災難でした
「え!? あるのっ!」
叫んだ!
で、慌てて口押さえてちっさくなって息をひそめる。一、二、三、四…… 十まで数えて誰も来ないことを確認して、息を吐く。
「こっちににほんとうなんてあるの?」
サムライになりたいとか言っておいて、こっちに刀があるとは思ってなかった。だって、ヨーロッパ風よ? 騎士団よ?
小さな声で、ヤオに聞き返す。
”あるんちゃうん? うち、知らんで?”
「じゃ、じゃあなんでさがすなんて」
”『虎の巻』に書いたあるもん。眷属に聞き込みして探せて”
……また聞き捨てできない言葉出てきた。
「『とらのまき』ってなに……」
”え? 知らん? 大事なこと書いたある参考書みたいな……“
「それはしってるの。どうしてそれがいまここででてくるのかがききたいの」
”あー。でしなに宇迦さまがくれはってん。なんや、建御雷神さまから預かりはったみたいやで? やらなあかんことと、こっちのことが書いたあるねん。せやないと手伝いするん困るやろって。こっちのことはこっちの神に書かせたらしいって言うてはったなー。なんやったけ。みっちゃん、知ってる? えーと、だ、だーく、だる……… ああ、だるまさん!“
「ぶっ」
思わず吹いた。
スライディング土下座で飛び込んできたダルマクさんが、ゴロゴロ転がっている内に衣が絡まって、最終的に白いダルマの格好で、建御雷神の剣のそばでゴロンゴロン揺れながら『すみません! すみません! 忙しいんですよ~っ!』と泣いている図が……。
”どしたん?“
「ん、い、いや、なんでもないの……っ。きに、しないで……っ」
ダメだ。肩が揺れる。
深呼吸、落ち着け、すーはー、すーはー…… よし。
しかし、うーん、こっちの事かあ。
そういえば、来た早々からバタバタしてたから、こっちの事ってよく知らないわ。今いるところが王国だって、つい最近知ったぐらいだもんね。信仰権とかって訳のわからないものもあるし、これは自分でも情報収集するべきではなかろうか。
“さっきも言うたけど、虎の巻あるから教えたんで?”
「うん、ありがとう。でもね、こういうのってじぶんでしらべたほうがあたまにはいるのよ」
四十年近く生きてきた上での持論である。聞いただけって、案外上滑りしていくんだわ。
「しらべてわかんないことがあったらきくね? そのときはおしえてくれるとたすかるの」
“わかった、任しとき!”
(日本刀かあ…… どんなのかなあ)
布団の中で、まだ見ぬ相棒に思いを馳せる。
足元では丸くなったヤオの寝息がスピスピ聞こえていた。
さすがに業物ではないよねえ?
でも、どんな刀身かな。反りは? 刃紋は? 拵えは?
どんな鞘でどんな鍔で……
くふっ くふふふっ
ああ、楽しみっ。
羽織をひるがえし、袴を捌き、すれ違いざまに白刃をふるう。敵が倒れた後に、懐紙で刃をぬぐい、鞘に納め、夜闇に消える銀の髪の侍。
そして、おぼろ月に浮かぶのは、散り残った一輪の桜……
きゃああああっ
いい! いい! ものすっごく、いい!
ぐふ、ぐふふふ……っ
かっこういい~っ
サムライ~
サムライだ~
ぐふ……っ
”みっちゃん、寝言うるさい……”
++++
”サムライにかける情熱は、よ~わかった!”
朝起きたら、いきなりヤオにそんなことを言われた。こころなしか、ひげが垂れてげっそりしている。
「どうしたの? ねぶそく? まだねてていいよ?」
”誰のせいやと思てんの”
「ん?」
”なんでもない。とにかく、サムライになろ! 一日も早く! それが世のためうちのため!”
「う、うん? あ、ちょっとまって。あいさつあいさつ」
なんだか勢いで部屋から出ていこうとするヤオを引き留めて、窓に行く。ぱたんと開けて、うん、きょうもいい天気。
柏手二つ。
今日もいい日になりますように!
”うんうん。天照す大御神にご挨拶するのは基本やな。うちもしとこ”
ヤオも朝日に向かって頭を下げる。
「あ、でも、ここ、おひさま、かみさまじゃないよ? わたしがかってにやってるだけよ?」
”お天道さんに感謝もせんの?”
「いや、いいてんきでよろこんだりはしてるけど、たいようはあくまでもたんなるたいようってかんじ?」
”お天道さんからそれやったら、他のんなんか完璧にアウトオブ眼中扱いやな。そらいじけるわ”
「だから、かまってあげてるのがたのしいらしくて、とくにテングーはようちゅう……」
要注意、と言おうとした瞬間。
またもや突風が窓から吹き込み、突撃してくる。髪が逆立ちパジャマがはためき、風圧でよろよろする。
隣を見ると、正面を向いていたヤオが顔面もろに浴びていて、口が閉じれなくなっていた。それと八本の尾っぽが抵抗を上げたらしく、あっというまにゴロゴロ吹き飛ばされる。
小さな羽根つきふよふよが、ひとしきり部屋中飛び回って出て行ったあとは、毎度の惨状。もはやルーチンとなったヤナリーズがお片付けしている中を、慌ててヤオを助け起こす。
「だいじょぶ!? テングー、まいあさあれだからきをつけてね」
”ま、毎朝っ?”
耳も尻尾も風圧で後ろ向きに倒れているヤオが、顔を引きつらせる。
”はやいとこ、構たる相手増やさんかったら、一点集中のまんまやん…… みっちゃん! がんばろな!”
なにやら、鬼気迫る勢いで鼻先を突き付けられた。
「そ、そうだね……」
あはは、その気持ちはわかる。
「おっはよ~! エルちゃん、きつねちゃ~ん!」
顔をひきつらせていたら、突然、ばたん! と勢いついてドアが開く。そして、ピンクが降ってきた!
待って、これって、もしかして!
リボンやレースやフリルをかき分けて、顔を出すと、やっぱりと言うかなんというか、いろんな飾りをてんこ盛りにしたかごを持ったカチュアさんが、にっこにこして立っていた。
”……なんや、一難去ってまた一難みたいな気ぃするんは、気のせいなん!?”
「じゃないよ。たぶん、ざんねんながら」
「さあ、お揃いコーデするよ~! まっかせなさ~い!」
「やっぱりこうなった〜っ!」
”ぎゃあああああっ”
「エルちゃん、おはよう。お兄ちゃんが迎えに来…… ちょ、カチュア、なにやってるの!」
「え? 見て見て、かわいいでしょ! 夕べ、急いでお姉ちゃんに調達してもらったの~」
「わー! エルちゃん、顔どこ、顔! 手もどこにあるのかわからないんだけど!? 立てる!? きつね! リボンつけすぎ! しっぽ持ち上がってない!」
「カチュア~! おまえ、なにやってる!」
「あ、団長! ほら、可愛いですよね! ちっちゃいのともふもふにはやっぱりリボン! ありったけ着けちゃった。一度に見れて鑑賞にもバッチリ!」
「鑑賞って言うな! ベンツ、こうなるのわかってるんだから限度考えろとティアナに言え~!」
「今日は無しかな~」
「ちくしょう、1日の糧なのにっ」
一階の階段で朝のチェックを受けるために並んで待機していた騎士たちは、上の騒ぎを見上げながら悔し涙を流す。
「言っても聞かないんですから、しょうがないじゃないですか……」
「副団長もとばっちりだよな」
「まあ、相手があのメッツェン姉妹じゃなあ……」
そして、壁におでこをつけてぶつぶつどんよりしている副団長に同情の目を向けた。
「しょうがねえ、髭剃ってこよ」
「俺も。髪跳ねさせるの苦労したのに……」
平和な第二騎士団である。




