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まずは設定からですか?  作者: 天野 陽羽
〜ろ〜
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冷や汗が出ました


 お買い物の後は、お決まりのアレだ。

 

 小さなクッションで上げ底された椅子に座ったわたしの目の前には、花柄のお皿に鎮座したショートケーキが佇んでいる。

 ふんわりとした生クリームに、キラキラ輝くイチゴ。



 そう、スイーツだ!

 あちこちに花が飾られた、アンティーク調のお洒落なカフェでのスイーツタイム。

 一応、社畜アラフォーでも憧れていたのである。その夢の空間が目の前にある。うれしい。


 じいっと凝視した後に、ちらりと正面のアライダさんを見上げる。フルーツケーキと紅茶を前にしたアライダさんは、にっこりと笑って「どうぞ?」と言った。

 言ったね。ということは、食べていいということだ。

 添えてあるお洒落なフォーク、恐らくきっとシルバーだと思うんだけど、それを戦々恐々とつまんで、ケーキを一口大に切ろうとしたのだけれど、なんせ5歳の小さな手だ、力が入りきらずに生クリームだけがのっかった。

 それを口に入れる。

 甘いけれど、やさしい甘さ。口の中で溶けていくし。

 次にスポンジを何とか一口分。

 ふわふわだ。しっとりだ。

 至福だ。

 頬が緩む。

 パクパク食べる。

 ケーキなんてどれくらいぶり。帰るころには店なんて閉まってるし休みの日は寝てたいからコンビニスイーツがせいぜいで、こっちでもみんなが気を使って作ってくれてることは知っててありがたいんだけどクッキーしか出てこないからそれぐらいのモノしか存在しないかと思っていたらとんでもなかった異世界おそるべし泣いていい?

 くすくすという笑い声に顔を上げると、アライダさんだけでなく、周りのテーブルからも温かい視線が注がれていた。

 必死すぎた。穴掘りたい。

「プリンもいかが? それとも、おなか一杯かしら」

「いただきます!」

 この機会を逃してなるものか。ちゃんとお土産もゲットした。出世払いに含めておいてもらおうと思う。




 昼下がりの通りを、キョロキョロしながら歩いていく。

 すれ違う人たち、並ぶ店。今いる世界がどんなところなのか、観察する。

 交通機関は、やっぱり馬車と馬。道は石畳。木組と石壁の建物の屋根はほとんどが急勾配の三角屋根で、3階建てや4階建が多く、道に面した壁には小さな長方形の窓が並んでいる。

 ロングのシンプルなワンピースの上に、ほぼ同じ丈のノースリーブのワンピース、その上にまたまたロング丈のエプロンで、腰の辺りをキュッと絞った女性陣。

 ロングチュニックと少しダボっとしたパンツ、ベルトを腰で締めた男性陣。

 この辺りは中世ヨーロッパ風だけれども、色が結構華やかである。あの時代、染色は高価で基本庶民は素材色だったと何かの本で読んだんだけど。カチュアさんが持ってくる服見てなんとなく想像してたが、かなり現実とは差があるようだ。髪型も女性は凝ってるし、男性陣はおかっぱじゃないし。ベンツさんもそうだけど、インテリメガネなんてないはずなのに普通に普及している。

 なんちゃってヨーロッパ。キラキラ異世界マンガ風。おもしろい。


 そんな通りを手を繋がれて歩く。中身アラフォーとしては恥ずかしいが、外見は五歳児だ、享受しよう。歩幅が足りてないしね。アライダさんもあからさまにゆっくり歩いてくれているのだ。


 置いていかれると迷う未来しか見えない。タウンマップとかあればいいのに、ないのだろうか。ぐるりと見まわしても、それらしい掲示もない。スマホのナビに頼るようになって、すっかり道を覚えなくなってしまった。頑張ってカンを取り戻さねば。



 「さあ、次はここですわよ」

 そうして、再びとある店舗の前で立ち止まった。

 ううむ。またまた輪をかけて重厚そうな店構えである。どっしりとした両開きのドアが、入れるものなら入ってみろとでも言うように、立ちふさがっている。

「あ、アライダおねえちゃん……?」

 それだけで、しり込みをしそうになる。高級ブランドの店なんて、恐れ多くて近寄ったこともないのに。

「いいものがあればいいですわねえ」 

 そんなわたしの気持ちも知らず、アライダさんはおっとりとほほ笑んだまますうっと開いたドアの内にわたしの手を取ったまま、あっさりと踏み込んだ。

 ドアの両脇に、きっちりとしたスーツを着込んだ男性が二人、視線を落としたまま控えている。ということは、彼らが開けてくれたということで、それだけで、高級感が増すんですけど? 大丈夫なんだろうか。

 そうして、恐る恐る踏み込んだ店は…… 

 うん、ヤな予感はしてた。

 宝石店でした。


 アライダさんは案内されるままにすっすと店内を歩いていくけれど、わたしはそれどころではない。

 ちょっとでも台に肩でもあたって、上に乗っているものが転げ落ちたら人生が終わる。キラキラ光るアクセサリーたちが、地獄に引き込む罠に見える。なるべく小さく小さくなって、つま先立ちでそおっとそおっとついていく。なんなら息も止めた。

 だから、奥まった場所の小さなテーブルがある開けたスペースにたどり着いたときは、心の底からほっとした。ふかふかのソファーに座ったアライダさんが、隣をポンポン叩くので、むしろ速攻腰を下ろす。息も吐いた。

 そんなわたしを見て、アライダさんがくすくす笑っている。

 わたしにしてみれば、こんなところで平然としているアライダさんの方が不思議だわ。団長パパが子爵だって言うんだから、こんなお嬢様然としたアライダさんも、きっとお貴族様なんだろうなあ。さっきは、お嬢様って本当に呼ばれていたし、買った服の量半端なかったし。子爵の上ってなんだっけ。なんとなくそれっぽい気がする。

 そうこうしているうちに、テーブルには湯気の立つティーカップと水滴をまとったグラスがサーブ。グラスの中はオレンジ色なので、きっとオレンジジュースだろう。

 これはあれよね。やっぱりお得意様扱いよね。ここでも箱を積み上げるんだろうか。わたしは端っこでじっとしていよう。


 そう思っていたのに。


 「どれが好きかしら」


 目の前に、様々な碧い石がキラキラと並べられている。

 細かなカットで光を反射する石。

 コロンとつややかな光を纏う石。

 透き通った石。

 クラックが入った石。

 キャッツアイの光が差した石。

 名前なんかわからないけれど、ただ高そう。


「ど、どどど、どれって……」

「認識証にはめる石は瞳の色という決まりがありますのよ。つまり、色さえ合っていれば何をはめても自由ですの。ですからどれがいいかしら」

 にこにこ笑いながら、アライダさんはバックから小さなベルベットの巾着を取り出し、傾けた。

 手のひらに、金の鎖に小さなタグが付いたペンダントが落ちる。


 タグの面にはなにやら細々と刻印されていていて、裏には確かに何かをはめ込むべき丸いへこみがある。


「エルシアさんは正式に第二騎士団の関係者として登録されましたの。団長のご息女ですからね。その身分を証明するものがこの認識証ですわ。王宮に関わるものはこれを常に身に着けて置く義務がありますのよ。昨日届きましたので、その石を選びに来たのですわ」


 な、なるほど?

 で、個体判別の決め手に目の色を入れると。

 みんな確かにいろんな色してるもんね。日本じゃ考えられない識別方法だわ。


 しかし。

 それと、このキラキラ軍団を購入するということとは話は別である。


「も、もっと小さなキラキラでも、色がわかると思うんでしゅけど……」

 ねえ? 直径1センチは要らなくない? それこそ、くず石で・・・・・・


「小さくては、見づらいでしょう? いちいち、顔を近づけて判別している暇はなくてよ」


 そ、そうでしょうね。はい。

 いや、でもね。ボーナスで買った0.03カラットのピアスが唯一持ってた宝石だった身としては、なかなかに敷居が高いんですが。

 ちらりと見上げると、アライダさんのにっこり笑顔。


 あ、こりゃだめだ。選ぶしかないな。


 そして、なるべく、小さい、石を、選んだ。



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