ピンクが嫌いになりました
インテリメガネさんの目が、まんまるになっている。
保護者を登録する、なんて気軽なものじゃないじゃん。
養子よ養子。家族になっちゃうじゃない。責任重すぎるって。
いくらなんでも
「素晴らしい!」
口尖らせて睨みつけてたら、いきなりがっしり両肩をつかまれた。
「その年で文字が読める! しかも、サインをする前に書類の確認をしましたよ、この子! もしかして、私がした説明、全部理解してるかもしれません! 逸材です! 救世主です! 団長! 捕まえておきましょう! さあ、サインをしてください。ささっと、今すぐに!」
インテリメガネさん、テンション爆上がりした!
ずずいっと書類を押し出してきて、圧が強い。
「で、でも、ようしって、だんちょうしゃん、パパになっちゃうよ!?」
よりにも寄って、なんで親の欄が団長さんの名前なのよ。
いいのそれで。たぶん独身だよね? コブ付きになったら困るじゃん!
だと言うのに。
「パ、パパ……っ」
ちょっと、なんで胸押さえてしゃがみ込んでんの!?
「だ、だいじょーぶ?」
「エルシア!」
「はいっ」
心配になって乗り出したら、突然ガバッとおきあがった。
「望むところだ。お前のパパに俺はなる!」
「で、でもっ」
「心配いらん。最初からそのつもりでベンツに手続きさせてたんだ。問題ない」
「身元不明の被害児童を、保護をとばして、独り身の団長の養子にすることを納得させるのに骨を折ったんですよ。ここのところ、これにかかりきりでしたからね」
胸を張ってなぜか得意げな団長さんと、腕組みをして思い出したように頷いているメガネさん。
でもおおおっ。
「ま、あきらめな」
ポンと、オイゲンさんが頭に手を置いた。視線がなぜか同情的である。
いや、なんで?
「ベンツ~、あの子は目を覚ましたか!?」
「ちっ、もう来たのか」
「時間稼げませんでしたね。ドレスはブレンダが封印していたはずなのですが。どうやって見つけたのやら」
ドス、ドス、となにやら重いものを運んでいるような足音と一緒に聞こえた声に、舌打ちとため息で反応するお二方。
そして改めてメガネさんがキリッとこっちを見る。
「エルシア。もし貴女が団長の養女となることに抵抗があるのなら、代替案としては、我が家に来ることになります。今年から学園に通い始めた長女と、息子が二人いますので、一人増えたところでどうと言う事はありません。貴女も幾分気は楽でしょう」
「おい、ベンツ」
「我が家もある意味大いに助かるのですが……」
「やっぱり似合うのはピンクだな! フリルとレースが可愛いとっておきを持ってきたぞ!」
「さすが姉様! わたしも仲間に入れてね! リボンありったけ持ってきたから!」
「でかした! 我が妹よ!」
なんか、ものすごい会話が聞こえたよ? しかも、増えた二人目、聞き覚えがありすぎるんですけど?
「ひとつ、言っておかなければならないことがあるのですよ」
メガネさんが言葉を続けた。
「娘のブレンダは今年から学園に入りました。屋敷から通うこともできたのですが、家出の勢いで寮に移ってしまいました。次の標的は息子たちになりましたが、当然逃げ回っています」
なにからでしょう?
とっても、いやな予感がするんですよ。
当たってほしくない……
「かわいいものが大好きで、愛でて着飾ることが大好きなのですよ。妻は。着せてセットしてメイクして眺めて愛でて脱がせて着せてつけて外してポーズ付けて脱がせて、ひたすら、気が済むまですることが、大好きなのです。ええ、それこそ毎日でもできるならやるほどに。なのに、思うようにできない日々が続いて、それはそれはもう、溜まっているのです」
下手な怪談聞くより、背筋が凍ってきたわ……
「ああもう、十着しか持ってこれなかったじゃないか。ブレンダが着てくれなかったドレスが山ほどあるのに!」
「……封印した衣装部屋以外にもまだストックがあったのか」
「教官、働いているのは趣味に使う金を稼ぐためだって言って憚らない人だったからなあ。私的財産、凄いって噂だったぞ?」
「否定はしませんね。支度金も不要だと言われましたから。その分を全てウェディングドレスに使わせてくれと……」
「ああ、それであんなドレスになったのか……」
ボソボソと交わされる会話が、妙に真実味を煽る。
あんなって、どんな?
知りたいような、知りたくないような。
「とにかく。そんな彼女と共に暮らすということがどういうことなのか」
ベンツさんがクイっと指先でメガネを押し上げた。
「貴女はこれから実体験することになるでしょう。その上で、判断してくださって結構ですからね。とりあえず、頑張ってください」
にっこり。
同時に、部屋のドアが開いて、(ピンク)が現れたのだ。
シフォンにシルク、レースにチュール、ファーにビーズに、とにかくいろんな種類のドレスの形をした各種ピンクが、押し込まれるようにして部屋に侵入してきた。
「さあ! どんどん着てみてくれ!」
「セットはまかせて!」
ニッコニコの、ティアナさんとカチュアさん。
なんか、がんばりたくないんですけど~~~っ?
翌朝、わたしは朝イチで団長さんの執務室を訪れた。
他の騎士さんたちは、まだ寝てたり起き抜けでふらふら洗面してたりする時間帯だ。
でも、団長さんは身だしなみを整えた上で、朝食前の一仕事をしているのである。
執務室には、団長さん以外にメガネさんもいた。
奥さんが上機嫌で、久しぶりに家庭が平和だったとお礼を言われた。
そりゃそうでしょうよ。あれからほぼ半日、着ちゃ脱いで着ちゃ脱いで。ピンクに埋もれ続けたんだから。
「だんちょーしゃん」
すっと息を吸い込んで、執務机の正面に立った。机の高さの関係で、生首状態の団長さんを見上げた。
「パパ! ふちゅちゅかものでしゅが、これからよろしくおねがいしましゅ!」
下書きを無視して名前をしっかりくっきり書いた書類を、手渡したのだった。
ピンクが、とっても、嫌いになりました。




