厳かなるあれこれ 壱(神々side)
ずる、ずる、ずる……
う~、あ~、は~……
持ち上げることもできず、不可抗力で何かを引きずる音。
その音とともに、思わずこぼれ出ているような各種の声音。
それらを発生させながら、彼らはようやく目的とするドアにたどり着いた。
あげるも億劫な手を伸ばし、ノブを廻す。
そして、倒れこんだ。
床に、そのまま、全員が。
「うわ~、悲惨~」
部屋に待機していた少年のような一柱が、手をかざす。
柔らかな光があたりを満たし、ようやく倒れ伏した者たちは手を支えに身を起こし、ソファーへと沈みこんだ。
「やっと、やっと終わった。今日という日が……」
「虫はやだ。数多すぎ。やってもやってもずっとバッタ……」
「虫なんてまだいいでしょ。見えるんだから。微生物、見えない。入れるのなんて、もうカンよ、カン。きっと、たぶん、入った!」
「あー、わかるわかる」
力ないながらも笑いが起こる。
魂と入れ物、二つ一組でずらりと並んだそれを順に入れていくのが、中級神の主な仕事である。
虫や微生物などは数が多すぎるので、無になり手を動かさなければ終わるものではない。
そこへ行くと、人は少ない。
あくまでも『比べれば』ではあるが、息をつく暇くらいはある。
だが、虫や微生物と違って文句を言う。おとなしく入ってくれない。
次の入れ物が気に入らないとか、死んだことが理解できていないとか、死んでも思いが残って魂だけで戻ってやる、とか。そういう問題を起こすのだ。
あの手この手を駆使して説得し、口先三寸で丸め込み、入れ物に入れていく。その苦労と言ったら筆舌に尽くしがたい。一日が終われば、燃え尽きたようにぐったりだ。
一番不人気なシフトだった。
「もう、今日は『カラ』があって大変だった……」
ひと際やつれてソファーに埋まりこんでいる一柱のつぶやきに、その場に居た全員、同情の視線を向けた。
「で、でもさ。そろそろ、ヤマトが調達候補だったんじゃないか?」
「俺もそう思ったさ! でも、リストの一番下になってたんだ! チクショー!」
「うわ、いつの間に…… 一番下じゃ、ごまかすこともできないか。不運だったな~」
悔しがる神に、慰める神。
その神々の会話を、少し離れたところでダルマクはドキドキしながら聞いていた。
ヤマトが最後尾に回った理由。
もちろん、あれである。
愚弟のやらかしは、兄の責任。必然でないのに『ヤマト』を使ってしまったことがばれたら、総スカンだ。
「ああ、でもさ。最近、スムーズには進むんだよな。リストがすぐに届くから」
重苦しい雰囲気を変えようとしてか、とある神がいきなり脈絡もなくそんなことを、明るい口調で言った。
「そうそう。リスト待ちのタイムロスがないからなあ。落としても、拾って戻すしな」
他の神ものる。
「『風精』だろ。最近よく見るようになったあれ」
「知ってるか、数が増えると物も運ぶんだぞ。この間、3匹ぐらいで書類を運んでた」
「まじか」
「もう一つの方『家精』だったか、あれも助かるよなあ。髪が邪魔だと思ったら結い紐持ってきてくれるし、インクがなくなったら補充してくれるし」
「喉乾いたってぼやいたら、お茶はこんできたぞ」
「まじか」
「ダルマク、あれ、お前が呼び戻したんだって?」
「え? ええ。そうなんですよ。下に行ったときに見かけまして。お役に立っているようで、何よりです」
話を振られたダルマクは、それまでの強張った顔を崩し、少しばかり得意げに、そう答えた。
彼女の呼びかけで、『風精』と『家精』が動き始めた。
ヤマトの神が彼女にそんなことを言っていた気もするが、そんな簡単に行くかと話半分で聞いていたら、まさかだ。
下で動き始めたら、上でも起きた。ある時突然、ふよふよふわふわ漂い始めたのである。
精は基本神に付くものだ。
彼女に最も多く関わった神族は良くも悪くもナタルである。彼女にはナタルの神力が色濃く残ってしまっていて、その神力をたどったのか、まず初めにナタルの周りに群がり始めた。
ナタルはお仕置きとして殿舎の掃除中で、最初は気味悪がって追い払おうとしていたのだが、周りに居た神たちの会話から精だと知ったとたん、いろいろ察していい気になったに違いない。それはそれは得意げに胸を張り、偉そうにしはじめた。苦しゅうない。そんなセリフが聞こえてきそうだった。そしてそれはとても目立っていた。
それを目にした時の気持ちを考えてみてほしい。
見習いに過ぎないナタルがそんなことになっていたら、不審に思われる。
ヤマトに対してやらかしたポカがばれたら、袋叩きもいいところだ。
故に、ダルマクは咄嗟にナタルを蹴り飛ばし、体の位置を入れ替えた。そして周囲には、自分が呼び寄せたのだとごまかした。
人の管理を任せられるダルマクは、中級神の中でも上位だ。みな、あっさり信じた。
メッセンジャーに使える『風精』
なにげない気遣いを見せる『家精』
多忙な神々は大喜びである。
通りすがりにお礼を言われたりして、最初は後ろめたかったのだが、最近はもう慣れた。
「いやいや、どうってことないですよ。あはははは~」
ニコニコ対応するその様は、なるほど兄弟である。




