4話"唐突な仕事"
「手荒な真似をして申し訳ない、体調はいかがかな?」
カツカツと靴を鳴らしながらスーツを着た男が暗闇から姿を現す。見覚えのある顔に驚き反射的に体を動かそうとするが魔法で作られたであろう鎖が不思議な音を立てる。
「御者…さんですよね、なんでこんな事を?」
「─何故それを知ってる?」
部屋全体に嫌な空気が漂う。怖さとは違う不思議な感覚…まずいことを言ってしまったんだろう、咄嗟に言い繕う。
「え、いや、だっていたじゃないですか。センガに着いた時に急に消えて少し驚きましたけど、そういう魔法なのかと思いまして」
我ながら情けない声だった。
「ふむ、じゃあこれは見えるかな」
男はポケットから手帳を取り出し、品定めをするようにじっとこちらを見つめる。
「た…ただの手帳ですよね」
「見えますか、フルビトと聞いていましたが何か…」
ブツブツと何かを話しながら何かを書き留める。
「ところでこの鎖解いて欲しいんですけど」「おっと失礼」
何かを唱えたかと思うと急に手首が軽くなる。
「不快に思ったならすまない。君とは良い関係を築きたいんだ」
話しながら男は何もない空間から椅子を取り出す、きっとこういう状況にもいつか慣れるのだろう。
「ならあそこで話せば良かったんじゃないんですか」
「ちょっと特殊な立場なんでね、出来るだけ事情を知る人間は減らしたい。偶然聞いてしまった…なんて事になったら誰も得しないしね」
殺意とでも言うのだろうか、逃げられる状況ではないと最後の一言で実感した。
「僕の事は…そうだな、ツバキとでも呼んでくれ。さてと…本題だけど町外れに井戸があるんだ、知ってるかな」
「そういえば昨日?一階で井戸の見張りの交代がーって言ってたような」
「ちょっと省いても良さそうだね。井戸に横穴があってそこから稀に狼が出てくるんだけど…ちょっと状況が変わってね。このまま討伐隊から何人か借りられればいいんだけど人件費もバカにならないし…」
「ちょっと待ってください、なら僕じゃなくてもいいんじゃ」
「まぁそう思うよね、説明が難しいんだけど簡単に言えばフルビトしか入れないところから出て来てるんだ」「結界?みたいな」
「そう!妙な結界が張ってあるんだよ…誰が張ったのか何のために張ったのか、何故今まで分からなかったのか。そして何故フルビトしか入れないのか…一切が謎さ」
「じゃあその発生源を絶って欲しいと?」
「理解が早くて助かるよ。だけど今まで出てこなかったからね、おそらくどこかが朽ちたんだろう、だからそこを塞いでくれればいい」
「それくらいなら出来そうですかね…」(どうせ生きてくのに金は必要だし、昨日は疲れてたからあれだけど何も食べてないし、それにこのブローチがあればそこそこ動けそうだし)
「ありがとう……おっともう時間か、怪しまれたくないから先に失礼するね。それから報酬はもうポケットに入れといたよ」
「あっそうそう、出る時は足元に置いてある水晶を割ってね!」
ガラスの割れる音と共にツバキは消えた。結局自分以外のフルビトではダメなのかとは聞けなかったが
「受けちゃった以上やらないとなぁ」
慣れない状況で気が動転していたとはいえ早計だったと後悔する。しかしさっきツバキが言っていた通りポケットには袋が入っていた。
「これが財布なのかな?こういうの見ると異世界に来たって感じがするな、金貨?が20枚…そもそも価値が分かんないけど。準備が必要だしさっさと行くか」
言われた通りに水晶を割ると十字路の真ん中に転送されるが、肝心な事を思い出した。
「よくよく考えたら準備って言っても何すればいいんだ?」