第6話 学園1
病院の一件から数日後――
勇気とアリスは居たたまれない気持ちで街中にある住宅の密集地である通学路を歩いていた。通学途中に興味を示す、視線の数々。その視線が二人の全身をくまなく観察していた。勇気が着用するのは今日から転入予定の『教生学園』の男子生徒の制服である。
周囲の学生たちのひそひそ話は「あれ? あの制服に校章ってウチの?」「見たことない顔だけど」「隣の美女はだれ?」とさまざまな疑問をもち見つめている。
「そこの男女、とまれ!」
勇気らに足止めをかける声がかかった。
『教生学園』の校門を目前にしてストップをかけられ、表情が引き締まった。
その理由は緊張とかではない。それは驚愕だ。目の前に自らを抑止させたのは青くきれいな長い髪に、整った美貌をしたスレンダーな女性である。
彼女から異様な敵意が漂いおもわず生唾を飲み込みながら腰に手を伸ばして渋った表情をした。
(そういえば、短剣を携帯していなかった。かばんの中だ)
それもそうであった。勇気もアリスもこれからこの学校には一学生の一人として入学をしてきたのだ。
銃の所持は一般的な人はしないのが常であるので当たり前の状況なのだが普段が所持していて相手が何よりも敵である可能性の少女を前にすれば防衛本能が出てしまう。現在はアリスが同伴しているのでその必要もないというのが正直なところだ。アリスへ期待を向けて対処を任せてみる。
「貴様はどこのものだ? 我が学園の制服と校章を強奪して堂々と真正面から潜入をしようとはいい度胸だ。この我、風紀委員長である風見凛がいる限り通らせはせんぞ、不審者め」
彼女は殺気をまき散らし、手にした木刀の切っ先を勇気の顎先に突き付けた。
アリスにだけあたり触りが弱い彼女にアリスが率先して前に出て彼女の木刀をつかんで押し下げる。
「ちょっと待ってくれない、これを見て」
アリスは落ち着きながら懐に手を伸ばすがその手を彼女の木刀が振り上げて打ち落とす。その行為を見て黙っていられるほどの器が大きくはない勇気は怒りに任せて少女へ飛び掛かった。彼女の腹部へ馬乗りになって両手を抑えて暴行を働こうとする。周囲の学生たちが悲鳴を上げて先生を呼びに行く者や逃げ惑うものが続出する。
「き、貴様っ!」
「アリス姉さんに手を上げた行為は許せないです」
暴走状態の勇気をあらゆる生徒がやばいと思い、誰かが止めてくれることを願う。願いにこたえたのは意外にもその渦中にいた美女だった。美女が振り上げたかかと落としが勇気の後頭部を直撃してそのまま前のめりへ気絶した。
彼女は襲われると勘違いし腰に携えていたもう一つの刀を手にする。その刀から風切り音が響き渡り周囲の生徒が逃げ惑うように離れていく。彼女の手にしているのは決して普通の刀などではない。銀色の鋼鉄で製造された機械の刀。教会の認可で管理されているこの『教生学園』において魔術を扱えるようにした『魔道具』の中の『兵装』と呼ばれる一種の武器だ。
瞬時に展開した刀の兵装を見て、彼女もこの学園の生徒で普通の学生ではないことは一目で理解したがより彼女の危険性がアリスの中で跳ねあがった。彼女が抜刀したことで勇気が宙へ跳ね上がったがアリスは彼をキャッチしてその場に投げ捨てる。
「落ち着いてっ、私はこの学園へ編入する星城アリス、そこで眠っているのは私の弟でこの学園に編入する星城勇気。 いろいろ誤解を招く行為があったけど理事長と話をさせてもらえれば絶対にわかるからまずは落ち着いて話し合わない?」
「編入生だと? この学園に今頃の編入などありえない。この学園がどういう場所か理解しているのか? 第一この年齢の男が学生などとほざくな!」
「確かにこんな面だけど本当なの!」
勇気の顔立ちは童顔ではなく、ひげは生えてはいないけれどもそれなりの年上にみられるような面立ちだった。俗にいう老け顔に近い。
これが痛手に出てしまい、彼女の警戒心をあおってしまう。
「お願い、理事長と話をさせて!」
「話などさせるものかっ! 不審者め!」
だんだんと強情なまでに学園へいれない彼女を見ていると、もしかしたら彼女は悪魔の憑依者であるから自分が不利になるのを避けるために入学を阻止ているのかと変な勘繰りが働く。別に彼女がそうだと断定したわけではないがそうと思えてならなくなっていた。
「どうしたら入れてくれる?」
「どうもない! 今すぐ貴様も叩きのめしてこの場から消えてもらう!」
「どうしたらいいのよ」
アリスも謎の学生(普通の学園よりは鍛えられていたとしてもハンターとしてのプロが素人のハンターを相手で力量が違う)を相手に本気を出せない。
そもそも、本気を出すことを入る条件の一つとしても禁じられており、どう対処したものかと思い悩んだ。直後――
「待ってくださいデース!」
遠方から胸をばるんばるんゆらす脅威の乳、シャツの上に白衣を羽織り、タイトスカートという、まさに保険医のような恰好をしたこちらもまた青髪の美女が走ってやってきた。
「シスター・ハーシア」
シスター・ハーシアと呼ばれた彼女はモーゼのごとく割れた生徒の群れの道を通り青い髪の美少女と勇気らのそばに来て勇気らを一瞥して頭を下げた。
「申し訳ないデス! こちらのミスでまだ彼女に編入のことをまだしらせていなかったんデス。風見さん、こちらの生徒はお通ししてくださいデス」
「シスター・ハーシア、なにを言うんですか? 彼と彼女は明らかに学生には見えない! 不審者の可能性が――」
アリスはタイミング的にいいと判断し学生証を提示した。
「ええと、いろいろ手違いがあったようだけど私は今日からこの学園に編入する星城アリス。よろしくね、風見先輩かしら服装からして」
『教生学園』では1年時が緑いろのラインの入った襟元で2年時が赤、3年時が黄色とわかれておりその情報を知っていたアリスは彼女の赤の襟元をみて先輩だと判断した。
その先輩の彼女は意表を突かれたようにぽかんと口を開けて衝撃を受けていた。
「な、なんだと」
彼女はドギマを抜かれた表情をしながらもアリス達を通し、勇気らはハーシア先生に連れられ、学園理事長室に向かった。
******
「確かに預かりました」
学園理事長室。
そこは応接室のような感じで中心にソファと机の組み合わせの対談席、壁際に本棚、そして、ソファと机の対談席の前に見守るような形で理事長の席である大きな机とリクライニングチェアの設けられた執務席。その席に座るのは銀髪の美女。
見た目は20歳くらいに見えるが実際は彼女の年齢はとうに五十を今年で迎えるおばさんである。彼女はこの部屋の主で、学園の主である学園の理事長――九条美代。優しげな瞳と、ゆるくウェーブのかかった銀髪、端正な美貌、スーツが似合うOL風の美女。ワイシャツの第2ボタンを開けて胸を強調させている姿はまさに50には見えない。彼女が修道女であり魔女だから年若く見えるわけであらず、どうやら人間の中にも稀にいる武道の達人者が極めた気の使い手であり年若く見せているという。そんなすごい、学園の理事長を前にアリスは教会から預かってきた業務書類を現在、手渡したばかりだ。ちなみに勇気も傍らで見守っている。ここに来る直前に目を覚ましおおよそのあらましは説明されていたが自分が風見という生徒に何をしでかしたのかはわからずじまいでありアリスにお叱りの命で口出し無用を通達された次第であった。
「なるほど、彼の安全と能力の抑制や訓練と内部で起こってる事件の調査ですか」
難しい顔をして彼女が書類を一枚一枚めくっていく。
こちらの主な活動の詳細な情報は知らされていなかった彼女。今はその細かな情報を書類で確認していた。
「わかりました。シスター・ハーシアの担当クラスに転入手続きは済ませていますので何か大きな事件が起きても問題ないでしょう。こちらも周辺一帯の結界を強め、気を配りましょう」
「周辺一帯に結界? どのようにでしょうか?」
学園理事長はその質問に対して手元を操作する。
すると、この部屋の中央空間に大きなスクリーンの映像画面が映し出された。
ホログラム画像だ。その画像はどこかの俯瞰地図の表記で地図のあちこちに赤い幾何学な文字が点滅している。しかも、赤いランプはどれもがあらゆる部分で一か所に大多数が集まっている。
「これは共生学園の校内の映像を映した監視システムと術式結界のシステムです。これで逐次生徒が身に着けた校章がGPSの機能を有しているのでこちらで居場所を特定できます。さらに、学園には監視カメラも付けてあります。もしも何かあってもすぐに察知して助けに行けます」
そう言いながら校内のあらゆる箇所のカメラ映像を見せた。
今度はしっかりとした映像が映し出された。背景の色合いがしっかりと見え、生徒らが教室でわいわい楽しそうに授業の開始までの談笑を楽しむ姿があった。
「このシステムが逐次生徒の動向を観察し、学園を守ってるから安全対策はできているわけね」
「ええ、そうですが校章にはGPS機能を取り付けていることは生徒には秘密にしているんです」
「はい? どうしてそうしているの? こんなあからさまなプライバシーの侵害を行っていてそれはないでしょう」
「そこです。私どもとしても公表をしてもいいのですが、公表後もし、生徒の中にそのことについて過剰な不快感をもった生徒がいて万が一暴動でも起こったらどうなりますか? こちらも一から校章を作り直す資金もないです。それに安全面を考えるとどうしてもこれは行っておきたいんです」
学園理事長の力説は納得のいくものであった。
生徒の中には確かに監視されるのは嫌な人もいるだろう。いくら安全性を考えた行為だとしても不快なイメージがある。
それを考えたら隠しておきたくなる気持ちもわからないでもない。暴動を阻止し、監視装置撤廃なんてことになったら生徒の身をどうやって学園側が常日頃から守っていくのか。
「けど、理事長は監視カメラについては生徒らにお話をしてはいるのではないの?」
「ええ、それについては全面的に話しており、生徒の了承も得ていますがトイレや保健室といった個所の監視カメラは取り付けていません。そこはプライバシーにあたると学園の教師側も考え最低限の配慮でそうしました」
「……なるほど。ちなみにこれは過去の記録映像とかも見れたりというのは可能?」
「えっと、見れますけどそれが何かあるんですか?」
アリスはまずは容疑者とにらんだ校門でいちゃもんをつけてきた先輩も割り出せるのではないかと考えた。彼女にも校章はついていたはずであり、もしも、容疑者なら生徒が失踪したと思われる場所で何か不審な行動をしているはずだ。
「では、理事長申し訳ありませんが一つ頼める?」
「頼み事ですか?」
「ええ、重要なことです。先ほど自分を校門で足止めした少女、彼女が三日前の夜どこにいたのかを調査できますか?」
「風見さんですか? まさか、彼女を悪魔の憑依者とでも疑っているんですか?」
アリスは黙認した。
理事長は猛反発をしようと口を開きかけたがアリスのキツイ瞳に充てられたかのように渋々従った。
「風見さん……彼女は三日前、学園の寮にいましたよ」
その証拠の記録を見せた。校章のGPSが示した反応は確かに学園の寮にいた。
「彼女は我が学園の誇りある生徒です。悪魔と関係しているなど絶対にありえませんよ」
「疑ってもうしわけないです。しかし、彼女の態度はどうにも学園を守るという行動にしてはいささか異常だったので念入りに調べておきたかったの」
「えっと、アリスさん。我が校はこれでも術式や悪魔祓いなどにおいては完ぺきに対策をしています。ですので、生徒のことは我が学園がしっかりと管理していますし悪魔の侵入があるなんてまずないですよ」
確かに理事長である九条美代の言い分には信憑性はある論説。
「でも、私はあらゆる経験からそうした対策をしていても絶対に抜け穴が出てしまうのを知っているの。実際、学園内で失踪者が複数出ているわけでしょう」
「……たしかにその通りです。失踪者の履歴もしっかりとこちらで調査はしたのですが、実際映像が途中で切れたり通信が途絶えることがしばしばあるという穴があるのは事実です」
「それはこちらでも判断するわ。データをいただけるかしら?」
「しかし、それは……」
「何か不都合が?」
「いえ、わかりました」
学園長は手元で何かを操作する。
「学園から支給した端末をお渡しいただけますでしょうか?」
「ああ、こちらのこと」
アリスは言われて白いスマートフォンを彼女へと手渡した。
九条学園長は操作し、それを終えるとアリスへと返す。
「これでデータを確認できると思われます」
「ありがとう。後で拝見するわ」
「では、異常ということでとりあえずはよろしいのかしら?」
「ええ」
「ハーシア教諭」
理事長は学園で彼女が信頼するシスター・ハーシアに流し目を送る。この部屋でずっと待機して勇気らを監視していた彼女だ。件の風見の一件もあり彼女の目が厳しく勇気らへ注がれていた。
「彼女たちを教室までご案内をお願いいたします」
「もう、いいデスか?」
「ええ、早くお願い」
ハーシア先生は理事長の様子を窺ってから何を思ったのか勇気らをギロリと睨みつけた。
「な、なんだろうか?」
「いいから、来るデス。初日から素行不良は駄目デス」
彼女の当たりはやけに強く、勇気ら主に勇気は強引に腕を引かれながら理事長室を出ていった。
ジト目でアリスも勇気は「なんですか?」と聞くとアリスは辛辣に一言「変態」と答えた。
勇気はその無慈悲な一言に「なぜですか!?」と訴えるのだった。