お仕置きされてました
「え、エルシア! 危ないだろう! 大丈夫か? ケガしてないか?」
ひょいと持ち上げられて真っ青になった団長さんに抱っこされる。
「だいじょうぶ。ごめんなしゃいなの」
「いや、無事ならいいんだ。ありがとうな」
抱っこされたまま、背中をポンポン叩かれる。
この扱いも久しぶりねえ。
ま、まあ、それはともかく。
わたしはそのまま振り返っておばあちゃんを見下ろした。
「お、おばあしゃん。はじめまちて。おじゃましてまちゅ。高いところからごめんなしゃい」
ぺこんと頭を下げる。「ぐ……っ」「癒しが…… 癒しが戻ってきたっ」 はいはい、そこ倒れない。
おばあちゃんは、箒を肩に担いでこちらを胡乱げに見上げている。
「わたし、このあいだまでどれいしょうにんってひとのとこにつかまってたでしゅ。だいしゃんのひとたちがわるいひとつかまえようとしたときに、わるいひとのほうが、しょうこになるこどもみんなやきころしょうとしたしょうでしゅ。だいしゃんのまほうちゅかいしゃんがたすけようとして、あんじぇんなところにいどうしゃせようとしてくれちゃんでしゅけど、わるいひとがじゃまして、みんなバラバラにとんじゃったんだっていってました。わたし、ここのおにわにおっこちて、ほごしてもらったでしゅ。だいしゃんのひとたちがいしょがしいからって、ここでしばらくおしぇわになってたでしゅ。みんなしんしぇつでやしゃしかったでしゅ。みんなわるくないでしゅ。だからおこらないでくだしゃい。おねがいしましゅ」
ふたたび頭を下げる。
これで大体合ってるはずよね。
頭上から「いい子すぎないかっ?」とかって震えた声が降ってくる。なんか、ぎゅうぎゅう抱きしめられて、苦しいってば。ついでに、腰浮かせてたみんなが、両手で顔を覆ってうずくまってた。お~い。
「随分と口達者なチビだね」
おばあちゃんが呆れたように言った。
「おしゃべりへたでしゅけど、おはなししゅるのはとくいでしゅ」
「……本当に、こいつらに連れてこられたんじゃないのかい?」
「ちがいましゅ。きのうだってうられしょうになってたところ、たすけてもらったでしゅ。くましゃんとたかしゃんやっつけちゃったの、しゅごくかっこうよかったでしゅ。さいごちょっとふ~ってなっちゃったから、またここにはこんでもらっちゃったでしゅけど、もうげんきでしゅ」
「うん?」
「格好良かった? いま、格好良かったって言ったっすか? ふふんあいつら魔獣が奥の手だったのかもしれないっすけど、ただのファングベアっすよ。ばらすのちょろいちょろい」
「カルテットホークも落とすの片手間だったしねえ。一番多かったのヘルハウンドじゃない?」
「犬は団長が全部蹴散らしてたよな」
「そのまんま、チビ入ってた檻の魔術障壁も粉砕するとか。よっ、さすがエーバー! 力技~!」
ぎゃははとみんなが笑う。
おお、いい感じに雰囲気戻ったか、な……?
あれ?
おばあちゃん、また不動明王になってません?
「お、おばあしゃん……?」
「バッカモ~ン!!!! ゲレオン、ヘルマン、トビアス、そこへ座れ!」
「え、なんで」
「いいから座らんか!」
「はい!」
「ナリばっかりでかいだけで、頭に詰まってんのは砂利かあっ! この考えなしがあっ! このっこのっこのっ!」
「い、痛い痛い痛い! ウルカ、痛いって」
「ばあさん、ちょっと待つっす!」
「痛くて当たり前じゃ、力一杯ぶん殴っとるわ! 人に待てなんぞごたくを言うのはこの口か!」
「ウ、ウルヒャばーしゃん、いひゃいっす」
「血圧上がるよぉ」
おばあちゃん、今度は雷と共に3人名指しで居間の空いてるところに正座させて、今度こそ箒でゲシゲシ叩き始めた。
150そこそこだと思われる小さいおばあちゃんが、デカい男たちを箒でバシバシ叩きまくっているのは、なかなかシュールである。その上、ゲレオンさんが言い返したらしく、空いた手で器用に口に手を突っ込んで捻り上げていた。
壁沿いに取り囲むように立って、他の騎士さんたちが顔を強ばらせて眺めていたけれど、おばあちゃんがぐるりと睨め付けると、一斉に直立不動になった。見回した弾みで、ひとつにしばった三つ編みが音を立てて空を切り、鞭のようにヘルマンさんの横っ面を引っ叩く。
「ってぇ。ウルカぁ。そもそもなんでそんなに怒ってるわけ?」
「そんな事もわからんか! 気遣いも片付けもできんガキどもが! どうせなんも考えんとバサバサやっつけたんじゃろうが!」
「いやでも、お前、魔獣いたし要請されたし、討伐するのは当然だろう?」
「は~~~~~~っ!」
団長さんが言い返すと、おばあちゃんは持っていた箒の柄をダンと床に突きつつ、盛大にため息をついた。
なんだかやばそうな気がしてもう一度止めに行こうかとしたんだけど、フリッツさんに捕まって、「あ~なったらもうムリ」と首を振られてしまう。
「ムリなの?」
「ムリだね。ウルカばあさん最強だから。それはともかく、エルちゃん。お兄ちゃんにちょーっと教えてくれるかな」
わたしを抱き上げたフリッツさんがこてんと首をかしげる。
うん、フリッツさんも正統派王子様枠のイケメンさんです。心臓に悪い。
「な、なあに?」
「奴隷商とかここに来ちゃった経緯とか、なんだかものすごく詳しいんだけど、なんで知ってるの?」
「? かちょうしゃんがいってたの。たしゅけてやったんだからやくにたてって、おはなしきかれるまえに、まいにちさいしょにしょれおはなししてたよ?」
「……殺す」
「え?」
「チビ!」
「あいっ」
ぼそっとつぶやいたフリッツさんの声が聞こえなくて聞き返そうとしたら、おばあちゃんに大声で呼ばれた。反射的に背筋が伸びた。
「お前、魔獣やるとこ見たことあったのかい」
「ないでしゅ。まじゅうみたのもはじめてでしゅっ」
「熊の生首が転がってきたことは!」
「な、ないでしゅ!」
「雷くらって白目むいた鷹に見上げられたことは!」
「ありましぇん!」
ないないない、あるわけない。魔獣じゃなくたって、熊なんか動物園よ、鷹なんか写真やテレビでだけよ。その死骸なんか、どこで見れるっていうの、現代日本で!
「ほれご覧!」
おばあちゃんににらまれて、ゲレオンさんとヘルマンさんが目を真ん丸にしてこっちを見てた。え? なんでそんなに驚いてるの? だって、ないんだもん。
「さっきこのチビが気を失ったとか言うとったが、それが原因じゃろうが!」
「え、捕まって怖かったからっすよ…………ね?」
「助けに行って安心してとかじゃないのぉ…………?」
すがるような二人の視線を向けられたけど、わたしはそっと目をそらす。
「まじっすか……」
「うそぉ……」
嘘じゃないも~ん。というか、なんでそこでがっくり突っ伏すのか、そっちのほうが謎なんですけど!?
「そういえば、お前たちまたそのままにしてただろう。王都外ならともかく、人目があるところは、その都度死骸は回収、汚れも消せと何度言えばわかるんだ。人目につけばつくほど悪評が広がるんだぞ。魔道具だって支給されてるんだから」
「最後にまとめてでいいじゃないっすか~」
「それでこの子が気を失っただろうが」
「う……」
団長さんに反論を試みたゲレオンさんが、再度撃沈。団長さんはやれやれ、という表情をしていた。
「トビアス。お前さん、自分は関係ないとか思ってんじゃないだろうね」
そこにおばあちゃんの追撃が入り、びくりと肩を揺らす。
「え? 俺は今回魔獣は倒してないぞ、この子の前では」
「ぶっ壊した魔術障壁、レベルはいくらぐらいだい」
「たぶん、レベル3くらいで~す」
壁際にいたカチュアさんが、アライダさんの背後から手をしゅたっとあげる。
「ほお…… 三人担ぎの大槌振り回さんと壊せん魔術障壁を体当たりで目の前で粉砕されたら魂消るとは思わんか。ん?」
「だ、だがな、閉じ込められてたから助けようと思って……」
「中に居たってことは、他に入る扉もあったってことじゃねえのかい?」
「そうで~す。反対側にちゃんと格子があって出入り口もありました~。ほかの閉じ込められてた子は、ちゃんと鍵開けて解放してました~」
「カチュア! 告げ口するな!」
「もう言っちゃいました!」
「大体! お前は、いい加減、周りを見んか! このイノシシが!」
「痛い痛い痛い。わかった、わかったから!」
それからしばらく説教&お仕置きタイムが続いた。
団長さんはもともとガッチリ体型だし、ゲレオンさんもヘルマンさんも団長さんに比べて細い方ではあるが、それなりに大きい。
なのに、その面々がちんまり正座させられて、おばあちゃんが振り回す箒にしばかれまくっているのである。
その光景に、周りを取り囲むみんなも手出しをせず、それどころか隙を見ては逃げ出そうとする度におばあちゃんに睨まれてできずにいる。
その場を制しているのは、まさにこのおばあちゃんなのである。
「おばあしゃん、とってもかっこういいの…… わたしもがんばるの!」
「え。エルちゃん、ウルカ目指すの? お兄ちゃん、やめてほしいなあ……」
おばあちゃんに見とれて手を握りしめたわたしを抱っこしてたフリッツさんの顔が引きつっていたなんて、わたしは知りません。はい。




