第2話 今の日常
――――バァン!
一発の銃声で過去の夢から、青年は目を覚ました。
ゆったりと重たい瞼を開き、見知らぬ天井から周囲を見渡して大仰にため息をこぼした。
「あー、昨日また違う場所に移動してきたんだったっけ」
重たくなる朝の気分になりながらゆっくりとベッドから足を下ろす。
さっさと支度をしないといつものように父からの叱りの声がくるのをわかっていた。
鏡の前に立つ自分の姿を見ながら部屋着からトレーニング用ウェアに袖を通して着替えてく。
あれから数年の時が立っているのを実感する、自らの身体の成長。
小さかった頃は神など信じていなかった自分の首には光り輝く銀の十字架のネックレス。
腰にはいつも常に収めて持ち歩く、親の肩身の銀色の十字架の短剣。
背格好も筋肉がつき、身長も180センチあるが目つきは変わらず死んでいて何もかもを憎むような鋭い目元は変わらない。
それでも昔よりも成長したと勇気は自信を持っていた。
着替え終えて、さっそく汚く安いコテージから外へ出る。
「ようやく起きたか。今すぐ狩りの練習をするからさっさと顔も洗ってこい」
本来キャンプ地として使われている庭先で父が銃を片手に準備をせかした。
手にしている銃は訓練用に使用しているペイントボールガン。
これから行う訓練が戦闘を想定したものだとすぐに察した勇気は
周囲を見渡してある一人の人物を探した。
「父さん、姉さんはどちらですか?」
「もう訓練をしている。森の中で今はウサギでも追いかけてるだろう」
「ウサギねぇ」
今日の朝食はウサギ肉であるのが確定したのを理解しながら外の隅っこにある庭先の洗面台で顔を洗う。
背後から妙な気配を感じて裏拳を放ったがその腕をぎゅっとつかまれて身体を抱きしめられた。
「やっぱり勇気はまぁだ甘いなぁ」
「姉さん、急に背後から迫ってこないでください。それと抱き着かないでください。暑苦しいです」
「もう、勇気ってばやっぱり冷たいなぁ」
背後から抱き着いてきた如何にも存在すらその目を奪われそうなくらいのモデル並みのスタイル抜群の黒髪の美女を突き放して、平静をよそおった冷たい対応をした。
その実は、彼女のような美女に抱きつかれでもした男としての自分が抑えが効かないところであるからだった。
いくら義理とはいえ彼女は姉であるということを忘れてはならない。
「それと、勇気ってばもう少し心を開いてくれてもいいんじゃない? あれから7年の付き合いになるのにいつまでたっても敬語だし」
「これでも心を開いているつもりですよ。それに目上の人を敬う発言をするのは当たり前です」
「じゃあ、もう少し砕けたしゃべり方でもいいんじゃない?」
「それは無理です。これは性格ですので」
「相変わらず固いなぁ」
「……」
実際の心境としては彼女に対して砕けた接し方をしてはみたいがある心境が堅苦しい接し方をしていた。
(この義姉を異性として見ている自分がいるまではこの人にはいつまでも堅苦しい態度でいないと)
そうした態度をとることで突き放そうという努力をしていた。
「おい! 二人とも何をそこで話し込んでるんだ。さっさとこっちへ来い! 勇気はさっさと銃を持て」
「ごめんなさい、源蔵さん。今すぐ行きます」
父親からの怒声が聞こえ慌ててそちらへと向かい走った。
正確には義父ではあるけれど。
******
10年前のあの日、両親に大切に育てられた一人の少年、神近勇気という少年は人生のどん底を味わって、名前を変えた。
その名前は星城勇気である。
名前を変える理由に至ったのは言わずもがな、両親が死に、孤独に追いやられた自分を養子として引き取ってくれたからである男がいたからだ。
その家族は妻を数年前に亡くした一児の子を持つ男性で名前を星城源蔵といった。
彼は有名なカトリック教会に努める神父でありつつ、政府の職務にも努めるいわゆる国家公務員。
そんな彼に勇気が引き取られたのも源蔵が勇気の両親と知り合いだったためであり、勇気の両親が遺言で自らの身に何かあったときに勇気を頼まれていたからに他ならなかった。
勇気を引き取った源蔵は責任をもって一時は施設で勇気を育てたのちと同時にあらゆる真実と厳しい教育を施して身を守るすべを身に着けさせた。
自分の実の子と同じように。
その実の子である星城アリスは彼女なりに勇気を気に入って、姉としての存在をアピールして彼に必要に構っていた。
「あいもかわらず、あのバカ娘」
目の前でドッグレースなる訓練を施していた。
ペイント弾の入った拳銃を用いて、犬役同士の人間が追いかけあうという訓練方法。
ペイントが3発着弾したら負けというルール。
二人はこの森を縦横無尽に駆け回るが、森には源蔵自身が仕掛けたあらゆるトラップがある。
それは中には命の危険さえ伴うものでさえあるが源蔵にはそれを軽く超えてほしいという意思があった。
だから、撤去することもなく二人にその森をかけ回らせていた。
「うゎああ!」
勇気は仕掛けてあった足掛けの罠に足を取られ宙づりになるが腰鞘のナイフを素早く取り出しロープを斬り、地面へとうまく着地したがすぐそばにアリスが迫っていた。
アリスの銃弾は彼に向け発射されたが彼は素早くそれを横へと回避して、自らの右わきに挟んだ拳銃の引き金を引いてアリスに着弾させた。
「動きがよくなったな」
源蔵は息子の成長に感心をしながら二人の次なる行動へと着目をすると同時にアラームが鳴る。
「二人ともストップだ」
二人が動きを止めて源蔵へ駆け寄った。
二人ともペイントが命中していた。
どちらも急所を外れている。
「今回は引き分けだ。勇気、今回はよかった」
「ありがとうございます」
「それと、アリス。お前は遊びすぎだ。本番でもし油断したらどうする?」
「なによー、私は本気だったよ」
「本気には見えなかったぞ。お前ならいつもはすべてよけているだろう」
「それは勇気が強くなったという証拠だよ」
「勇気は確かに強くなったがそれでもお前はまだ上だ」
源蔵のその叱りに文句があるようにふてくされた。
そのままどこかへと行ってしまう。
「おい、アリス! まだこの後に術の訓練が……」
「私は一人でやるから!」
「アリス、遠くまではいくなよ」
困ったような表情をした源蔵。
勇気がこちらを見ていたことに源蔵は気づいた。
「なに心配はない。アリスはお前も知っているだろう。強い。だから、放っておいても問題はないだろう。夕方までには帰るだろう。それよりも勇気はこの後は術の訓練だ」
「この前の祓いの続きでしたよね?」
「そうだ。大丈夫か?」
「だいたいは覚えてますので大丈夫です」
「そうか。夜にはれっきとした本番の狩りを行うから覚悟をしておけ」
「わかりました」
息子の拳銃を預かって二人でコテージのほうへと歩いて戻った。
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いつも本番は夜中にやってくる。
勇気は緊張に鼓動を速めながら聖書を片手に父と姉と一緒に、宿泊しているキャンプ地のコテージの立ち入り禁止区域エリアに歩いていく。
「ここが噂のある行方不明者が続出しているっていう広場の一つね」
懐中電灯を周囲に照らしながら姉が期待していたのと違うというような思いを表情に浮かべながらがっかりとしてため息をこぼす。
「おい、アリス。仕事で来ていることを忘れるな」
「はいはい。でも、もう少し何か違うのを期待したっていいじゃない」
「お前な……。それより、お前たちココをよく見てみろ」
父が何かを見つけたのか懐中電灯である一か所を照らした。
勇気とアリスは言われた場所を見てみると、そこには何かごみが散乱している。
それもどれもが真新しい。カップ麺やジュースなどが入っていた空きのペットボトルだ。
「これって誰かがいたってことですか?」
「それもついさっきまでね」
勇気とアリスは父の反応をうかがうと彼はゆっくりとうなずきながら懐の拳銃に手を伸ばした。
勇気とアリスもそれを見て、同じように武器を構える。
勇気はナイフをアリスは拳銃を手にして、それぞれ父の背後をついて禁止区域にされている周辺の茂みをかき分けて奥へ進みだした。
「ねぇ、父さん。そんな馬鹿な行動をしている奴を救うとか言いださないわよね?」
「アリス、俺たちの仕事を忘れたのか」
「でも、相手は肝試し気分で来た馬鹿な犯罪者よ」
「そうだとしても、彼らは何も知らないんだ。救う義務はあるがまあ状況的に見てから私も決めるさ」
「父さんのそういうところ私は嫌い」
「お前というやつは相変わらず……どうして」
と言葉を続けようとしたときに奥から男性のような悲鳴が聞こえた。
急いで声の方向へとアリスが先陣をきって駆け出していく。
勇気も慌てて、アリスの後を追う。
「おい、バカ者ども! くそっ! 怪物がいるのに気づけ!」
源蔵は何かを見たのか自分たちの背中から少しそれた方向に向けて拳銃を発砲した。
「父さん、何か見たの!?」
「いや、だが確かに人でないのがいたのは確かだ」
逃げられたことに悔しそうな表情で銃口を下ろした。
アリスのところにたどり着くと彼女は懐中電灯の光を地面に照らしていた。
「最悪なほどに派手に食い散らかしているわ」
その光に照らされた場所には人と思われる半分だけ原形をとどめた内臓のない肉片とも呼ぶべき一人の男性の死体があった。
「調査通りに内蔵だけ食われているな」
父親は冷静にその死体を分析しながら観察していた。
勇気はそこから少し離れた茂みに何かがあるのに気づいてひとりでに歩いて近づいた。
「源蔵さんっ」
勇気は慌てて、父のことを呼ぶと彼は近づいて、勇気が照らした場所を見た。
「まだ生きているのか?」
「わからないけど、一応だけど脈は正常に動いています」
「ちょっと、あの襲撃でこの人だけ生き延びたっていうの? 怪しくない?」
姉は容赦なく銃口を向けたがそれを咎めるように父親がその銃口をつかんで下げさせた。
「まだ決めつけるのには早い。まずは彼を起こして事情を聴いてからだ」
「はぁ、わかったわよ父さん」
素直に従いつつも姉はふてくされたように少しその場から離れて自分たちが見える距離の大木にそっと背中を預けた。
こういう時は普通に冷静な父と冷たい姉という不思議な立場だった。
「勇気、彼をゆすって起こしてくれ」
言われた通りに勇気は彼をゆすり、父親が注意をしながら銃のトリガーに手をかけていた。
「うぅ…………はぁっ! 化け物来るなぁあああ!」
目を覚ました彼は明らかに錯乱し、勇気を弾き飛ばす。
日ごろ鍛えれている勇気は、錯乱した彼の両腕を素早くつかんで取り押さえて優しい言葉をかける。
「だ、大丈夫です! 落ち着いて!」
「え……あんたたちは……」
「国からの依頼で来た環境保護団体の者です」
「環境保護?」
「そうです。ここらで行方不明者が多くいたり、熊の目撃情報があるために捜索に来ました」
「熊? あはは、そうか熊か。そうだよな。あはは」
妙に自分の中で信じられないようなものを見た現実を逃避するかのように言い訳じみた独り言をつぶやく彼。
「なぁ、君たちはここに何をしに来たんだ? ここは立ち入り禁止区域だぞ。わかってるのか?」
源蔵が環境保護の人の立場を装い、質問をして責め立てた。
「っそれは……」
「まぁいい。君はさっさとこの場から立ち去って帰るんだ、帰り道には彼女を同行させるから」
「ちょっと、父さんっ!?」
「アリス、お前が一番適任なんだ。よろしく頼むぞ」
「はぁ、何で私が……」
ぶつくさと文句を口にしていた彼女をよそに、禁止区域でおおよそ肝試しに来ていた若者が慌ててすがるようにして言い始めた。
「そ、そうだ! 俺連れがいるんだ! そいつが何かに……たぶん、熊だと思う。襲われたんだ。だから、助けてくれないか」
森で妙な怪物の襲撃者に襲われた男性は連れの友人を助けてくれと懇願した。
その彼の言う友人とは先ほど死体になっていたものだろう。
「すまないがそれは請け負うことができない」
「はっ? あんた、保護環境団体なんだろう。助けてくれよ!」
「その彼はもうこの世にいない。さっさと君だけでもこの場から彼女に連れて行ってもらって去るんだ。帰り道までは送る」
「え、この世にいない? 何言ってんだよ。そんな馬鹿な事」
彼は立ち上がって動いてしまう。
アリスのほうへと迫っていく。
「ちょっと、待つんだ」
「そっちにはいかないほうがいいです!」
勇気と源蔵の言葉を押し切って彼はアリスのほうに近づいて歩いてしまった。
そちらには彼の言う友人の亡骸があるというのに。
「え……、うわぁああああっ!」
友人の死体を見て、嗚咽をまき散らしながらその場に吐しゃ物をまき散らす。
「ちょっと、汚いじゃない。もう、ここに来たのも自業自得だってのに何をそんな慌てる……」
「アリスっ」
さすがにこれには源蔵が父として怒り、アリスへと近づいて拳骨をした。
「いったァ、なにすんのよ」
「お前というやつはこの状況では少しは慈悲ってものを見せろ」
「だって、こいつらは自業自得な犯罪者よ。慈悲なんて向けるほうがバカじゃない。まぁ、でも友人をなくして悲しい気持ちはわかるけどさ」
勇気は姉の言い分も分かっているがあいもかわらずそうした犯罪者に対しての冷たさの彼女には殴られて当然という思いもあったので同情心などなかった。
「さあ、事情はどうあれ状況が君もわかっただろう。帰り道は彼女が付き従うからさっさとこの場から去って家へ帰るんだ」
「うぅ……」
襲われた被害者の手をつかみ無理に立たせようとしたとき、森林に響く恐怖の遠吠えが聞こえた。
「あんたら、熊って言ったよな! 熊があんな風に遠吠えなんかするわけない! あれはやっぱり化け物だ。うわぁあああ!」
再び錯乱し始めた男性はひとりでにその場から走ってどこかへ行ってしまう。
慌ててアリスが呆れたように後を追いかけるように走る。
勇気もそのあとを続けるように走った。
「おい、アリス! 勇気! お前ら計画もなくむやみに動くな!」
父の怒号が聞こえたが無視をして暗い茂みの中をかけた。
だいたいの目印はつけてある範囲はあるので帰り道はわかるけれども、その範囲外に行ってしまうと大きな問題になりかねなかった。
勇気は姉の背中を見える範囲にしっかりとらえながら見失わないように追いかけると急に姉が足を止めたのを視界でとらえた。
それと同時に異常な事態が発生したのを自覚した。
「っ!」
姉が拳銃を取り出して発砲をする。
暗がりでしっかりと把握はできないが何かと取っ組み合いになる彼女の姿。
次の瞬間に大きな茂みの中へと姿が消え、彼女の悲鳴だけが聞こえた。
「アリスさんっ!」
「勇気、来ちゃダメ! お父さんに……きゃぁああああ!」
「アリスさんっ!」
慌てて彼女の悲鳴が続くほうへと走っていったがわずかに引きずられた痕跡しかみられず、その痕跡も途中で途絶えてしまった。
あきらめたように元の道を戻ると道中に襲撃者から生き延びた男性の一足の靴
が落ちていたのを見つけた。
どうやらアリスの目の前で襲われたのだとわかった。
「くっそ、暗過ぎて正体が全く分からないなんて」
あれだけの近距離でいながら正体がわからなかったどころか、襲撃者へ向かう気持ちがすぐに出せなかった。
「勇気っ!」
そのあと、父親が追いついてきた。
勇気の頬を殴る。
「馬鹿野郎! あれだけ無計画な行動はするなと教えただろうが!」
「すみません、父さん」
「それで、アリスは?」
勇気は痛みにうずく頬を抑えながら、奥を指さした。
「そうか、連れ去られたか」
父は冷めた表情で何か覚悟を決めた様子で、無線機を手渡した。
「勇気、お前はこれをもって元の場所へ戻って救援を要請しろ」
「と、父さんはどうするんですか!」
「俺は一人でいく」
「だったら、僕も」
「いうことを聞けないやつが来ても足手まといだ。お前は言われたことをするんだ。いいな」
「……わかりました」
こちらが指示に従った様子を見て彼はそのまま、奥地へ足を進んでいった。
勇気は預けられた無線機を手にして元の道を戻るように歩き始めた。
だが、その時妙な気配を感じて周囲に目を向けた。
まるで息遣いでもするような呼吸音が聞こえる。
勇気はナイフを手にして構えた。
何かが頭上からとびかかってきた。
「うぉおおおっ!」
咄嗟に相手の急所をめがけてナイフを突き出した。
「ぎゃぁあああ!」
怪物の悲鳴が聞こえる。
慌てるように離れてどこかへと去るように姿を消しながら逃げて行く。
「今のは鬼……?」
わずかな姿を垣間見て、十分の知識がある中でそう想定づけたがまだ確信は持てなかった。
勇気は切り裂かれた自らの傷口を見て、自分の血ではない別種黒い血も付着しているのをみて考察する。
「これ……」
光を照らして黒い血が延々と奥へと続いているのに気づく。
「もしかしたら……」
勇気は生唾を飲み込んで、父の指示をまた無視して元の場所に戻らずその黒い血をたどるように歩き始めた。