取り合いされました
速攻だったなあ。
私物なんてほとんどないから、あのショルダーをかけたらそれで終わる。あれも本当はわたしのものじゃないんだけど、持っていかせてもらいたい。
それだけのためにメイドさんに手間をかけるわけにはいかないから、さっさと用意して玄関で待っていよう。
最初に飛び降りた階段が見えてくると、その前に誰かがいた。紺色のすっきりとしたドレスに、かっちり結い上げた髪の女性だ。
そういえば、アーデルハイドちゃんが孤児院に帰る時、来てた女の人がこんな感じだった。
やばい、待たせてた!?
「しゅ、しゅみましぇん、おまたしぇしました!」
慌てて駆け寄り頭を下げた。
見上げると、女性は一瞬目を丸くした後に、しゃがんで目線を合わせてくれた。さすがプロ。
「あらあら、可愛らしいお嬢さんね。こんにちは」
「しゅみましぇん、ごあいさつわしゅれてました。こんにちは。エルシアでしゅ。4しゃいでしゅ! よろしくおねがいしましゅ!」
「か……」
改めて頭を下げると、頭上から変な声が降って来て、首を傾げながら見上げたら、瞬時に扇が開いて口元を隠された。
すんごい早い。
「こ、コホン。エルシアちゃん? じゃあ、あなたが例の子なのね。やるわね、あのイノシシ」
「はい! しゅぐににもつもってきましゅ!」
わたしのことを知ってそうだし、やっぱりお迎えの人なんだな。なにか呟いていたけど待たせるのもなんだし、急いで二段の階段をえっちらおっちら昇って、幸い開けっ放しになってたドアを通り抜けた。これ、一人じゃ開けられないから、ラッキーだったわ。
二階に続く階段も、どうにかこうにかよじのぼり、カチュアさんの部屋でバッグを斜めがけにして、もう一度廊下に出た。そして今度は後ろ向きに一段ずつサカサカ降りていく。ゆっくりなら前向きでも全然OKなんだけどね! 今日は急ぐから。
一階に降りて、ふと奥を見た。
団長さんの執務室のドア。
……拾ってもらったし、名前つけてもらったし、迎えに来てもらったし。
一番お世話になったから、やっぱり挨拶はしていくべきよね。
コンコンと叩いてみたけど返事はなく、そおっと開けて覗いてみたけど、誰もいなかった。
タイミング悪いなあ。
あとでお手紙とか書けるかな?
ぽてぽてと歩く。
いつも誰かいるのにな。
誰もいない。
静かだわ。
ヤナリーズが一つ、二つ、三つ。前をうろちょろしてる。
……うん、ヤナリーズとテングーがここには居る。
ここは、大丈夫だ。
次だ次。
次のとこでも、起こして、見つけて、元気にして。
任せてね、建御雷神。
目指せ、八百万!
たたっと走って、二段の階段を飛び降りた。
「おまたしぇしました!」
「ま、まあまあまあ、可愛いわね、ほんとに! どう? うちに来ない?」
「はい、いきましゅ!」
足元から女性を見上げて、にっこり笑う。
「え。ほんとに?」
「あい!」
「うちに。そう、ね。それがいい。いいな! よし、じゃあ、行こう」
向こうもにっこり笑ってぎゅっと手を握ってくれた。良かった、いい人みたいだ。
「アーデルハイドちゃん、げんきでしゅか」
第三で見送ったきりの女の子を思い出して訊いてみる。
「アーデルハイドちゃん?」
だけど、女性は小首を傾げた。ありゃ、同じ孤児院じゃないのか、残念。
「じゃあ、べちゅのこじいんなんでしゅね。わかりました」
途端に、女性の足が止まる。
「孤児、院?」
見下ろしてくる様子は、なにそれ、という感じだ。という事は、この人は孤児院の職員さんじゃないのか。
「あ、じゃあ、どこかでしいりでしゅか!」
そういうの斡旋してくれる人だったか。
小さな頃から入門させて育てるって言うのもありよね。手に技がつくっていうのは良いことだ。それで生きていける。生きてく手段があったらそっちの心配いらないから、修行もできるよな。
「弟子……?」
なのに、女の人の眉根が寄って、目が座る。
ありゃ、弟子入りでもないのか。まあ、そんなに都合のいい職人さんが早々いるわきゃないよね。
「じゃあ、どこかでおしごとしゅるでしゅね。わかりました、がんばりましゅ!」
口入屋さんだったんだね。そうかそうか。
子供も貴重な働き手だもんね。まあ、衣食住には困らないだろう。修行始めるの遅くなるだろうけど、それはしょうがない。
なにせ、正体不明の孤児だ。寝床が確保できるだけで万々歳…… あれ?
「仕事…… 働かせる、だと?」
背後が、ずもも、と黒い?
あれ?
「エルシア!」
首を捻っていると名前を呼ばれた。
そっちを見ると、慌てた様子の団長さんが、庭の方から走って来てた。あ、やった! 挨拶できる!
「だんちょーしゃ……」
「おまえ、どこに行ってた。一人で外になんか……」
「トビアス! どういう事だ! 説明しろおっ」
わたしの声も団長さんの声も、もう一人の問う声にかき消された。
びっくりしてたら、目の前から団長さんが消えた。
「この子が例の子だろう!? 解決したら邪魔者扱いか! さっさと追い出すのか! 見損なったぞ!」
女性が団長さんを少し離れた隊舎の壁に押し付けて、襟首をぐいぐい締め上げている。いつの間にあそこまで!
「わ! 教、教官! 待ってください。どうしてあなたがここに」
「うるさい。やっとかたがついたから、一足先に知らせにきてやったのだ。だと言うのに、追い出そうとはどう言う魂胆だ! あれだけ面倒な手続きを人にさせておいて…… もういい、お前がいらんと言うなら私が貰う。書類も一つ二つ訂正すればそのまま使えるだろう」
「んなっ!? バカなことを言わないでください! やりませんよ!」
「ほお。教官の私に楯突くのか。いい度胸だな」
「“元”ですよねっ!? “元”! とにかく、離してください! 貴女には渡しません!」
「追い出そうとしたくせになにをほざくか。それに、こんなダメ男の巣窟に置いておくわけにはいかんだろう。悪影響しかないわ!」
「んぐっ。そ、それはともかく、追い出そうなんてしてませんしっ」
「うるさい! 私が貰って思いっきり可愛がってやる。そうだな、ピンクかな、ピンクだな。ピンクがいいな! 早速帰るぞ!」
わめく団長さんをポイと投げ捨てて、小脇に抱え上げられた。すらっとしているのに案外力があるわ、この人。
「ちょ、だから、待ってください!」
「断る!」
追っかけてくる団長さんを一顧だにせず、わたしを担いだままスタスタ歩く。
どこに連れて行かれるんだろ。というか、この状況はいったいなに!
「ティアナ? 貴女は一体何をしてるんですか!」
「ああベンツ! この子持って帰ろう! ブレンダも寮に入ったし、部屋も空いている!」
「は?」
そこにもう一人、初めて見る男性が現れた。団長さんがざっと羽織っているだけの隊服をきっちりと着用し、細いメガネにオールバック。できる雰囲気をバリバリ醸し出している、少々年長の男性だ。たぶん《私》と同じくらい?
すぐそこに停めてある馬車から降りて来たところらしい。まだステップの手すりを持った状態で固まっている。
「ば……っ。だめだ! 俺がパ…… いや、あの、その…………。だいたい、持って帰るって言わないでください! あなた方姉妹は揃いも揃って……!」
「はん、片腹痛いわ。ああ、かわいいな。色味がこの猪と同じと言うのが玉に瑕だが、本当に愛らしい。レースが似合うか? それともフリルか? 悩むな。なんでも似合いそうじゃないか」
「だから、降ろして…… ああ、もう! 降ろせ! 離せ!」
「教官に逆らうな!」
「元だ、元!」
「ティアナ! 落ち着きなさい。まだデニスもカールも居るんですよ!?」
「リボンつけさせてくれないじゃないか!」
「当たり前です!」
今度はわたしを両手で掲げて(!)品定めを始めたティアナ(?)さんと、引き剥がそうとする団長さんと、駆け寄って来てティアナさんを叱りつけているベンツ(?)さん。
団子になってる三人の大人に、ガックンガックン振り回されるわたし。
目が、目が回る……っ。
「玄関先でなにをしとる! いい加減にせんか~~~~~~~~っ!!!!!!!!」
キーンとなって、意識が飛んだ。




