切れました
三日が過ぎた。
はっきり言おう。
この騎士団、だらしない奴らの巣窟である。
初日からすごかった。
「お姉ちゃんが一緒に寝てあげる~」
夕食後、カチュアさんがひょいとわたしを抱き上げる。
「ばっ、お前なに言って…………!」
「だって女の子なのよ。女が添い寝するに決まってんじゃない。ねー!」
見た目4才でも中身はアラフォーである。さすがに男性の添い寝は勘弁してもらいたい。同意を求められ、わたしは「うん!」とうなずいた。正直一人の方がいいんだけど、初めての場所で、怯えもなにもせずに平然と寝る4歳児もどうかと思ったし。
結果、うなずいたことを大いに後悔した。
寝て小一時間もしないうちからのボディブロー。
ぐえっとうなりながら飛び起きたら、カチュアさん、布団を蹴飛ばして大の字で寝ていて。
なんとか、腕の下から這い出たはいいけど、そこから、キックだパンチだスープレックスだ。マジ死ぬかと思った。せっかく生きながらえたのに、冗談じゃない。
とうとうベッドから転げ落ちてくれた時には、心の底から安堵した。本当なら、起こしてベッドに戻ってもらうのが筋だろうけど、我が身の安全を優先させてもらう。おやすみなさい。
翌朝。
カーテンを閉め忘れた室内がうっすらと明るくなって、目が覚めた。
起きてみると、昨夜見たまんまの格好で、未だカチュアさんは爆睡中。起こさないように、その横を通り抜けて、そっとドアを開けて廊下にでた。朝だしね、行きたいとこあるからね。
階段のある方にぽてぽて歩いて、踊り場に出て、また、うわあってなった。
うん、夜中までまあ、うるさいなあとは思ってたんだよね。
柵の向こうに見下ろす、リビングの惨状。
乱立する酒瓶、転がるコップ。ばら撒かれたカードに、とっ散らかったチェスボード。
そして累々と伸びてる酔っ払い。
大学の部活の合宿所かなんかかここは。
「うん? ああそういや、団長に子供できたっけ」
そんな声に振り向いて、慌ててまた前を向く。
パンイチ! なんでパンイチ!
「早いな〜。まあ、カチュアさんと一緒じゃ寝れねえよなあ」
気の毒そうな色が混じってるってことは、みんな知ってるってことか。ああ、だから、昨夜、誰か止めようとしてたのね。
後ろに立つ気配がするが、振り返れません! なので、ひたすら下を見下ろすことに。
確か、1番使われていた人だと思うのよね。マルコって呼ばれてたっけ。
マルコくんも、下を見たのだろう。
「あれ? 今日、少ない……」
少ない? え? 7人くらい転がってるけど⁉︎
「昨日はカチュアがいなかったからな〜」
「かもな〜」
起き出してくる時間なのか、背後の気配が増えてくるんだけど、二回くらい振り返って、振り返るのやめた。
なんでみんなパンイチなのよ!
そんで納得されるって、カチュアさん、どんだけ⁉
ダラダラ〜って起き出して、ダラダラ〜って身支度して、朝食の時間になった。
朝食が並んだテーブルに、バラバラ座って、肘ついたり膝立てたりしたまま、食べる。
食べた人はお皿そのままにしてバラバラ出ていく。
ぼつぼつ汗かいた人が食堂に現れてはシャツを脱いでその辺に放り投げ、朝ごはん食べて出てく。お皿とシャツはそのまんま。
さすがに下げる人はゼロではなかったけど、極々少数だった。
食後にみんな昨日見た騎士服?に着替えて来たけど、寝癖! ひげ! そのまんまか! ボタン掛けちがってる人も居るんですけど⁉
人気がなくなったリビング。
テーブルには食器、あっちこっちに汗臭いシャツやタオル。
メイドさんらしき人が、食器下げて洗濯物回収して行ったけど。 行ったけど!
みんな、構ってくれたよ?
椅子にクッション重ねてくれたし、食事も食べさせてくれようとしたし?(ありがたく遠慮させていただいた)
いただきますしたり、食べたり、ごちそうさましたりしたら、あっちこっちでうなったり震えたり変なことになってたし、食器下げようとしたらそんなことしなくていいって取り上げられたりしたけどさ!
帰ってきたら来たで、あっちこっちに上着がポンポン。水分補給したグラスがごろごろ。
お風呂かシャワーか知らんけど、水滴らせながらリビングに来て水たまり作って、濡れたタオルもあっちこち。
そして、繰り返されるリビングの酔っぱらい。
初日で胃が痛くなった。
余所者だし?
保護して頂いてる立場だし、見た目4歳だし?
がまんしました。
けど。
限界じゃーっ!
四日目。
むくりと起きて、窓を開ける。
東向きなので、朝の陽射しが風と共に部屋の中へ。
パン! と柏手一つ、気合を入れた。
ちなみに、こんなことしてても床の上のカチュアさんは起きない。ある意味すごい。
ついでに言うと、私は部屋に追加された小さなベッドで寝ている。二日目の晩にはもうどこからか運び込まれてきた。
「私が添い寝するのに!」というカチュアさんの主張は綺麗にスルー。寝相の悪さは周知されてるっぽい。「チビのためを思うなら別で寝てやれ!」と寄ってたかって説得されてたし。ありがとうと素直にお礼言っといた。
床を占拠しているカチュアさんの頭側をぐるりと回って廊下に出る。
廊下から見下ろす惨状はいつも通り。
パンイチ軍団が出てくる前に下に降りる。
そして、両手で転がってるビンを持ち上げた。「んっしょ」とかいう、わざとらしい掛け声付きで。
「うんしょ、うんしょ」と言いながら、ビンを脇に運ぶ。「ひとつ、ふたつ」と数えながらコップを集める。
「あれ? チビちゃんなにしてんの? そんなの放っておいていいよ〜」
あざとい行動に、やっと一人気づいてくれた。銀髪のお兄さん、たしかフリッツさん。
ちなみに、数少ないパンイチじゃない人である。
「でもね、どけないととおれないの。まにあわないの!」
「まに…………?」
わたしが行こうとしている先に目をやって、はっとなった。
「起きろ〜!!」
「な、なんだ! 敵襲か!」
大声に、酔っ払いが飛び起きる。
「そんなのどうでもいいから、そこどいて! ものどけて!」
「ど、どうしたフリッツ?」
「早くしないと間に合わないから!」
「は?」
一瞬止まった面々。フリッツさんの後ろにいるわたしを見て、進行方向を見て。
「わ………… ちょ、ちょっと待てよ。どけるから!」
「漏らすな! 漏らすなよ!」
まだ寝てる酔っ払いを転がし、散乱したスナックの残骸を手で押しやり、瓶やコップを蹴り飛ばして、あっという間に道ができた。モーゼか!
実際、トイレにいきたかったわけじゃないけど、一番切羽詰まった理由になるだろう。見た目4歳だし!
「急げ〜!」という声援を聞きながら、できた道を駆け抜ける。
せっかくなので用を足してから戻ってみると、心配そうな顔して息詰めてた。
にっこり笑ったらあっちこっちからほ〜っと息が漏れる。
「きょうはいくのかんたんだったの、ありがと〜」
「…………昨日とかどうしてたの?」
「お兄ちゃんたちいっぱいだから、あっちぐる〜って」
「ぐる〜…………」
その場にいた全員が、壁沿い大回りコースを目で追って、顔を引き攣らせていた。
第一インパクトは成功したな。 よし!