、女はすごっく美人じゃねぇか!」
クラスが騒ぐのも無理はない。
時期は秋から冬へと変わる中途半端な時期。ちょうど、残り1学期という段階であり、突然の報告もなく現れた転入生。それがしかも、二人だ。この学校ではありえない事態。
そんな時期にこの1年のクラスに転校生がやってきた。
ここは普通の学校ではないのに。
「はーい、静かにデス! 学園理事長の決定で『彼』と『彼女』はこのクラスに『特別生』として入学いたします」
女教師の言葉にさらなるざわつきが起こった。
特別生の意味するところは特別待遇を許された生徒。
ハーシア先生は特別待遇の意味がどういう用途であるのかを説明した。教会組織からの出向生徒であると。学園理事長が自ら推薦した生徒であると旨も伝えられる。
「やっぱり、あの噂本当だったのよ!」
「でも、私たちより二人とも明らかに年上に見えない?」
「いやいや、そうしたら入学できないでしょ。入学許可されたんなら一応歳は近いんじゃね?」
「教会からの派遣ってそれよりも気にならない?」
勇気もアリスも容姿はやはり目立ち、特に勇気はその顔が老けているのがさらにクラスの生徒たちの猜疑心を駆り立てた。
ハーシア先生は静かにするように促すけれども生徒たちは意識的に静かになることはなかった。
「まったくもう」
そんな中で勇気はクラスの一同を順番に見渡しながらある人物に妙に注意が向いた。
それぞれ名義がわかるように投影ホログラムシステムによって生徒一人ひとりの頭上には生徒の名前が浮かび上がっている。老いぼれた教師が名前を間違えないようにというルビ付きで頭上で掲げられた、名義をもとに勇気はその名前を読む。
(香織・イーリス・フィアット……妙な空気を感じるのはなぜだ? それ以前に――)
香織・イーリス・フィアットなる女生徒。金髪に青い碧眼、キツイ相貌をした美少女。スレンダーなスタイルと頬の星型の刺青が特徴的な女子。そんな彼女は目の前にいる女生徒をいじっていた。陰湿ないじめのようにも見えた。何かのカスを飛ばしながら目の前の女子生徒、おとなし気な容姿をした眼鏡をかけた人間の美少女、名倉佳奈美だ。
(いじめか、確実に学校で止める案件だろう)
そうとは言え、この学校では武力や知力に重きをおく軍の学校のような場所だから自主的にどうにかしろという意向で実は学校で気づいていても無視を示しているのかもしれないとも思えた。
実際時折ハーシア先生が彼女をにらみつけてはいた。
だが、それでもその手を止めない
隣でアリスも勇気の肩を小突いて確認を取ってくる。
(あれいじめだよねぇ?)
(そうですね。気に入らないですから殴りますか?)
(馬鹿! それじゃあ退学させられるよ! 何のために来たのかわかってる!?)
二人してひそひそと会話する光景を周囲の女子生徒も視認していた。
「ねぇ、ちょっとあの二人なんか親しくない?」
「知り合いとか?」
「まさか、恋人だったりしてぇ!」
「きゃぁー! 禁断の恋!?」
その時だった。
周囲の騒々しさにしびれを切らしたハーシア先生が柏手を打った。
「みなさん、静かにするデス! いい加減にしないと食べちゃいますデス」
まるで本気のように感じ取っている生徒が一気に静まった。
勇気もハーシア先生を見てゾッと背筋が凍り付く。彼女は笑っているがその見えない陰が怒っていた。おおよそ、彼女の言動は嘘とも思えないような本気さを感じてしまいまさか妖怪の類じゃあるまいなと疑いをしてしまう。人は見た目だけではわからないのだから。
「では、自己紹介をお願いするデス二人とも」
「あー、えっと、星城勇気です」
すっごくやる気ない自己紹介に周囲がますます疑う目を向けてアリスが勇気の腹部をどついて、うずくまらせてにこやかなあいさつをアリスはする。
「今日からこのクラスの仲間になります星城アリスです。彼とは義理の姉弟ですが愚弟ともどもよろしく」
さすがの一連の一幕で周囲の生徒は二人の関係が親しげではあるが上下関係がはっきりとしてるものだと悟った。
そして、うずくまりながら勇気の心情は彼女らのことなど一切頭にない。
彼の頭にあるのは「悪魔」と一文字だった。
(まずはあの陰湿な彼女に接触を図るか)
先に勇気が目を付けたのは香織だった。
周囲の女生徒の痛い目を無視、ハーシア先生の指示通りの席に座る。それは目を付けた香織という女子生徒のいじめの標的にされている名倉佳奈美の隣の席だ。アリスは遠く離れた反対側の席へと座った。ひな壇型の座席であるために隣に座って勇気は名倉佳奈美に軽い感じで挨拶をする。
「よろしくです、名倉さん」
「えっと……はい」
冷めた返事をした彼女に後ろにいた香織・イーリス・フィアットがあおった。
「ごめんなさい、勇気さん。この子ったら人づきあいが苦手で冷たい女なのよ。何かわからないことがあったら私に任せてください。手取り足取り教えてあげますのよ」
「そうか。でも、他人をいじめてる人には教えを乞うてもらう必要はないですね。僕は彼女に教えを受けたいですね」
「なっ!」
勇気は相手がいじめをする陰湿な人間だとするのならば怒りで襲いに来るだろうとあえてそう言った冷たい対応をした。もしも彼女が悪魔に憑依されていると思っての行動でもあった。
様子を伺えば顔を真っ赤にして彼女は何かを言おうとした直後にチャイムが鳴った。
そのまま教師が出ていき、担任のハーシアと行き交うようにして別の教師が入ってくる。その教師は朝の一時限目担当教師だ。
「じゃあ、みなさん教科書を開いてください。ああ、転入生は隣の人に見せてもらうように」
教師のそういった指摘を受けて勇気は隣の人である佳奈美に教科書を見せてもらえるように心願する。
しかし、彼女はそれを拒否した。
「先生、佳奈美さんが教科書を忘れたみたいなので私が代わりに勇気さんに見せてもいいですの? あ、席移動しないとだめよね」
「むっ、いいでしょう。佳奈美さんも一緒に見せてもらいなさい」
その時、勇気は目ざとく目についたのだ。
決して佳奈美は教科書を忘れたわけではないのだった。引き出しの中にあるいたずら書きのひどい教科書の数々。その中に今の出すべき教科書に手を添えた彼女の手。しかし、いたずら書きのされたものを見せることができないという彼女のつらい心情だ。それをしたのはたぶん――
(胸糞悪いですね、ますます行動が悪魔そのものです)
勇気の最初の学園生活はとんだ最悪から始まることとなった。