筋トレするつもりでした
ということは、だ。
奴隷商人事件は、とりあえずケリはついたと見ていいんだろうな。
となると、今度こそ近いうちに孤児院行きだな。
ここに居座ってお役に立って恩返し、って思ってたけど、どう考えてもお荷物にしかなっとらん。さっさと素直に孤児院行って、勉強してここで暮らす知恵と技つけて、役に立つようになってから、ここでなんとか雇ってもらって、それで恩返しするのが一番建設的。
ダルマクさんや建御雷神にお願いしたスキルが、役に立つだろうしね!
そのためには、とりあえずこのむちむち手足と、ぽよぽよお腹をどうにかせねば。
よし、筋トレだ!
確か、バッグの中にゲレオンさんがくれた靴があったはず。そう、なぜか錘が仕込まれてたあれ。
あの靴履いて脚鍛えて。あとはドローインで腹筋鍛えて。胡桃あったな。あれで握力鍛えて。他何ができるかなあ。
地味な努力っていうのが、一番実を結ぶということを、おばちゃんは知っているのだよ。
出世払いで必ず恩は返すからね!
とおもってたんだけど、早々に頓挫した。
まず靴。
カコンカコンと手すり持って一段ずつ階段降りたものの、上がれませんでした。
そんなに重くないはずなのに、それを下回る筋力だった。片方ずつ担いで昇ってバッグにしまいました。まずはウォーキングからだったぜ。
次に胡桃。
握力鍛える以前の問題だった。手が小さすぎて握れない。
できるのがドローインだけってなによ。
いろいろ前途多難である。
だいたい、なんでこんなサイズからスタートかなあ。せめて小学生サイズが良かった。それならまだできることも多かったのに。
「ま、いってもしょうがないから、こうどうあるのみなの!」
朝食後のこの時間、鍛錬や仕事で、騎士のみんなもメイドさんも他の人も、居間にはいない。団長さんは執務室でお仕事中。ウルカおばあちゃんはダラダラしているみんなを、ほうき片手に追い立てていった。そのまま裏の庭掃除をするのがルーチンになっているそうだ。
わたしは一人で全体重をかけてドアを押し開き外に出た。階段2段を飛び降りて地面に立つ。何気に一人で外に出たのは初めてだったりする。
いつも誰かに抱っこされて、すぐ馬車とかに担ぎ込まれていたから、この辺見たことないのよね。
威勢のいい掛け声が微かに聞こえる。正面方向にある広場は鍛錬場らしい。
カンカンと木刀かな、打ち鳴らす音もする。
ふむ。
他には一体何があるんだろう。
この世界に来て、そういう日常生活を見ていないから興味がある。迷子になると戻ってくる自信はないから、隊舎の周りをぐるっと歩いてみようかな。トレーニングにもなるし。
というわけで、壁に沿ってポテポテと歩き始めた。
テングーが三つ、周りをパタパタと飛んでいる。お供してくれるらしい。それを見て、にへっと笑いながら歩いていく。
さすがというか、伸び放題に放っておかれている庭木はない。綺麗に刈り込まれて、昔行ったことがあるキューガーデンみたいだ。こういう西洋風の庭って、薔薇しか咲いてないのかと思ったけど、意外に他の木もあった。だってねえ、異世界転生ものに出てくる花って、ほぼ薔薇一択じゃない? 派手だし臭いし、あんまり好きじゃないの。
わたしとしては、桜とか木蓮とかモッコウバラとかの方が好み。
あっちに雪柳、こっちにミモザ。道沿いにチューリップや水仙。
いいわあ。
足取りも軽くなるってもんよ。
ふんふん歌いながら、とっとこ歩く。
ちょっと開けたところに出た。
ブルルルル
カッ カッ
おお! 馬だ。
厩舎のような建物。隅に積み上げられた干し草が、厩務員さんによって繋がれている馬に配られていく。
鼻を突っ込む馬、蹴って舞い上げる馬。
小さな井戸の横にはどっしりとした葦毛が繋がれていて、水をばっさばっさかけられている。うなって首を振れば、しぶきが虹を描いた。
この世界のメインの交通手段は馬である。
主に馬車。
でもここに居る馬たちは車を曳きそうには見えない。きっとあれだな。みんながまたがって走らせるんだ。格好いいだろうなあ。
ふふ。
いつか乗れるようになるんだ。
ドガッ ドガッと蹄も重く駆けて、飛び降りざまに一閃!
くーっ、しびれるぅ!
足取りはますます軽く、スキップスキップ!
「今日やっと引き取りに来るらしいわよ」
立ち止まる。
ちょうど半周したくらい。少し詰まった立木の向こうから聞こえた。
「やっと? もう一週間になるじゃない。ずいぶん時間かかったわね」
「せっついてせっついてようやくみたいよ?」
そおっと、枝をかき分けて覗き込んでみる。
場所的にどうやら炊事場らしい。井戸の横にメイドさんが三人輪になって小さな椅子に座り、タライのジャガイモの皮をショリショリ剥いていた。
「団長も蹴っ飛ばしたの片端から引き取ってこないでほしいわねぇ」
……蹴っ飛ばされてないけどね
「手間が増えるだけだもんね」
……お子様メニュー、出てきたよね。魚の骨もなかったね。フルーツも一口大だった。
「昼前に来るって言ってたから、用意しとかなきゃね」
「あ、じゃあ、行っておいでよ。じゃがいも、もう少しだし」
「そう? じゃあ……」
わたしはクルンと方向を変えて、元来た方へと走り出した。




