ショックうけてました
「む~っ」
わたしはベッドの上で唸っていた。
一体いつ寝たんだろう。みんなでワイワイご飯を食べていたのは覚えてる。視界がぼやけてきた記憶もある。なんだったら、目をこすった覚えもあるし、二回くらい、コックリ来ておでこをテーブルにぶつけた。でも、一生懸命起きてた! 起きてたはず!
なのに今、カチュアさんのベッドの上である。カーテンが寄せられた窓から見えているのは、やってきたばかりの朝の空。……寝落ちしたという事実を突きつけてくる。
いくらなんでも体力無さすぎじゃないか、四歳児! こんなことでは一人で生きていけないぞ。体力増強が目下の課題ではなかろうか。とりあえずは筋トレ!
ゴソゴソとベッドから降りて、比較的広く床が見えているところに両手をつく。ちなみに、今日はカチュアさんは床に、というか部屋にいませんでした。珍しい。
まずは王道、腕立て伏せ! 1、……2回!? 2回でプルプルべったん。なんてこと!
よ、よし、じゃあ腹筋! ゴロンと仰向けになって、両膝立てて。よっ! ……よ~っ! よ~~~~~…… うそお!
う、うん。こんなぷくぷくお腹じゃ、そもそもムリだったんだな。それでも! スクワットならできるだろう! 駆けまわってるんだから脚力はあるはず!
すっくと肩幅に広げて正面向いて立つ。顔は真っ直ぐ前を向いたまま、椅子に腰掛けるように腰を降ろす。ころん。……転がったよ。天井が見えた。
老化防止腰痛防止でどんなに眠くても毎朝50回してたスクワットが、できないなんて!
ショックのあまりふらつく足でヨロヨロと窓辺に行く。今日もいい天気だ、朝日が眩しい。とりあえず、柏手二つ。
体力筋力つける手段をください!
とりあえずは、朝だ。
前にいた時のスケジュールを思い出せば、まずは朝食のはず。最初はダラダラ、来た順に食べ出て行っていたけど、最後の方はみんな揃っていただきますだったから、食堂に行った方がいいだろう。
簡単に顔洗って口ゆすいで、いつの間にか着ていたネグリジェを脱いで、椅子に引っ掛けてあったワンピースを着る。
廊下に出て手すり越しに階下を見下ろすと、ソファーに撃沈しているのは3人だけだった。あ、カチュアさん、昨夜はこっちだったんだ。死屍累々から減ったもんだ。
感心してると、バーン! と、いきなり庭先からのドアが開いた。
「そーら、いつまで転がってんだい、さっさと起きな!」
足で蹴り開けたらしい。片手にバケツ片手にすりこぎを持ち、ガンガン鳴らしながらおばあちゃんが乗り込んでくる。
「儂がおらん間は酒盛り三昧だったろうが、今日からはそうはいかないんだよ! は……… どーしたこったい! 誰もいないじゃないか!」
そして、誰も転がっていない床を見つけて目を丸くした。
うん、わかるよびっくりするよね。来たばかりのあれが通常運転だったら、これってまさの異常事態だもんね。
変わったみんな凄いでしょ、と思っていたら、おばあちゃんはにやりと口端を上げて、
「はは~ん。とうとう、吐きにいった井戸端から戻れなくなるほど呑んだくれるようになったのかい。しょうがない、耳を引っつかんで引きずってきてやるかね」
バケツとすりこぎを持ったまま入ってきたドアへと向き直ったのだ。
あ、信用されてない。
なんかむしろ悪い方向に思い込まれた!
と、そのドアが外から開けられたのがほぼ同時だった。
「あ~、疲れた。誰だよ、素振り500もしようって言い出したの」
「そんなこと言って、お前1番に終わらせてたじゃないか」
外の石をゲシゲシと蹴り、靴の泥を落としてから、汗まみれの顔や頭を脱いだシャツでゴシゴシと拭きながら騎士の一団が入ってきた。
「あ、ウルカ、おはよー なに、お出迎え?」
「ばーか、んなわけあるか、見ろよあの標準装備」
「ん? うわ、あぶねー。あれ、地味に耳に来るんだよな~」
大仰に顔を引き攣らせながら、シャツを手にしたまま水浴び場へと移動していく。
土も落としてるし、洗濯物もちゃんと持っていってる。
いない間に元に戻ってしまっているかと思っていたけど、案外続いているらしい。
……顔がにやつくわね。出来のわるい後輩の成長を見た気分だわ。
「あれ、相変わらず朝早いな。おはようさん」
不意にポンと後ろから頭を軽く叩かれる。
「あ、おはよーごじゃいま、す」
振り返って挨拶しかけて、慌てて顔をもう一度手すりに戻した。
危ない危ない。またパンイチ軍団を直視するとこだったわ。下を覗き込んでいる風を装ったまま、挨拶を返した。
それを皮切りに、ゾロゾロと朝食のために食堂へと起き出してきた一団が、手すりに張り付いたままのわたしの頭をポンポン撫でながら通り過ぎて行く。うう、ごめんよ。顔見て挨拶するのが筋なんだとわかっているんだけど……っ!
「うふふ。そんなに気を張らなくても大丈夫ですわよ?」
ふわりと優しい香りが漂ってきて、同時に黄金の縦ドリルが視界に流れ込んできた。「おねえしゃん、おはようごじゃいます」
アライダさんだ。安心して振り返る。目の高さにしゃがんでくれたアライダさんと、後ろにはモニカさんが立っていた。
「おはようございます。今日もかわいいですわね」
にっこり笑ってなでなでされる。美女の笑顔、プライスレス!
「ご覧なさいな。ほら、もうおぞましいものを目にすることはございませんわよ?」
指さされるままに先を辿って柵越しに階下を見下ろす。そこにいるのは上半身裸のパンイチ軍団。……あれ? パンツじゃない? よくよく見れば、ダボダボの半ズボンだわ、あれ。こっちの男性陣って、パンツ以外はきっちりしたスラックス履いてるのしか見たことなかったんだけど、あんなのもあったんだ。
「レディと暮らすための涙ぐましい努力の成果ですわ。侍女たちに手を貸してもらいながら、縫ってましたものねえ」
コロコロと笑い声が続く。なるほど、やっとここに女性陣が居るってことを認識したんだ。うん、成長成長。
「よかったね。これでおねえしゃんたちもあんしんなの!」
「あら?」
にっこり笑ったら、キョトンとした表情が返ってきた。なぜに?
「すくなくとも、私たちをレディと思っていないことは確かですよ。第一、あれがレディの範疇に入るとでも?」
モニカさんが眉根を寄せて階下を指差す。
あ~、カチュアさん。うん、まあ。はは。
「お~い、チビ。今なら空いてるし、他の奴らが起きて混む前に先に行っとけよ~」
その横に立っていた騎士さんから声がかかる。その手が指し示すのは、トイレである。
……一発目のインパクトはそんなに強烈だったのだろうか。
「……は~い、なの」
お言葉に甘えて行くことにした。
行きたかったしね!
トイレから出て食堂へ行く。
一番奥の椅子と、その横のお子様椅子。そこを避けてみんなが座っているところだった。
「副団長の席は?」
「まだ戻ってきてないから、後で食うんじゃね?」
「じゃ、詰めていいな。副団長、例のあれ?」
「そうそう。いやあ、楽しみだよなあ」
言葉通り、やけにニコニコしている。副団長さんって居たんだ。どんな人なんだろう。会う機会があるのかな。留守だというならむりかもしれない。
お子様椅子によじ登ろうとしたら、近くに居たコンラートさんが担ぎ上げてくれた。
「ありやと!」
「いや。胡桃足りてるか?」
「だ、だいじょぶ!」
「そうか」
ポンポン頭撫でられる。
いやいや、手でにぎにぎして毎日粉砕するのってコンラートさんくらいだから!
少なくとも、このちっさい手で握れるの、一個がせいぜいだからね?
「あ~、コンラート、ずりい。俺もそっちのテーブル座りゃ良かった!」
「これからはローテ組もうぜ! 後で会議だ会議!」
なんか盛り上がってるけど、その必要はないでしょ。どうせ2、3日のことだろうし。いや、もう今日すぐってこともあるか。とにかく、その前にあの事だけは団長さんに話さなきゃ。
ガランガランガラン
そんなことをつらつら考えていると、派手な音が響き渡った。
さっきと同じ場所におばあちゃんが立っていて、足元にはバケツが転がっていた。
おばあちゃんはこっちを見てる。いや、凝視している。
こちらを指差し、目をまん丸に見開き、口もぱっかんと開けて、固まっていた。
指差す方向を向いてみたが、食堂の壁があるだけなのに、視線を戻してもおばあちゃんの体勢はそのままだった。
「ウルカ、どうした?」
「ボケたか? 大丈夫か~?」
近くにいた騎士さんが顔の前で手をひらひらさせると、ようやく目を瞬かせた。そして、首を激しく振ると、何かぶつぶつ言いながら出て行った。
「なんだ、ありゃ」
「さあ?」




