五歳になりました
五歳になってました。
養子縁組が無事に完了したという書類が届いたら、そこに五歳と書いてあったらしい。
事件の最中にどうやら誕生日が過ぎていたようだ。
カレンダーを見るに、その間に『山本道子』の誕生日があったので、もしかしたら同じ日にしておいてくれてるのかもしれない。
そしてこの世界。五歳になったら一律、教会に行って鑑定を受けることになっているそうで、パパがお休みの日に一緒に行くことになった。
街に行くからと、カチュアさんにおしゃれをさせられて、きちっと騎士服を着たパパと連れ立って馬車に乗る。同乗するのはヘルマンさん。久しぶりに見たヘルマンさんは、なぜかげっそり疲れた風情。
「ヘルマンさん、どーしたの? おやすみしておいたほうがよくない?」
最近ゲレオンさんもだけど姿を見ないなと思っていたら、ちょっと集中しなきゃいけない案件にかかりきりだったと聞いた。
休めるときに休んでおかないと、疲労を積み重ねた末に待つのは過労死なんだから!
「エルちゃん、あいかわらず優しいねぇ。大丈夫だよぉ。なんとか課題はクリアしたし、僕が行ったら何かの役に立つかもしれないしぃ」
フンニャリ笑って頭を撫でる。
「ロズ、今日はヘルマンが一緒に来た方が都合がいいんだ。うるさい奴らも黙らせられる」
「? そう? じゃあ、ヘルマンさん、ついたらおこしてあげるからそれまでねててね」
「わかったぁ」
ヘルマンさんが馬車にもたれて目を閉じたのを確認して、窓を流れる景色を見る。
建物はほぼ石でできていて、昔行ったイギリスの街並みを思い起こさせる。そこだけ見れば、タイムスリップしたと言われても信じられそうだ。コスプレして市内観光してる気分になった。
それにしても、石畳って思った以上に凹凸が激しいのね。
馬車がガタガタ揺れる揺れる。
一応、騎士団持ちの上等な馬車のはずで、サスペンションは普通よりいいはずなのに、これとは。
ラノベでお尻が痛いとよく書いてあるけど、さもありなん。
通り沿いには様々な店が立ち並び、開けたところには屋台が並ぶ。気軽に来ることができるようになったら、ぜひ冷やかしてみたいところである。
教会に着いて、パパに抱っこして馬車から降ろしてもらう。
そして、手をつないで中へと入り、後ろにヘルマンさんが付き従った。
「よ、ようこそいらっしゃいました」
いかにも教会関係者!という様子の、法衣を着た修道士のような男性がおどおどと近づいてくる。パパを上目遣いで見、わたしを見下ろし、後ろのヘルマンさんを見やって、頭を下げた。その態度を見て、ヘルマンさんは、きゅっと眉を顰める。
「相変わらずだよねぇ」
「? ヘルマンさん、何か言った?」
「ううん、なんでもないよぉ」
ニコニコしている。気のせいだったかな?
「本日はどのようなご用でしょうかっ、ぐえっ」
なぜかヘルマンさんに問いかける修道士の頭をパパが鷲づかみにして、強制的に自分の方を向かせ、
「娘の鑑定を頼みたい」
……なぜに実力行使。
「な、何をなさるのです! これだから野蛮な輩はっ」
修道士はズレた帽子をかぶりなおし、眉を吊り上げパパを睨みつける。
「はあ、まったく…… で、ご息女の? 失礼ですが、ワーグナー騎士団長様におかれましては、お子様はいらっしゃらなかったのではありませんか」
「ほお、こんなところで仔細を説明しろと?」
「ひっ。あ、い、いえ、申し訳ありません。すぐさま取次ぎをいたします」
パパが少しばかりジロリと見ると、修道士は汗を浮かべてバタバタ走っていった。
「教会も緩んでますねぇ」
「そりゃ、子爵より公爵家の方に擦り寄りたいだろうよ。自然だな」
「僕は無爵なんですけどねぇ。まあ、利用させてもらいましょうかぁ」
ニッと笑うヘルマンさんが、なんか怖いのは気のせいかなっ。
「これはこれは、ようこそおいでくださいました」
ほどなくして奥まった一室に案内され、そこで待っていたのは、下を向くには邪魔そうなあごの下の肉と、前屈するには邪魔そうなおなかの肉を装備した、ふてぶてしい態度の司祭だった。
商談に行った企業の部長にこんなのいたな。
「ささ、どうぞお座りください」
そしてヘルマンさんに対して、慇懃に一脚しかない正面の椅子を薦める。
……さっきから思ってるんだけど、誰も彼も、パパをまるっとスルーしてない?
そしてそうする度に、パパとヘルマンさんの黒さが増していくんだが。
「……司祭。だれが最も敬意を払うべき方か、お分かりではないようですね」
ヘルマンさんが、常ならぬ平坦な口調でそれを突っぱねた。
「それはもちろん、ゲーテ卿で……」
「私に媚びへつらったところで、無駄ですよ。むしろ、上官をないがしろにされて、却って気分が悪いのですが。いい加減、立場をわきまえていただけますか」
わたしの真後ろに立っているから、わたしからはわからないんだけど、ヘルマンさんを見た司祭さんの表情が、あからさまにこわばる。
「こ。これは、し、失礼を、いたしました。いやあ、私としたことが。は、ははは。ほ、本日、御用がおありだったのは、ワーグナー騎士団長様でございましたか。どうぞおかけください」
今更感が半端ないけど、ひきつった笑みでパパに椅子を勧めた。
漫画やラノベに出てくる聖職者って、二種類存在すると思ってる。「いい人」と「悪い人」。
ここの人たちって、どう見ても後者よね。まあさ、『信仰権』なんてもの買わないと、神様に祈ったりお願いしたりしちゃダメだと言ってる時点で、もうアウトなのはわかってたけどさ。
あ~。
神様が、遠い。




