最強がいました
「さあ、食べな。どんどん食べな!」
わたしの前に、これでもかと卵が乗ったオムライスがドンと置かれた。
第二の食堂。団長さんの隣。いわゆる誕生日席である。
ジュースにミートボール、そして申し訳程度の葉野菜。
それ以外は、大皿盛りで肉がドン、野菜がドン、卵がドン、お酒並々のコップがドン。見慣れた食事スタイルなので、このお皿はわたしのためにわざわざ用意してくれたものだろう。
「嫌いなものがあったら言うんだよ。食べたいものがあっても言うんだよ!」
今まで会ったことがなかった、食事担当だというおばさんが、にこにこと笑っている。名前をグレーテルさんと言うそうだ。
「あ、ありがとうごじゃいます。ぜんぶだいしゅきです」
ぺこりと頭を下げると、また、あっちこっちで「ぐ……」「久々だと破壊力半端ねえ……」と意味不明な声がして、グレーテルさんは「まあまあまあ。いい子だね!」と頭をぐしゃぐしゃ撫でてきた。
「グレーテル、あとでリンゴを出してやってくれるか。確か、食べている間口数が少なくなってたから、好きだと思うんだが」
「はいはい。じきに持ってきましょうね」
笑いながらグレーテルさんは食堂から出て行ったけど、団長さん、そんなの見てたんですか。好きですよ? ええ、リンゴは大好きですけれども! そういう風に見抜かれるのはなんか恥ずかしいな。
それ以上に恥ずかしいのが、第二のみんなのわたしへ向ける視線ね。
なんで、こう、ほこほこしてるのかな。クッション一枚しかないのに、妙にお尻が落ち着かないわ。
そう、椅子。椅子がね、ちょうどいい高さの椅子なのよ。クッション山積みで力づくで高さ合わせたグラグラした奴じゃなくて。
こんなのどこで見つけてきたんだろう。
気を失っていたわたしは第二に連れてこられていた。
多分、あんな大捕り物の後だから、第三もごたついているからだろう。だからって、第二に押し付けることはないと思うんだけど。
そして、目が覚めて初のイベントがこの夕食である。
起きたらカチュアさんの部屋で訳が分からず呆然としてたらカチュアさんが様子を見に来て、あ、起きた起きた、じゃあおいで~と可愛い感じのワンピースに着替えさせられた後に連れてこられて椅子に座って今に至る。
「ま、まあなんだ。無事で何よりだ。とりあえず、腹も減ってるだろうから、飯にしよう」
団長さんがそう言うと、パン、と大きな音がして、みんなが一斉に手を合わせた。
「「「「「「いただきます!」」」」」」
まだやってたんだ。
わたしいなくなったのに。
目を真ん丸にしていると、目が合ったフリッツさんが「挨拶は大事なんだよね」とウィンクしてくる。
そう、そうよ!
大事なの! やっとわかったのね!
なんか、成長してるじゃない!
「いただきましゅ!」
わたしもにっこにこでスプーンを手に取った。考えてたら、昨日の夕食から何も食べてないんだもん。おなかすいた。
和やかに食事が進む。ってことはなくて、あちこちでみんなが思い思いしゃべって飲んで食べて、とても賑やかだけど、それが第二の食事風景なので、美味しいご飯を食べながら私はそれを眺めていた。いやあ、変われば変わるものよね。身だしなみも食事のお行儀も、来た時とは雲泥の差よ!
以前の第二を知っている人が見たら、夢か幻だと思うに違いない。
「こりゃ魂消た! なんだいこりゃ! これから大嵐でも来るのかい!」
そう、これぐらいびっくり…… ん?
しわがれた大声にそっちを見ると、おばあちゃんが一人立っていた。
ちんまりとした、腰が曲がったおばあちゃんで、白髪交じりのこげ茶の髪を後ろでしばって、三つ編みが腰のあたりまで揺れている。
顔にはいい感じのしわが刻まれ、だけど、なんというか、うん、一筋縄ではいきそうにない雰囲気を漂わせている。
その証拠に、おばあちゃんが表れた瞬間、誰もが口を開けたまま声を発するのをやめ、誰かがスプーンを落とした音がした。目は驚愕に見開かれ、腰を浮かせてじりじりと後じさる。
「なんだなんだ。化け物でも見たようなふりするんじゃないよ。せっかく戻ってきてやったってのに」
おばあちゃんは、両手に荷物を持ったまま、ずかずかと食堂に入ってきて、隅の台にドカッとそれを置いた。
「そろって食事をするくらいの知恵はついたらしいが、なんだいそのざまは!」
「う、ウルカ。娘さんのお産は……」
「そんなもん、するっとサクッと終わったわい。適当に落ち着いたから戻ってきたんだよ。お前らを放っておくとロクなことにならねえからな」
何とか声を絞り出した団長さんをぎろりとねめつけて、フンと鼻を鳴らした。
おお、肝っ玉!
かっこいいな!
ワクワクしながら自分の席からおばあちゃんを見つめていると、おばあちゃんの視線が団長さんからずれて、わたしに移った。
2度3度、瞬きをしながら、じいっとこっちを見ている。
なんか緊張する! にへっと笑って手を振った。
途端、おばあちゃんの顔色が変わった。
表情も変わった。
ギャングのママンみたいな肝の座った不敵な笑顔から、不動明王のごとく憤怒の相に!
「ひ」
「トビアス~~~~~~~~っ!!!!!!」
恐ろしすぎて思わず息をのんだ瞬間、空気を裂くがごとくの叫びが食堂中を震わせた。
「へ」
「そのちんまいの、どこから拐わかしてきた!」
「え」
「評判が悪いのは行儀がなってないのと片付けができねえからだけだと思ってたが、とうとう性根まで腐ったか! 儂が叩き直してやる!」
おばあちゃん! その箒どこから出した!?
いつの間にか手にしていた魔女が乗りそうな箒を頭上高く振りかぶって、そのまま一足飛びにテーブル越えて飛んできた!
「う、ウルカ! 違う! 落ち着け!」
さすが団長さん。サクッとかわして身をひるがえす。ついでに他の騎士さんたちも、ささっとおばあちゃんから距離を取った。
「ウルカばあさん! これには深いわけがあるっすよ!」
「そ、そうそう。それにそんなに飛んだり跳ねたりしたら腰痛めるよ!」
「お前らみてえな小僧っこに心配される覚えはねえ! こんな、ものぶった切るしか能のない輩しかいねえ館にちびっこがいるのに、他の理由なんぞあるもんかね! 成敗!」
頭上でくるんと箒を廻し、一直線に団長さんへと走る。
「ま、まって! おばあしゃん、ちがうんでしゅ~~~~!」
思わず身を乗り出したら、背の高いお子様椅子が傾いた。落ちる! こ、こういう時は、確か頭入れて丸まって丸まって……
おお、成功!
受け身とって、転がって、団長さんの前にたどり着く。
箒振りかぶったおばあちゃんが目の前!
あれ、痛そうだな、と思った瞬間、上からすこんと何かが目の前に落ちてきて、木の床に突き刺さり、直後箒がそれにヒットした。
「あっぶね~。でも、なんで盾!?」
「あれ、窓の上に飾ってなかったか!?」
騎士さんたちがわあわあ騒ぎながら、首をかしげている。
盾?
目の前にあるのは、金属の板である。
レリーフで飾られているけれど、とてもとても重そうな金属の板だった。
そっと見上げると、盾の形にそこだけ白く抜けた天井近くの壁のあたりに、ふよふよがたむろっていた。ここのヤナリーズだな、あれ。助けてくれたのかな? うん、助けてくれたんだね、きっと。でも、もうちょっと軽いもの落としてほしかったかな。箒より危ないよ、これ。
床に半分くらいめり込んでるからね?




