厳かなるあれこれ 弐(神々side)
どうにかこうにか自室にたどり着き、寝床に倒れ込みはしたものの、ダルマクの機嫌は良かった。
ヤマトのことはバレなかったし、精のことでは感謝をされる。
一時はどうなることかと思ったが、けっこう上手く事がおさまりつつあるようだ。
「……こう言ってはなんだが、案外これはナタルの手柄ではないか?」
そんな風にも思ってしまう。
今までだって、いくつもヤマトの魂はこちらに来ているが、こんなことにはならなかった。
思うに、拾った場所が関係しているのではないかと思っている。
ヤマトの神域。そこで、ナタルはあれを手に入れたらしい。
もしかしたら、あちらの神と近いものだったのかもしれない。
「まてよ」
いいことを思いついた。
「またヤマトに行かせればもっといいのを拾ってくるかもしれんぞ?」
くふ、と笑いが溢れる。
見習いがあちらに行くぐらい、そうそう見つかるものではないだろう。実際、今回のことも誰も気が付いていないではないか。
こっそり潜り込ませて、前回は寂れた小さな神域だったらしいから、もう少し大きな神域に行かせて……
たくさんの精が仕事を補助し、神に余裕ができ、それを感謝される自分の妄想が、あっという間に広がった。
ふふふふふ……
「随分とご機嫌だな」
「そりゃそうだ。他所の魂を取ってくるだけで、仕事は楽になるし、称賛されるんだぞ。これを利用しない手は……」
ないだろう。
そう、続けようとしたのだが。
「ほおおおおお……」
低い。低い合いの手に、言葉が途切れた。
「え?」
ぎぎぎ、と、錆びついた粉挽きが動くように、ダルマクの首が回る。
目に入るのは、白い雲が漂う床に突き立つ剣の束。辿って視線を上げれば直ぐの刃となり。
切っ先に座する男は、腕組みをして、青筋を立てた笑みを浮かべていた。
「…………っ!! たっ、たたたた……っ」
「天よりあまねく地を照らしたもう大神に奏上して、全面的に締め出すぞ」
「そ、そそそそ、それだけはご勘弁を~~~っ」
対ヤマト専用秘技『スライディング土下座』で、束の前に平伏した。
「ヤマトの魂は便利なんです! ヤマトの魂が調達できなくなったら、賞賛されるどころか断罪されますっ。 そんなの嫌です~~~っ」
「知ったことか。勝手に地獄に堕ちろ」
言い捨てた建御雷神はふわりと舞い上がる。
「じ、地獄ないですっ。こちらに地獄はないんですよ! いえ、そうではなく! お、おおおお、お待ちをっ。わかりました! 誰もっ、誰も派遣しません! 近寄りません! いやだな。忍び込んで魂を盗むなんて、そんなことするはずがないじゃないですか。ヤマトの八百万の皆様の目をかいくぐることなどできるはずがないんですから! ただの妄想ですよ、妄想!」
「そのようなことを言って、またあの小僧に理由をこねくりつけて押し込んで来るのだろうが」
「滅相もございません! ナタルはヴュルムから出しません! ええ、一切! そんな暇がないほどこき使います! ですから、何卒! 何卒~~~~っ」」
ダルマクは恥も外聞も投げ捨てて、建御雷神の足に取り縋った。
異世界への転生や転移の事実に直面してパニックになっている相手をなだめすかして一から順に噛んで含めるように説明して納得させるひたすら面倒くさいヒトの魂の管理の一連の作業をあっさり省略できるヤマトが使えなくなったら、死活問題だ(比喩です)。たまに、リストをいじって順番を早めているのも内緒である。
「ふ……ん」
いまだいぶかしげな表情は崩さないものの、建御雷神が切っ先に戻る。淡くなっていた剣も、しっかりと影を落とした。
「ひと所に居を定めるのに、随分時間がかかったな。受け入れるに支障のない者に保護させる手筈ではなかったのか」
「そ、それが、タイミング悪く大きな事件が起きまして、それに関連していると誤解され…… その、ヒトの暮らしへの手出しはなるべく控えておりまして。そう! 自立を促すためにですねっ」
「『そちらの』ヒトに対する関わり方までは口出しはせん」
「そ、そうですかっ」
「なにを勘違いしているのかわからんが、彼の者は其方たちのものにはあらず、未だこちらのものだぞ。いわば『客分』、便宜を図って然るべきではないのか。そちらの都合に振り回される謂れはない」
「そ、そーですよ、ね。そうしようとは思ったのですが、なにぶん神手が……っ」
ヤマトの神の言葉にホッとしたのもつかの間、続いた詰問と 鋭い視線に、ダルマクはふたたびピンと背筋を伸ばした。
「そ、それに、せっかくあの子の祈りで風精と家精が動き出したのに、何も問題が起こらなかったら祈らなくなって増えないではないですか。せっかく楽できそうなのにもったいなくて…… って、あ、いえっ、嘘ですっ。本当に忙しくてっ。うぎゃあっ」
言葉尻に被せるように、三度続けて雷が落ちた。ダルマクは書類と共に跳ね飛ばされ、雲の上を転がり、潰れた声を上げてのびた。
「随分と勝手な御託を並べてくれるものだな。上級に殴り込みに行くぞ」
「ひいっ! そ、それだけはやめてください! 仕事を邪魔だてされることを、何よりお厭いになるのです。キレたらなにをするかわからないんですよ!?」
鼻先に突きつけられた剣を凝視しながら、必死に叫ぶ。
八つ当たりで、止めに入った中級神と島が一つ、目の前で消えたのは記憶に新しい。
「ならば、こちらの条件を飲んでもらおうか」
「承知しました! いくらでも!」
そして、建御雷神のことばに間髪入れずうなずいたのだった。




