洋服を買ってもらいました
「ふわ~~~」
今現在。お上りさん状態である。
こっちに落っことされて以来、のんびり街中を歩いたことなんてなかったから。
少しでこぼこした石畳。アイボリーやベージュのブロックを積み上げた建物。窓辺には花が育ち、中央には噴水が!
ちょっと昔のヨーロッパの風情だ。
九州にあるテーマパークを思い出すわ。
でも、テーマパークではないという決定的な建物が、町のどこからでも目に入る。
王城だ。
緩やかな丘の上に、堂々と聳え立つ、巨大な建物である。
旗がはためく尖塔に守られるようにある、優美な曲線を描くいくつもの白亜の建物。太陽の光を反射して、目が痛いほどだ。
その遙か手前には、ぐるりと城壁が囲み、ところどころにある門の前には衛兵がいる。ホースガーズのように背筋をのばして微動だにしないのは、尊敬に値する。
あそこに、王様がいるらしい。
王様だけではなく、お后様とか、王子様とか、お姫様とか、宰相とか。ありとあらゆるファンタジーおなじみの方々が、実際に暮らしているらしい。
王様かあ……
ま、関係なかろう。
そういえば、今いるこの国のこととか、何も知らない。
近いうちにフーゴさんにでも訊いてみよう。情報は命。
それより先に、お買い物ですよ。
地味で実用的な服を買うんだい!
++++
そう意気込んだはずなのに、わたしはまたもや着せ替え人形と化していた。
アライダさんの行きつけの洋服屋さんに行くというからポテポテ歩いてついて行ったら、到着したのは、重厚なドアをピシッとスーツを着こなした店員さんが開けて案内してくれて、ふかふか絨毯を歩いて応接セットがある個室でお茶を出されるような、超高級ブティックだった。
「お嬢様。本日はどのような御用向きで」
みるからに、支配人と思しき初老の男性が、姿勢よく温和な笑みをたたえながら腰を折る。
接客業のお手本のような人である。見習おう。
しかし。
『お嬢様』とは?
そして、そう呼びかけられたアライダさんも、特に戸惑った風もなく、
「今日はこの子の衣装を一通りそろえに来たのよ」などと、にっこりと笑っている。
「おやおや、可愛らしいお嬢様でございますね。こちらの方は? お伺いしてもよろしいでしょうか」
「大丈夫よ。ワーグナー卿が養女としてお引き取りになったの。それはもう可愛がっていらしてね。ですからわたくしもお手伝いをして差し上げたくて」
「ほほう。それはそれは。では、誠心誠意、ご期待に添わねばなりませんね。お任せください」
ほほほ、ふふふと、会話が交わされる。
怖いと感じるのは気のせいだろうか。
目を見開いて見上げている間に、支配人さんがパンパンと手を打ち鳴らして呼び寄せたお針子さんたちに囲まれた。
「まあまあ、なんてお可愛らしい! 腕が鳴りますわ!」
「今のお洋服もとてもお似合いですけれど、このような感じでよろしいのですか?」
「どうかしら? それはカチュアの見立てなのだけれど」
「……ああ~」
「エルシアさん、どうします?」
「ぴ、ピンク、フリフリ、リボンはきょくりょくすくなめでおねがいしますっ! あっさりさっぱりすっきりうごきやすいので!」
「あら」
「ワーグナー卿のお力になりたいそうなの」
「では、お嬢様と同じような?」
「そうね、それでいいと思いますわ」
「承知いたしました。さあ、やるわよ!」
「「「はいっ」」」
そして、冒頭に戻る。
怒涛の着せ替えタイム。
ピンクじゃないし、リボンもないし、フリルもレースも最小限なのは助かるんだけど、質が!
常日頃、量産安売り店の服しか着てなかったけれど、それでも上等かそうでないかくらいはわかる。
手触りとか、柔らかさとか、縫製とか。
これ絶対高いやつ!
「ア、アライダおねえちゃん」
「あら、どうかいたしまして?」
「わ、わたし、ふだんぎがほしいなって………」
「ええ。ですから、こちらの店にしたのですけれど?」
あれこれと店員さんと嬉しそうに選んでいるアライダさんが、小首を傾げて不思議そうな顔をする。
「で、でも、これ、ふだんぎにはきれいすぎるかな~って」
「そうですの? フリルもリボンもありませんわよ?」
「な、ないけど! ほら、わたしちっさいし、こぼすしこけるしチャンバラするから、よごしちゃうし、やぶくかもしれないしっ」
だから、洗濯板ゴシゴシOK、手縫いザクザク繕い(つくろい)OKな安いやつプリーズ!
「お嬢さま」
必死に力説するわたしの前に、支配人さんが膝をつく。
「これらには、耐汚付与をしてございますし、耐損付与も行ってございます。その性能は実証済みでございますので、ご安心ください」
「は」
なに、その高性能!
「お、おたかくないでしゅかっ?」
「大丈夫ですわよ、私のついでですもの」
引き攣ったわたしを微笑ましく見つめながら、新調したらしい服の箱を山積みにしたアライダさんがフフフと笑う。
異世界がここにある。
……しゅ、出世払いは可能なのだろうか。
服選びだけで魂が抜けた。
それでも、ズボンを要求できたわたしえらい。
制服以外はジーンズだったわたしには、足もとスースー頼りないのだ。百歩ぐらいは譲るから、隊舎の中ぐらいはズボンで許して欲しい。
お針子さんたちが、残念そうにしながらも、やっぱりねとアライダさんを見ていたのはなぜだろう。
そして、アライダさんはにっこり笑っていた。




