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まずは設定からですか?  作者: 天野 陽羽
〜い〜
50/72

スカウトされました



「ウルカのあの声を聞くときはな、こう、腹にぐっと力を籠めるんだ。そうすると、なんとかやり過ごせる」

 はははと笑いながら、オイゲンさんがホットミルクをくれた。

「ありがとー」

 ホットミルク。他に飲む人いないよね。うん、また手間増やしちゃった。

 しかし、さっきみたいに後ろからいきなりの場合はできないよねえ?

 もう、聞くことはないだろうけどさ。


「オイゲンおじしゃん。しゃっきのおねえしゃん、まだここにいる?」

「ん? まだおるだろう。肝心の用事もすんどらんだろうし」

「じゃあ、おまたしぇしちゃってる? わたし、はやくいかなきゃ」

 まだ少し残っているコップをサイドテーブルにおいて、ベッドから飛び降りた。

「おじしゃん、こっぷだけあらってもらってもいいでしゅか。ごちしょうしゃまでした」

「こらこら、待たんか」

 服の背中をつかまれて、ポイとベッドに戻される。

「どこに行くつもりだ」

「こじいんでしゅ。しょれかほかのししぇつ。もしかしたらしょくにんしゃんにでしいりとか、はたらきしゃきとか」

「なんだってまた」

「どれいしょうのじけん、かいけちゅしたでしゅね?」

「詳しいことは知らんが、それらしいことは言っとったな」

「だったら、わたしがここでおしぇわになるりゆうがないの」

「理由なんぞなくても。まだ四つじゃろ。大人に甘えてもいいと思うぞ?」


 でも、中身はアラフォーなんですよ。大人なんです。お世話になりっぱなしはいたたまれないんです。

 団長さんは蹴っ飛ばしてないのに、蹴っ飛ばしたと思い込んで、責任とって保護されるっていうのも、罪悪感が半端ないんですっ。

 みんな、良い人すぎるから、なおさらっ。

 楽しいけど。好きだけど!


「だって、こどもわたしだけだもん。ちっちゃいしなんにもできないから、よういしてもらわなきゃだめだし、おせわしてもらわなきゃだめだもん。めーわくなんだもん。だからおっきくなるまでおそといくの」


 幼児語に変換されると、なんだか異様に悲壮感が漂うけども、要するにあれよ、『役に立てるようになってくるから、それまでアデュー!』って。ただそれだけ。

 だからさっさと……



「ちょっと待ったあーーーーーーーーーっ」


 スパーン、と良い音がして、医務室のドアが吹っ飛んだ。


++++


「どこの阿呆だ。ドアは静かに開け閉めしろと何度教えても覚えないやつは」

「すまん。すまんって。慌てたからつい。とりあえず、その足どけてくれ」


 どちらかと言うと、もちぷよ体型の小柄なおじさんオイゲンさんに、ガタイのいい団長さんがあしげにされているというのは、なかなかに信じがたいものがある。

 けれど、団長さんがドアを吹っ飛ばして乱入してきた途端に、オイゲンさんが一本背負かましたのを、わたしはしっかり見た。すごかった。オイゲンさん、医者だよね?

 なんと言うか、第二の年長者の実力が半端ない。


「やれやれ。腰痛めたんじゃなかったのか」

「これくらい、なんでもないわい」

 なんとか許してもらった団長さんは、乱れた髪や服を整えながら口を尖らせた。オイゲンさんが、スルーしつつ自分だけコーヒーを飲んでいる。いいなあ、飲みたいなあ。



++++



「それでだ、エルシア」

 団長さんが患者が座るであろう木製のスツールに腰掛けたまま、ぐるんとこちらを向いた。

「はい、なんで、しゅ、か……」

 あれ? いつもと雰囲気が違いますよ? ギランと光る眼光が鋭い。思わず背筋をしゃんと伸ばした。

「お前はここから出て行きたいのか」

 直球だね。『出て行きたい』訳ではなく、『ちょっと長期にお出かけしたい』だけなんだけど。

「ここが嫌か」

「いやじゃないでしゅ」

 返事がなかったからか、第二問が来た。すかさず答える。団長さんの表情がちょっと和らいだ。

「じゃあ、なんでお外に行くんだ?」

「……ちっちゃいから」

「そりゃまだ四つだからな」

「めーわくに……」

「ならんぞ?」

「てまがか……」

「かからんな」

「じゃまじゃ……」

「ないない」

「~~っ。おしごともおてつだいもできないもん!」

「そんな心配なんかしなくていいんだぞ。遊んでればいいじゃないか」

 

 だ~か~ら~っ。それが嫌なんだっつーの! 全面的によっかかって面倒見てもらえるのは、幼児だけなのよ!


「では、第二騎士団が貴女を雇用しましょう」


 頭を抱えたくなった頃、書類を携えた、さっき見かけたインテリメガネさんがにっこり笑いながら入ってきた。

「ああ、きちんと貴女の実績と実力を鑑みたうえでの、正規の依頼ですよ」

 そして、そうつけ加える。

 実績?

 はて、なにかしたっけ。

「ベンツ? お前、なにを……」

「子どもの自立心が理解できない脳筋は少し黙っててください」

「んなっ」

「貴女の仕事は、魔獣を片づけること以外に頭が働かない野生児どもの監督及び指導です」

 間に割って入ったインテリさんが、背後でわめく団長さんを全スルーして話を進める。

「貴女がここに滞在した短期間での変化は目を見張るものがあります。この調子でいけばここがまともだと認識される日もそう遠いことはないかもしれません多分おそらくきっと万が一億が一の可能性に過ぎなくともささやかにかすかかもしれなくとも少なくとも毛の先ほどの希望は見えたのではないかと思いたいのです」

「は、はあ……」

「私としては、その光明を逃したくはありませんので、是非ともここに留まって励んでほしいと思います。要するにスカウトです。いかがでしょう」

 ふむ。

「給料はこれくらい。わからなければ、一ヶ月分の衣食住にかかる費用プラス余剰分くらいだと思ってください。もちろん、現物支給も可能です。その場合、余剰分はお小遣いとして支給します」

 一枚、書類が手渡された。

「因みに、騎士団全般に言えることですが、医療費教育費は全面的にこちら持ちですので、その辺りは心配ありません」

 書類、二枚目。

「もちろん、休日も補償します。その日に限って、こいつらの愚行に目を瞑っていただいて構いません。私が代わります」

 三枚目。

「ただ、なにぶん貴女は未成年の幼児ですので、保護者が必要です。第二全体でできればいいのですが、さすがにそれは無理でしたので、一人に限定させていただきました。よって、その登録を了承するサインをそこに入れてください」

 四枚目が下敷きの板に乗せられ、まだベッドに居るわたしの太ももの上にペンと共に差し出された。

 ご丁寧に、名前を書く欄に薄く既に書いてある。つまりなぞれと。

 対外的に幼児だしね。字が書けるとは思われてなくて当然か。


 第二のみんなの監督、指導かあ。

 それは必要だと思う。

 来た当初、それはそれは酷かったもの。

 みんなの良いところが、あれでマルっと御破算になってて、見下されているのが現実。

 第三にいた時、とっても悔しかったからね。


 もし。

 もし、みんなの評判を改善するお手伝いができたら、それも恩返しになるかなあ。


 ……………………よし!


 名前を書くべくペンを取る。


 その時、ざっと書類に目を走らせたのは、社畜の習慣だと言えるだろう。



 ………………………………


 なんじゃこりゃ~っ!


 叫びそうになった。何度も見なおした。なんなら目もこすった。


 でも、見間違いじゃなかった。


「あの」

「どうかしましたか? お手伝いをしましょうか」

「どーして『ようしえんぐみしんせいしょ』なんでしゅか」


 あ、しん、となった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後の一言、「どーして」がついているのが笑えました。(中身を理解しているというところが) [一言] チート能力(幼女力)を持ったおばさんなのか、 チート能力(おばさん力)を持った幼女なのか…
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