神頼みしました
実際のところ、こんなふうに転がっている場合じゃない。ラッキーなことに手に渡ったとして、あれを見て会ったこともない第三の団長さんが動いてくれるかと言うと、甚だ怪しい。
偶然パウリーネさんでも居てくれたらいいけど、近いうちに何処かに突入だって言っていたし、忙しいだろう。
その前にお買い上げされたりしたら、こっちこそがツミである。
人生経験豊富なアラフォーといえど、平々凡々な人生だったおかげで、誘拐されたり陳列されたりした覚えはない。
……対処法が思い浮かばないっ!
くるくるくる……
ま、まあ。人間、切羽詰まっててもお腹が空くときは空くのよねっ。
考えてみたら、かなり陽も高くなっているのに朝ごはん来ないじゃない。
もしかして、早々に売るから無駄な施しはしないってこと?
こっちはいたいけな幼女だぞ。保護責任遺棄すんな。
起き上がって部屋を見回す。なにか摘めるものくらいないのかな。
テーブルの上に果物カゴがあるにはあるんだけどね。なんとこれ、作り物だった。ほんとにここ、セットなんだわ。くそ~、ご飯~。
ピンポン玉みたいに弾むブドウを、八つ当たりで力いっぱい壁に投げつけてはキャッチして紛らわせていると、話し声が聞こえてきた。
「いえいえ、あのような検挙など些細なことでございます。その証拠に、ほら、ご覧ください。なかなかの品揃えでございましょう?」
「ほほほ。心配しておったのだよ。ここはいいものを取り揃えているからねえ」
「ねえ、旦那様。今度はかわいらしい五つくらいの子がいいわ。大きいと生意気ですぐに捨てたくなるんですもの」
胸糞悪い会話が、そぐわない明るい声で交わされている。
窓の謎壁に顔を押し付けて目をやると、昨今の異世界ものラノベに出てくるような、いかにも『貴族様』然とした男女が黒服の男に先導されて小道を歩いてきてきた。ひとつひとつ窓を覗き込みながら品定めをしているようだ。
二人ともマスクを目元に着け、女性は扇で口も隠している。一応、正体を隠さなければならない事をしているのだという自覚はあるみたい。
二人がゆっくり近づいて来る。
これは、目に止まるとまずいのでは?
わたしは踵を返して、ベッドの布団に飛び込んだ。
いや、飛び込もうとした。
布団、縫ってた!
掛け布団とパッドがずれないようにか、しっかりと!
これもセットの一環なのっ!?
クローゼットも開かない!
そういえば、ご希望に近い新商品が入荷していましてとかなんとか。話し声が近づいて来る。やっぱり売る気満々じゃない!
やばいやばいやばい!
じゃり、とすぐそこの砂利が鳴る。
窓際の壁に張り付いて、息を詰めた。
グオン…………
妙な閉塞感に襲われる。
キョロキョロと見回した直後。
「我々は警察だ! 君達は完全に包囲された! 両手を上げて出てきなさい!」
ものすご~くテンプレなセリフが、響き渡った。
++++
「な、なんだと! どういう事だ! 問題ないと言ったではないか!」
「ふふ。問題などございませんとも。どれほど奴らが吠えようとも、証拠がなければどうにもできませんからねえ」
客の男性が狼狽えるが、黒服は平然と笑みさえ浮かべていた。
「言っておくが、キッチュブティックは抑え済みだぞ。今は捜査員が…… (こら、邪魔をするなっ。静かにしててくれっ)捜査員が調査に入っている。職員はオーナーから売り子まで全員逮捕した! (だから! はっきりするまでもう少し待ってくれと言っているだろう! ステイステイ!)」
拡声器を使っているだろう反響した声が、表門があると思われる方向からはっきりと聞こえてくる。
…………警察犬でも連れてきてるらしく、引き止めようとしている小声も聞こえた。
その呼びかけに応じて、黒服は目に見えて凶悪に顔を歪め始める。
「キッチュが……? なぜだ。あそこに繋がるものは、あの時全て燃やしたはず」
「まあ、キッチュですって? 嫌だわ、あそこのドレス、お気に入りでしたのよ。旦那様、ワタクシ悲しくて倒れてしまいそうですわ。どうにかしてくださいませ」
「おお、そうだな。また別の店を探してあげよう。しかし、今はここを去ることが先決だ。残念だが屋敷に帰ろうか」
「ええ!? どうしてですの? 今日はワタクシのオモチャを買ってくださるお約束だったではございませんか」
「しかしだね……」
周囲の状況そっちのけで、女性が男に擦り寄りながらイヤイヤをしている。
リアルイヤイヤ、初めて見たわ。
必死に機嫌をとる男。ブツブツ言っている黒服。拡声器もまだ何か叫んでいる。
「あら?」
声に目を向けると、バチッと女と目が合った。
「まあまあまあまあ! 旦那様、これがいいですわ!」
まず!
キラキラとこっちをガン見してるし!
「いや、今は……」
「どうしてですの。ワタクシこれがいいんですの!」
「それどころでは……っ」
「出てこないのなら突入するぞ! これが最後通牒…… お? 門が」
「どうぞお入りください! もう観念致しましょう!」
黒服が叫んだ。
拡声器の声が聞こえてきていた方向で、ザワザワと気配がする。
「よーし、懸命な判断だ。いいか、余計なことはするなよ。そうすれば手荒なマネはせん。(あからさまにガッカリしないでくれ。穏便に済んで良かっただろうが) おい、そこの。全員ホールに集め……」
ガウ……ッ
ガアアアアアアアアッ
「うわ、ヘルハウンド!」
「門が閉まったぞ!」
「ま~た往生際悪いな!」
「今度は物証守れよ!」
「抵抗するな! 逃げるな!」
「魔獣苦手なんだよ! 魔熊まで居るのか! おい、魔法使い!」
「一匹ずつやってる! くそ! もっと連れてくればよかったぜ、ペーペーでもなんかの役に立ったのに!」
獣の唸り声がざわめきに混じった途端、あっという間に大騒ぎになった。
どうやら大捕物が展開されているらしい。こっちにきているのは警察だって言ってたよね。魔獣ってラノベ的には凶暴化した熊とかフェンリルとか、最強になると竜が出てきたりするんだと思うのよ。警察で、なんとかなるのかな。
と、とりあえず、誰も怪我とかしませんように! 何とか退治できますように! そして、悪いのが一網打尽になりますように! 全部解決しますように! ラメくんたちが無事に仕返しできますように! つるっぱげになりますように!
もう、祈る祈る祈る祈る!
こちとら八百万の神様に囲まれて育った日本人だぞ。
困ったときは神頼み!




