バカは無視するに限る(団長)
「おい、ワーグナー。お前、娘を引き取ったって?」
月に一度の王国の要人が集い情報交換を主とした定例会議が終わり、国王陛下、王太子殿下、宰相閣下が退場された後は、三々五々、ばらばらと席を立つ。
誰かに捕まる前にさっさと帰ろうとして、席を立ったのに、失敗した。
第四のゴドフリー・カールハイト団長に、会議室から続く廊下で大声で呼び止められたからだ。
「その娘に、第二全部が夢中だって話だぞ。ん?」
深緑の隊服を着た巌のような男がドスドスとやってきて、肩によっかかって覗き込んでくる。
こちらをちらちらと横目で見ながら、会議の参加者がそれぞれ通り過ぎていった。
「第二の…… 結婚していたか?」
「いや、まだだと思ったが。庶子か?」
「いやいや。かわいがるためではないか?」
「いのししだけにご盛んとみえる」
くすくすと隠したつもりで隠しきれていないささやきが聞こえてきた。あー、うるさい。
「先輩。経緯はご存じでしょう。誤解を招くような言い方はよしてください」
なにせ、このご仁は『あの』カールハイト第三騎士団捜査一課長の実兄である。詳細など筒抜けだろう。
「いや、詳しいことは知らんぞ? まだ大っぴらに報告上がってないし、あいつはあいつで、日がな一日鏡を見ながら悲嘆にくれてるんでな」
「あ~……」
強制退団の上、謹慎扱いとなったらしいが、前後して、奇病に罹ったらしい。
全身の毛という毛が抜ける、という。
生えないわけではなく、ある一定の長さになったとたんに一斉に抜けるそうだ。しかも、それなりに痛みもあるらしく、朝は痛みで目覚め、シーツに散らばる毛を絶望とともに見つけ、あとは、どこか一本でも残ってないか、鏡の前で体をひねったり、鼻の穴を覗き込んだりしているという。
地味だが、ぜったい罹りたくない病だ。
「うつるようなものでなくてよかったですね」
「本当にな」
俺は知っているぞ。
ひと月近く、屋敷から逃げて寮暮らしをしていたことを。
「それでどうなんだ。あの千剣と雷縛を必死にさせるほどの美姫に興味があるんだが」
ああ、あいつらから足が付いたか。
あいつら、ここのところ休み返上で出まくってるからなあ。
よほどショックだったらしい。
「会わせません」
「囲いすぎると逃げられるぞ」
「あの子の可愛さは、私たちが知っていれば十分です。出しません」
「おいおい」
「まあ、そう言いたい気持ちはわかるぞ」
複雑な表情をしつつも、第三騎士団のシュルツ団長が近づいて来る。
複雑なのは、やらかした部下の実兄がいることと、その結果被害を被った子供の養父が一緒にいるからだろう。それも言うなれば同僚であり、避けられない相手である。一際顔色が悪いから、後でまた胃薬一気飲みするんだろうな。
「そんなにですか」
「昔のワーグナーの幼女版と言えばどうだ」
「お~……、それはそれは」
なんだ、その例えは! 先輩も、なぜそれで納得する!
「ワーグナー」
別の声に呼ばれる。また、面倒なのが、声をかけてきたな。
振り返れば、真っ白い上質な生地に金の縫い取りがきらびやかな隊服に身を包んだ、金髪碧眼の美青年が不機嫌そうな顔で立っていた。 フェルディナント・メルダース。公爵家嫡男の第一騎士団長である。
「今の話は、件の落とし物のことなのか」
「そうですよ」
同じ団長職。しかも俺の方が年上だが、爵位の差と言うものは世知辛い。とりあえずは、丁寧に応対しておく。
「……それほどに、美しいのか」
「美しいと言うよりは、可愛いです」
事実だから否定はしない。
「その美姫に、第二の猛獣どもがこぞって飼いならされちまったらしい。千剣と雷縛が寵を競ってるって話だぞ」
……どこからそういう話になったんだ。噂ってこわい。
「……ではないか」
「は?」
「不公平ではないか! それほどの美しい姫君なら、どうしてこちらに落ちてこない! お前たちのようなむさくるしく不潔なところには不似合いだろう!」
なんか、急にメルダースが怒りだした。
いや、理由は何となく察せられるんだが……
先輩も気が付いたんだろう。気の毒そうな、いや、楽しそうな顔してメルダースを眺めている。
「なぜ! なぜ、こちらにはあれだ! 高級なティーセットも上質なテーブルクロスも、取り寄せた茶葉も菓子も、全てダメになったのだぞ! しかも、しかも、落ちてきた弾みで、あれが…… あれがあちこちに飛び散って、服や髪に……っ。臭いもまだ残っていて、せっかく眺めがよいティールームがまだ使えないのだ!」
……優雅にお茶してるところに、真上から落ちてきたらしいからな。ろくにおむつの世話もされていない赤ん坊が。
後から聞いて、ざまあみろ、と思ったやつは山ほどいただろう、きっと。俺も思った。
「シュルツ団長! いったいどうしてくれるんだ!」
メルダースが糾弾したものの、そこに既にシュルツ団長の姿はない。来た途端に胃を押さえながらささっと居なくなった。うん、気持ちはわかりますよ。ねちこいですからね。最近の胃痛の原因、ほぼこいつでしょうし。
「……っ。カールハイト団長。貴方の実弟のしでかしたことだろう。どう考えておられるのかな」
こめかみをピクピクさせながら、次にジロリと第四騎士団長を睨みつけた。
「実弟といえど、もう成人しております。責任は個々にあると愚考しておりますので、思う存分、心ゆくまで、愚弟を締め上げてくださって結構ですが」
おお、あっさり切り捨てたぞ!
「ならば、こちらに渡してもらおうか」
「あん?」
ひとしきりぼやき終えたメルダースが、突然真顔になり今度はこちらに向かって変なことを言う。
「美しいものは、われら近衛にふさわしい。故に、その美姫も本来ならば、こちらに落ちてきたはずなのだ。だからこちらに渡せ。美しく着飾って愛でてやる」
「バカなことを言うな。もう、俺の娘だ」
バカは放って帰ることにした。
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団長's
仲がいいのか悪いのか。
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筆者、なろうの小説は基本読み上げアプリで聴いております。
するとですね、場面転換とかに用いる「*」とか「・」とか、全部読み上げてくれるわけですよ。
「アスタリスクアスタリスクアスタリスクアスタリスク」
「なかぐろなかぐろなかぐろなかぐろ」 と。
最後の方は息切れしたみたいにトーンが下がって、笑えるのですが。
案外、これ、邪魔よね、と。
どの記号が一番邪魔じゃないのか、愚行中でございます。




