説得しました
そして、沈黙が広がっている。
各自の前にはパンが三つとソーセージが3本、千切りキャベツと櫛型トマトが乗った皿。具沢山スープが入ったマグカップが置かれて湯気が立っている。
わたしの横の席にあるお皿にはパンが5つだ。他の面々は足りなければソーセージとかの主に肉系か常備されている茹で卵をお代わりしに行くのだが、団長さんは炭水化物の方が好きらしいので。
そういう状態で、ただいま「待て」の時間だ。
なぜなら、団長さんが来ないから。
来た当初は、誰がいようがいまいが気にも止めず、三々五々に食べては出て行っていたのだが、みんな揃っていただきますスタイルを維持してくれているらしい。いいことだ。ただ、今みたいに揃わない場合、特にトップが来ない場合、困るのである。
だいたい、団長さんは来るのが遅い。
適当に顔を濡らして適当にその辺の服を引っ掛けて来る面々と違って、きちんと身だしなみを整えてくるからだ。その前に、書類仕事も少し片付けているらしい、まじめさんなのである。以前居た時にすごいねと言ったら、頭が冴えている時にしないと進まないからな、と苦笑していた。あまり好きではないらしい。
でも、ここまで遅いのはおかしくない?
よし、見てこよう!
高い椅子から降りるために、クルンと後ろを向く。
同時に、目の前になったドアが、そ~っと開いた。
薄い隙間から、様子を伺う様な碧い瞳。
バッチリと合いました。
「…………」
「…………」
ゆっくりと閉まっていくドア。
ちょ、ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って!
ドアを止めようと手を伸ばしたら、その勢いでまた椅子が傾ぐ。
「うにゃあっ」
「エルシア!」
バン、とドアが開いて、片手でキャッチされた。椅子は慣性の法則に従って、そのままひっくり返っていきました。安定悪いな!
「だ、大丈夫か?」
「ひゃい。だいじょうぶ」
「そ、そうか」
団長さんはわたしを片手で担いだまま、空いた手と足で倒れた椅子を戻して、両手でそっと座らせるや、さささっと距離をとる。
…………なぜに?
「あ~、先に、食べておいてくれ。後で食べる。いや、執務室に運んでくれるか。あっちで食べる。じゃ、じゃあ」
強張った笑顔を浮かべ、手を振りつつドアを後ろ手で開けて、そのまますすっと出ていこうとする。
「だ、だんちょーしゃん!?」
呼び止めたら、余計に眉をへにょっとさせてドアが閉じていく。
「た、たべよっ。ここで、みんにゃで、たべよっ? しょのほうがおいしいのっ」
完全に閉まりかけていたドアが、止まった。
「ぱ、ぱんごこあるの! ここにあるのっ」
テーブルをバンバン叩く。なんか、大きいから隠れきれないのに、できるだけ小さくなろうとしているさまが、哀愁を漂わせている。何が原因!? 放っておけないでしょう! 前はよく、ごはん奢りながら後輩君の愚痴を聞いてたのよ。相談に乗ってたのよ。経験だけはあるから、ご飯食べて、満足して、そして話しなさい、聞いてあげるから!
必死になってドアの隙間を見つめていたら、ゆっくりと開いて、ほっそい隙間から、碧い目が見えた。
「……だろう?」
「なあに? きこえないの!」
小さすぎて聞こえない。体おっきいのに、声ちっさい!
「怖いだろう?」
「……なにが?」
首をこてんと倒す。
ぐ、とか、う、とかドアの向こうも含めて聞こえるけど、まあ、安定のスルー。
「う、あ、いや、その、俺が、だ」
「……どして?」
ますますわからん。
「いや、その、びっくり、したんだろう? それで、ひっくり返ったって。だから、近くに居たら、飯が食いづらいだろう」
ものすっごい、への字眉。
「……まどわれてびっくりしちゃの」
「そうだよな、だから」
「でもわったのすごかっちゃの」
「へ」
「どかーんって、らがーまんみたいだったの!」
「ん?」
「えと、かっこよかったの!」
「え」
「たしゅけてくれたの! おうじしゃまみたいだったの!」
(あ~、ないない。それはない。)
(こんないのしし王子、いたら国が終わる。)
(言い過ぎ言い過ぎ。)
外野うるさい。だまんなさい。
「お、王子…… そ、そうか?」
「うん! キラキラしてた!」
(それ、障壁の破片じゃ……)
(それな!)
「とってもちゅよかったの! どしたらちゅよくなれるかおしえてほしいの! だから、いっしょにごはんたべよ? ね!」
「そうか。そうだな。隣で食べて大丈夫か?」
「おとなりのほうがよくきこえるの。だから、おとなりなの。ここ、ぱんごこあるの!」
「よ、よし。わかった。じゃあ、いっしょにいただきますするか!」
「うん、するの!」
団長さんがにこにこ笑って、隣に腰かけた。
そして、いただきますで、食事が始まる。
あ~、やれやれ。
あっちこっちでサムズアップ。
ふふん。人生経験だけはあるのさ!




