告げ口しました
「そーいえば、どーしてみんなあしょこにいたの?」
パンを両手で持ってかじりつきつつ、気になっていたことを訊いてみた。
あれが奴隷商関連の手入れだったとしたら、第二はまったく無関係。
「いや、これの意味を確かめに、第三に行っただけなんだが………」
そしてゴソゴソと団長さんがポケットから見覚えのあるリボンを取り出して、文字が見えるようにテーブルに伸ばして置いた。
《はげちょびんにうられた!》
………あの時は、『一筆啓上』なみに短いなりに全ての情報を内包した素晴らしい伝言だと思ったのよ。
うん、意味不明だな。
「いきなり団長室の窓が開いて突風が吹き込んできてすごかったよな」
「………床が書類だらけになったな」
「で、リボンが団長の頭にふわんと落ちたのよ。………超絶似合わなかったけど」
「んで、見た途端に『第三に行く!』って走り出したから。なんでそうなるのかわからなかったんだけど、慌てて追いかけたんだよね。また突進していくから、追い付けたの僕らだけだったってわけ」
カチュアさんの不満に、隣のテーブルに座っていたフリッツさんが、フォーク片手に続ける。
「鍛錬が足りん。今日から外周10周追加だ」
「え~!」
冷や汗たらたらでリボンを見ているわたしをよそに、周りが盛り上がっている。
そーか、テングー、こっちの『団長さん』に持って行ったんだ。まあ、なじみのある『団長さん』ってこっちよね。
それはそれは申し訳ないことを……
「で、団長がシュルツ団長を締め上げて一課の課長出せって要求してるところにその一課から、あの屋敷で展示即売会するっていう情報が…… 痛い、なんで叩くんですか!」
「締め上げるとか言うな。俺は普通に申し込んでいただけだ」
「「え~、あれで?」」
団長さんの反論に、2人分の異議が飛んでくる。なにをしたんだろう。
「ま、まあ、それでだな。穏便に同行させてもらったわけだ」
「「穏便に?」」
「うるさい。いいだろう! ちゃんと見つかったんだから!」
「でも、なんで第三だったんです?」
「この件に関わってるハゲはあいつだけだろう」
団長さんの断言に、みんな無言になった。うん、それに異議は無いようだ。
にしても、なんでみんな『リボンが飛んできた』ことを不思議がっていないんだろう。その点がわたしには不思議だったんだけど、第二がこの時点でそれ以上に不思議なことが起こりすぎて、こんなのは些細なことになってることを知らなかったからね。ここのヤナリーが勤勉だったよ。
「それでだ」
団長さんがくるんとこっちを見下ろした。急に注目されて、慌てて背筋をのばす。
「はい」
「なんであそこに居たんだ?」
「え?」
それを今更訊くの? ちゃんと書いておいたよね?
「うられちゃからよ?」
「は?」
「はいってしゃれて、おかねもらってたの」
「……説明できるか」
肩をがっしり掴まれて、真っ正面からじっと見据えられる。なかなかの迫力である。
「あのね、だいしゃんでねてたの。つぎがくしゃいふくろのなかだったの。まちあわしぇしてたひとにわたしわたして、たぶんおかねもらったの。しょんなかんじのおはなししてたの」
「「「「「はあ~?」」」」」
おお、ドス効いた声が充満したぞ。気温も下がった気がするよ?
「ちょっと待て。寝てた? 第三で? 子どもはもう全員解放したはずだろう?」
「おにいちゃんやおねえちゃんはバイバイしたの。わたしはまだおはなしきくことあるからって、だいしゃんにいたの」
「くっそ、団長命令無視しやがったのか。で? 袋の中ってどういうことだ。説明できるか?」
「くしゃくてちくちくしてぎゅうぎゅうでうごけなかったの。こやってね、たぶんもってたとおもうの」
重いものを肩に担ぐマネをした。
ふっふっふ。洗いざらいぶちまけてやるぞ。ざまあだざまあ。
「どしどしあるくから、おなかあたっていたかったの。ほかのおとこのひとのこえがきこえたら、ごろんってされたの。いたかったの」
「「「「「ほおーっ…………」」」」」
「そしておはなししてね~、じゃらじゃらっておとがして、こんなにもらえるのかっていってたから、おかねもらったんだとおもうの! だから、わたしうられたんだとおもうの。あってる?」
上目遣いで、こてんとしながら団長さんを伺う。
「合ってる。合ってるぞ。賢いな。よく覚えてたな、偉いぞ。そ~かそ~か」
「売られた、ね。売ったのか。そ~かそ~か」
「臭い袋ね、詰め込んで運んで転がしたって? そ~かそ~か」
「痛かった。痛かったのね。そ~なのね。そ~~~~~なのね」
……こてん、をして、ぐっ、とか、うっ、とかで、みんなが倒れないパターンは初めてだわ。手、握りしめて白くなってんですけど? 背後が黒いです。
そうそう。
あと一つ、言っておかなきゃいけないことがあったわ。むしろこれが一番大事。
「あのねあのね!」
団長さんの袖を、ちょいちょいと引っ張った。とたんにデレる。
「ん? なんだ? どうした?」
「だんちょうしゃんのおなまえ、『とびあしゅわーぐなー』?」
「また、だんちょ…… ごほん。あ、ああ。よく知ってたな。誰かに聞いたのか?」
考えてみれば、団長さんの名前ってはっきり聞いたことがなかったのよね。やっぱりそうだったか。ウルカおばあちゃんが「トビアス」って叫んでたし。
「うん。でもね、うったおじしゃんも、おなまえ『だいにきしだんちょうとびあしゅわーぐなー』だっていってたの」
「……すまん、よく聞こえなかったから、もう一回言ってくれるか?」
「『だいにきしだんちょうとびあしゅわーぐなー』」
周りが、しん、となった。うん、びっくりするよね。呆れるよね。
「にかいもいって、わすれないようにどっかにかいとけって。あ、なんか『えーばー』もかいとけっていってたの」
ご丁寧に『第二騎士団長』まで言ってたもんね~。いや、無理があるでしょうよ。シルエットだけでも別人なのに。
バキッ
団長さんの手の中でフォークが折れた。
曲がったんじゃなくて、折れた。
その時、コンコンと小さなノックの音がして、細ーくドアが開いた。
「あのぉ、団長~」
口調からしてヘルマンさんだとは思うんだけど、どうして入ってこないんだろう。
「どうした」
「え、団長、既になんか怒ってるぅ。……第三から呼び出しかかったんですけど、どうしますぅ?」
「ほお……」
団長さんの顔に、それはそれは恐ろしい笑みが浮かんだのでありました。




