白黒をつけよう(第三騎士団長)
執務室の応接セットのソファーに、クッキーを手に少女、エルシアが座っている。軽い体重では安定が悪く、少し動くたびにコロンと転がりそうになるので、ワーグナーが隣に座ってもたれさせることで落ち着いた。というか、このゴツいのが座るとソファーが沈むから、必然的に傾くだけなんだが。
ワーグナーは、子供の手が届かないテーブルの上のクッキーを手渡してやりながら、微笑ましげにその様子を見つめている。口元が緩みっぱなしだ。
……これがあのワーグナーか?
誰が信じるんだ、こんな姿。
……一息で、ぬるくなったコーヒーを飲み干すと、気を取り直す。
「それでだね、お嬢ちゃん」
「はい」
ワーグナーに寄りかかりながらも、できる限り背筋を伸ばそうとしているさまは、なんともはや可愛らしい。かわいいが、相手が真剣な表情をしているのだから、こちらもそれに合わせるべきだろう。まっすぐに少女の目を見る。……逸らさないのか。しっかりした子だな。
「先ほどの話なんだが、君の気のせいだとか聞き間違いだとか……」
「エルシアを疑うんですか」
「おこっちゃダメなの。ちっちゃいからしょうがないの」
言葉尻を奪ってこちらを睨みつけてくるワーグナーの太ももをぺちぺち叩きながら、エルシアがなだめている。どちらが子供なんだ。
「でも、わたし、ここにきてからじゅっとここにいるの。だいににいってないの。パウリーネしゃんにちゃんとおやしゅみなしゃいいったのよ? なのに、かちょーしゃんがしゃらってうって、だんちょうしゃんになしゅりつけようとしたの。まいにちおこられてたこえといっしょだったから、まちがいないの!」
「そ、そうか~」
小さな口をとがらせて、文句を言う少女は可愛らしい。思わずほおが緩む。
「もう! しんけんにきいてくだしゃい!
「ああ、ごめんごめん。すまなかったね。しかし、毎日怒られていたって、カールハイトにかい?」
「しょうでしゅ! わたしだけじゃないでしゅよ? いちゅもどなられてたって、おねえちゃんたちいってたの。あしゃはやくにおこしゃれて、ごぜんちゅうずっと。おぼえてないっていったら、うしょつくなっておこられるんだよ? わたしもおこられたの。こわかったの。かちょーしゃん、だいきらい!」
……待て待て待て。
毎日? 午前中ずっと? 子供相手に恫喝までして、事情聴取してたのか?
証言を重要視するにしても、ものには限度というものがあるだろう。
あいつは何をしてるんだ。
『無理ない程度にその都度呼び出して』という話はどこに行った。
まあ、それだけではらちが明かないとさすがに悟ったんだろうな。遅きに失するが、他に目を向ける気になったんだろう。やっと手を付けた押収物から証拠が見つかったのがまだ救いか。
「怒られたのか?」
「うん、ものすごくどなるの。おかおまっかで、おめめこんなで、うしょつくなって」
「ほお~……」
「いろんなこといっぱいいっぱいきかれるけど、しょんなのぜんぶなんておぼえてないのにおこられるっておにいちゃんたちいってたの」
「ふむ」
「わたしはねえ、だいにでいじめられてないっていったときが、いちばんおこってたの。おにんぎょうとかおかしかってあげるから、ほんとうのことをいってごらんって、とってもきもちわるかったの!」
「ほおおおおおおおおおおお……」
向かいから、殺気がどろどろ流れてくる。
「ワーグナー、押さえろ」
「ああ、すみません。……しかし、団長。第三はそんなに証言に重きを置いてるんですか」
「いや? 実際、今回も決め手になったのは物証だからな」
「じゃあ、カールハイトはなにを、子供たちからそんなに必死に聞き出そうとしたんでしょうね。おまけにエルシアにまで怒鳴るとか…… だいたい、商人に売ったというのが一番許せん! 殴っていいですか。一発で終わらせます」
「やめろ。それって『一発だけ殴る』っていう意味じゃないだろう!」
舌打ちをするんじゃない。危ない奴だな!
「あ、あのねっ! かちょーしゃんがなにいってたか、みんなにきいたらいいとおもうの!」
エルシアが焦ったように身を乗り出した。この子も何か感じ取ったのかもしれん。えらいぞ。
「まわりでたくしゃんおしごとしてたから、きっときいてるでしゅよ」
「……静かなお部屋じゃなかったのかい?」
「おじちゃんたち、たくさんいてうるしゃかったの」
もしかして、個室ではなく課でやってたのか? 周り中大人だらけの中に、子どもを呼び出して取り調べるとか、正気か?
そこまで、壊れたやつだったろうか。
「でも、うるしゃすぎてきこえなかったかもしれないでしゅね。いしょがししょうだったし。あ、じゃあ、おとなりのおじしゃんにノートみしぇてもらってくだしゃい」
「となりのおじさん?」
「かちょーしゃんのおとなりで、いつもおはなしめもってたおじしゃん。かちょーしゃんがちっとかしたのもかいてたの。だからきっとぜんぶわかるでしゅ!」
そう言ってにっこり笑う。
「すごいぞエルシア! なんてお利口なんだ! それで鉄拳制裁してやろうな!」
「だ、だんちょーしゃん、ぎぶぎぶ」
物騒なことを喚きながら、子供をぎゅうぎゅう抱きしめているイノシシを、とりあえず一度帰らせた。
このまま話し続けていろいろ明るみに出ると、鉄拳で済まなくなりそうだ。
いくらやらかしているとしても、傷害はいかん、傷害は。そんなことになると、まじめに胃に穴があく。
奴隷商の一味はほぼ捕らえた。
今現在は取り調べの真っ最中だ。中枢から末端に至るまで、事細かに証言を取り、裏を取る。そうすることで、証拠となる。少しずつ、事実を明るみへと引きずり出し、そして全員に罪を償わせる。
それが、我々第三の仕事だ。
それが、誰であっても、なすべきことは変わらない。
子供の言うことだ。すべてをそのまま信じることはできないだろう。だが、万が一の可能性があるのなら、その辺りはきちんと裏を取るべきだ。
子供たちへの事情聴取の頻度、内容。
下の者への指示。
なぜ、ここまで捜査に滞ったのか。
なぜ、急に進展を見せたのか。
そして、プライベートの行動。特に、二日前の夜。
些細なことかもしれん。なんということはない自然の流れだったのかもしれん。
だが、白黒はっきりとつけねばならない




