第5話 アスモデウスとの邂逅
お手洗いに行くというのはただのあの場から離れるための口実でしかなく、まるで逃げるように病院の外に出ていた。
病院の外から出ても行く当てもないことであきらめて院内庭園のベンチに腰を下ろして悔しさに奥歯をかみしめてベンチへと拳をたたきつけた。
「なんて、馬鹿なんだ。僕の人生なんてすべて傀儡でしかなかっただけじゃないか」
そもそもまだ幼かった自分にあの頃何かできるとも思えなかったがために優しかった大人にすがるしか道はなかった。
しかし、その選んだ道は間違えていたのかと自分へと自問自答してしまう。
「どうするべきなのが正しい選択だったんだ」
「おや、こんなところに少年が一人では危ないよ」
見知らぬおじさんの心配する声にそっと顔を上げる。
やせぼった体躯に古びれた病衣に身を包み込んだ黒髪の40代くらいに見える男性。
「こんなところっておっしゃいますがここは病院内です。それに無垢って程の年齢では自分ないですよ」
「そうかい? 他人にすべてを言われた通りに生活をしてきていたというのにかい?」
その瞬間に肌身にひりつくような悪寒が走ると思わずその場を立ち、腰に手を伸ばす。
空ぶるその手を見て、自分の恰好と状況を自覚して焦りが出始める。
「何者ですか? ただの人間ってわけじゃないですよね?」
「あはは、さすがは私の見込んだ一人だ」
その彼の含みのある言葉が勇気の殺意に満ちた拳を突き出させていた。
拳を彼の素手によって止められて狂気に満ちた笑みを見せる。
「まだ、能力の使い道がわかっていないようだ。これは残念でならんな」
「お前がアスモデウスか!」
続けざまに蹴飛ばそうとするがそれも届くことはなく何か見えざる壁にせき止められた。
身体に金縛りでも走ったかのように身動きを封じられる。
そのまま、車にでも跳ねられたかのような勢いが遅い、吹き飛ばされた。
「あがぁ」
あばらの何本かが折れたような衝撃と回る脳みそで視界がゆがみ息も苦しく胸を抑える。
それでも、命がけで立って、構えをとる。
「おいおい、私は今日君を殺す気で来たわけではないんだな。だから、殺気を抑えてはくれないかな?」
「僕の両親を殺したお前を許せるはずがないだろう!」
「困ったな。話をしたいだけなのに」
勇気は力強く願った。
少しでも、拳が相手へと当たることを。
精一杯最後の力とばかりに足へと力を集中させ、地をけった。
その時に感情任せな気持ちが力を生み出したのか莫大な加速が生み出された。
勇気の急な速さにアスモデウスも驚愕を受ける。
拳がアスモデウスの腹部を貫いた。
「あはははっ、一瞬だったけど能力が出たみたいでうれしいな。だけど、まだ成長が甘いね」
「どうして、腹を貫いているのに……」
腹を貫かれたにもかかわらず平然としゃべるアスモデウスに衝撃を受ける。
「僕が悪魔であるのを忘れてるな。これはただの器だから全然効果ないに決まっているじゃないか」
「体を貫いた程度では時間稼ぎにもならないのか」
あまりにも愚かなミス。
悪魔が器を借りていることは勇気も知識としては保有していたが冷静さを欠いていた勇気には時間を稼ぐ攻撃にさえなればいいという行動が先だった。
その考えは無意味でしかないのが現状であり、さらなる追撃をアスモデウスに許した。
「この怪我のお返しはそれでもしないとな」
いつの間にか急接近していたアスモデウスに腹を蹴り上げられ、ミシミシと残りのあばら骨にダメージが入る。
あばら骨へのダメージは喀血するという状態が致命的なものだと体へ症状として現れる。
「僕は今日君を迎えに来たんだけど、まだその時ではなかったようだな」
「何?」
連れ去るのが目的という話を語るアスモデウスに先の加々見神父が言っていたことが事実だと判明し始める。
探りを入れようと様子をうかがいながら選ぶ言葉を考える。
「あの使えない人食い鬼から連絡をもらったときは、熟したと思ったけどその様子ではまだまだだな、まったく、使えない鬼だったみたいだな。私の運用地はほかにもあるし別にいいのだけど」
「僕を連れていくというのはどういうことですか?」
「それはまだ話すつもりはないな。君が熟すまではね」
「能力と関係あるんですか?」
「ええ、だってそれは私が与えたものですからね」
「なに?」
「君の両親はそのことに気づいてあの時邪魔してきたから厄介でしたけど」
「まさか、両親は俺を守るために……」
事の真相をさらに追及しようといしたとき、銃声が聞こえた。
アスモデウスの足から血が流れ始めると、彼は足を崩すようにしてその場に膝をついた。
アスモデウスは口を開くと黒い煙が出てどこか暗闇の空へと消えていく。
その場には見知らぬ40代の男性の遺体だけが残された。
「勇気!」
自分を呼ぶ声のほうを見れば拳銃を手にしたアリスだった。
彼女は自分のほうに飛び込むように抱きしめる。
「大丈夫? 怪我はしていない?」
「アリスさん、なんでここに?」
「あまりにも帰りが遅いから探しに来たの。見たら、やばいやつといたから。ねぇ、さっきのは何?」
「アスモデウスです」
「っ! 何かされなかった!?」
「そんなことより、どうしてくれたんですか! もう少しで情報をもっと聞けそうだったんですよ!」
「え、え?」
こちらが怒る態度がよくわからないというように困惑した表情。
「なんで怒るの? 勇気危なかったじゃない」
「違うんだよ。危なくってもよかったんだ。少しでも情報が得られるなら」
「情報って、さっきのまさか……」
アリスはその『情報』という単語だけで事の経緯を察したように悪魔アスモデウスが逃げ去った暗雲を見上げた。
「いいや、アリスはよくやった」
いつからきいていたのか。
その場に源蔵と加々見神父も来ていた。
「勇気お前は何を無謀なことをしようとしていたんだ」
「くっ。無謀でも自分にとって憎き仇から得る情報は多いほうがいいんです! たとえ、自分の身がどうなろうが構わない」
強い衝撃が顔面を襲うと、身体が吹き飛んでいた。
鼻からぽたぽたと滴り落ちる血。
「馬鹿野郎! それでお前の両親が喜ぶと思うのか! お前が幸せであるために生かしたんだぞ! 奴の思う通りにさせられていいわけないだろう!」
源蔵の力強く思うための怒声だったが今の勇気にその言葉はただの逆効果でしかなかった。
「だったら、もっと早めに真相を伝えてほしかったですよ。源蔵さんは僕がずっと両親の仇を追っていたのを知っていましたよね。なのに僕が闇落ちしないためと遠ざけていたとか言って本当は僕のことが怖かっただけじゃないんですか?」
源蔵はまたその拳を振り上げようとしたが加々見神父に止められる。
「彼も本当は話そうとしていたんですよ。でも、教会側が止めていたんです。ご理解ください」
「教会ですか。僕の両親も参加していたとかいう組織ってのは知っていますけど僕にとってはただそれだけです。なに一つとして今は信頼できません」
「ならどうすればいいですか?」
「少しでも僕の利益になるように協力をしてくれれば信頼できます」
加々見神父は何かを思うように源蔵のほうを向くと何かを耳打ちする。
「だが、時期が……」
「でしたら、アリスさんも一緒であればどうですか?」
「アリスもか……それならば」
何かを二人の間で交わす。
「何の話をしているんですか?」
「あなたはアスモデウスについて本当に知りたいですか?」
「もちろんです。両親の仇だから」
「でしたら、知識や技を磨く必要があります。そのためにあなたの両親が過去に所属していた教会の学び舎に来ませんか?」
「は? 学び舎だって?」
「一種の学校のようなものです。そこでは、あなたのようなハンターや神職者を育成する教育機関だと思ってください」
「そこに行けば教えてくれるのか?」
「ええ、教えるのではなくすべてそこでわかるはずです。ただし、条件があります」
「条件?」
「アリスさんと行動をして内部である仕事をしてもらいます」
「アリスさんと一緒にというのはいいですけど、仕事というのは?」
「この学び舎で最近複数の失踪者が出ています。これが悪魔によるものなのか内部の何か別の存在によるものなのかそれの原因を調査してほしいのと解決です」
「それは俺にとって何か利益になるのでしょうか」
「かならず利益になるはずです。ちなみに結果報告は逐次、そちらの学び舎の管理者の方に連絡をするか、我々にこの端末を使い連絡をしてください」
勇気はその言葉に渋々ながらも納得をしてうなずいた。
「あの、私の意思は?」
そっと、勝手に話を決めらえたアリスだけが愚痴るのだった。