いろいろおかしい(団長)
「サ、ム、ライ! サ、ム、ライ! わたしのじょぶはおさむらい!」
ロズが、とても上機嫌でピョンピョン跳ねながら踊っている。
かわいい! とても、かわいい! かわいすぎだろ、俺の娘!
「ねえねえ、パパ。おさむらいってつよい?」
「ん? さあ、どうだろうな。ロズは強くなりたいのか?」
「うん! パパみたいにつよくなってだいにきしだんにはいるの」
「え」
「だいににはいって、パパといっしょにこわいまじゅうをやっつけるの!」
俺の娘。最高すぎやしないか?
パパみたいに強くなって
パパと一緒に
いかん。泣きそう。
「ロズ、ちょっとお願いがあるんだが」
「うん! なあに?」
くるくる踊る勢いのまま、つま先立ちでくるんとこちらに向き直り、こてんと首を傾げる。
……ぐっ
「パパ!? どうしたの!」
思わず崩れた俺に、駆け寄ってくる。
いかん。心配かけてどうする!
「なんでもない。ごほん、それでだな」
すっくと身を起こし、片膝をついてロズと目線をあわせた。
「うん」
「もしよければ、これ、ベンツに見せても良いか?」
職業柄、一般的なジョブは知っているのだが、ここに記されている、4つが4つともすべてが初耳なのである。
ベンツは年長だし子だくさんだ。もしかしたら知っているかもしれない。
「いいよ~。かっこういいでしょってじまんして! っていうか、ほかのひとにいっちゃだめなの?」
「ロズが言う分には構わんぞ。ああ、ただし『ないしょばなし』でだぞ」
「わかった! じゃあ、じまんしてくる!」
ばたばたばたと足音大きく廊下に飛び出していった。誰に言うんだろうな。
しかし、ううむ。
ロズの中では、この『サムライ』というジョブは、もはや強くてかっこういいものという事になっているようだ。
女の子なら、聖女とか針乙女とかだと思うんだがちがったのだろうか。
まあ、そうじゃない女が居ることも、身近でわかっちゃいるけどな。
箒をふりまわす『覇王』なんか、怖くて逆らう気も起きない。
執務室に入ると、俺の机の横にある自分の机で、仕事をさばいているベンツに声をかけた。
「ちょっといいか?」
「はい。鑑定結果をエルシアと見ておられたのでは」
「見てきた。それでちょっとお前にも見てもらいたいんだ。ああ、ちゃんとロズには許可とってきたからな」
「なるほど」
俺が席に着くのと入れ替わりに、ベンツが席を立って脇にくる。
「まずはこれだ」
一つ目からおかしい。
「3……(100)? なんですか、この『(100)』」
「だよな。おかしいよな」
普通、魔力のところは単なる数字だ。
1から、よくあるところで200前後。300超えたら魔法使いになれるし、500以上なら化け物扱いだ。生命維持に必要なので、誰しも1は最低持っている。3あれば、日常生活に必要な魔道具を動かすことができる。2以下だと明かりを点けることも水道から水を出すこともできないので、常時魔石を身につける必要がある。指輪とかピアスとか腕輪とか。そのための鑑定だ。ちなみにうちじゃ、ゲレオンがそうだ。
ロズの場合。
3でもまあ問題はない。日常生活には困らないから。
問題があるのはこっちの『(100)』。
「足して103か? それともゆくゆく100ってことか? 俺たちの時と表記方変わったか?」
「いいえ。うちの子たちも、普通に数字だけでしたよ。100以上なら初級魔法ぐらい扱えることになりますから、どちらにしろ望ましいことですが…… 一度友人にもどうだったか訊いてみます」
「頼んだ。次に、こっちだ」
三枚目を机に広げる。
こっちの方が、もっと問題なんだよ。
「なんですか、これ」
眉を寄せて、ベンツがつぶやく。
やっぱりか。
貴族の子弟は五歳になる年の十日目に、こぞって教会に行って鑑定を受けることになっている。
結果も全員ほぼ同じ日に届くわけで、そこからしばらくは、自分のジョブの話で盛り上がる。言いふらすようなことはせずに、こっそり打ち明けるのがセオリーなんだが、まあ、夢中になっていると羽目も外れるわけで。良くも悪くも、いろいろなジョブ名が耳に入ってくるわけだ。
ベンツのところは子供が三人いるわけだから、それこそいろいろ耳にしただろう。
にも関わらず聞いたことがないということは、限りなく珍しいジョブなんだろうな、これ。
「サムライ、剣豪…… 剣聖、ではないのですよね? とりあえず、剣とつくからには、このサムライというのは、剣を扱うジョブなんでしょうか」
「ロズはそのつもりみたいだぞ。強くなって第二に入ってくれるそうだ」
「それはそれは。楽しみですね」
「危ないことはしては欲しくないが、そうならないようにこっちが気を配ればいいだけだ。次、この残り二つがなあ」
ジョブと言うものは、基本二つで一組だ。それ以上ある場合がないわけではないが、ジョブが三つ以上あるというのは珍しい。
「『カイシャイン』『シャチク』。これ、なんだろうな」
「そろいもそろって初耳ですね。ジョブ辞典でも調べますか? それか、フーゴを呼ぶか」
「そっちの方が早いな」
「では、呼びますね」
ベンツが手のひらを上に向けると、ジェレがポヨンと姿を現す。
「フーゴを連れてきてください」
ジェレはぽよぽよ跳ねながら、ドアの隙間から出て行った。
便利だよな、あれ。
「あ」
唐突に思い出した。
「どうしました?」
「ディスク、貼るの忘れた」
いろいろ衝撃的過ぎて、残りのデータをロズに渡し忘れていた。
同封されていた薄い箱の方に入っている、指先ほどの大きさの虹色に光る薄い円盤には、当人にしか明かされないその他のデータが記されている。それを額に張りつけることによって、譲渡されるのだ。
まあ、本人が理解できるようにならない限り、それを認識することもできない。俺は十ぐらいのときに見えるようになった。
「夕食後にでも貼ればいいのでは?」
「そうだな。忘れてるかもしれんから、声かけてくれ」
「……承知しました」
ため息つかれた。 念のためだ、念のため!
「団長。……お呼びですか」
ノックの後に、フーゴが入ってくる。
「ああ、すまんな。ちょっと訊きたいことがあってな」
「……エルシアのジョブですか」
「なんだ、もう知っているのか」
「さっき、耳打ちされました……」
「『内緒』は守ってるんだな。まあ、いい。で?」
「『サムライ』も『剣豪』も聞いたことはありません」
やっぱりかー。
このフーゴと言う男、一度見聞きしたものはほぼ忘れないという希少な特技の持ち主である。本人自体も知識欲の塊で、大体聞けば答えが返ってくるという、便利な男だ。
まあ、本人は、知っているだけで満足して、活用する気はまるでないので、もったいないと言えばもったいない。
「じゃあ、こっちの二つはどうだ?」
「……『サムライ』だけじゃないんですか? それしか言ってませんでしたが」
「ああ。なんか最初の聞いたとたんに跳ねてたからな。もしかしたら、聞いてないかもしれん」
「……これも、知りません。少なくとも本部の辞典には載ってなかったと思います。王宮や魔術師団の分は見たことがないので、わかりませんが……」
「そうか。まあ、いいか。そんなジョブがあるからなんだって話だからな。一応、気には止めておいてもらえるか」
「……了解しました」
今のところは不明だが、前の二つが剣にかかわるジョブなら興味さえ持てばそっち方面に鍛えてやってもいいかもしれん。少なくとも、素養はあるということだから。




