売られました
「エルシアちゃん、おっはよ~~~~っ!」
ばあん! と勢いよく開いたドアの音で飛び起きた。
昨日はあれから、倉庫の辺りが大騒ぎになって、それが建物の中にまで広がって、いろんな人が叫びながら、廊下を行ったり来たりして、結局、夜ご飯が届けられた以外は、誰も来なかった。
課長の呼び出しも、珍しいことになかったし、わたしは、とっても平和に一人の時間を過ごして、平和に寝たのである。
「にゅ~、おねえしゃん、おはよ~」
「いいニュースよいいニュース! エルシアちゃん、ここから出れるわよ!」
しょぼしょぼの目をこすりながら、返事をしたわたしの両肩をつかんで、パウリーネさんが大はしゃぎだ。
「にゃ、にゃ、にゃにぃっ?」
たんまたんま、そんなに揺らさないで、頭が、ぐらんぐらんするから! 舌噛むし!
「昨日、おバカが隠してた鍵で開けた箱の中に、いろいろお宝が入ってたのよ!」
「た、たからのちじゅ?」
「似たようなものかしらね! もう、あの服飾店、逃げ場はないわ! まさかあの老舗が隠れ蓑だっただなんてね! 顧客の趣味嗜好とかおすすめ商品カタログとか商品調達マニュアルとか、一見経営資料にしか見えないようにしてたけど、あれはもうツミよ、ツミ! そっち方面から、容疑者に追い込みかけたら即吐いたって! すぐにでも一斉検挙に向かうって、団長が言ってたの。昨日から課長が休暇だったおかげで、団長が指揮とれたのよ。今このタイミングで休暇って、課長、初めて役に立ったんじゃないかしら!」
目をキラキラさせて、いつものできる文官モードはどこへやら、マシンガントークがさく裂してた。
おー、やったあ!
そうか、休みだったから呼び出しがなかったのね。
いい加減、ここの団長さんも溜まってたんだろうな、あれが直属の部下だなんて気の毒だもん。言葉が通じない部下なんて、胃がやられる1番の原因みたいなものだもんねえ。
「だからね! あとでお祝いに、昨日ダメだったスイーツ持ってきてあげるわ! 楽しみにしててね!」
パウリーネさんは、バチンとウィンクをして、バタバタとまた出て行った。
そうか、やっと解決かあ。
わたしは全然関係なかったんだけどね、振り回されてた人と出会いすぎてもはや他人事じゃない。
良かった良かったと、心からそう思った。
改めて、椅子を窓辺に持って行って、窓を開けた。
晴れた空から、風がゆっくり流れ込んできて、ついでに、テング―たちもふよふよとはいってきた。
ラメくん以外のヤナリーズもほこりを転がして遊びだす。
朝日に向かって柏手二つ。
お日様ありがとー。
おかげさまで一件落着しそうです。
と、思った時もありました。
ここはどこかな?
あれからパウリーネさんが持ってきてくれたクッキーとかマフィンとか堪能して、一緒にお風呂入ったりなんかして、ゆっくりまったりしたわけですよ。
決してグレープフルーツが羨ましくなったりなんかはしていない。まな板卒業するはずだしね! 卒業するよね、ダルマクさん! 信じてるよ!
んで、一人でふかふか羽毛布団に潜り込んで、この先どうなるのかなあ、とか考えてた。身元なんて判明するわけないし、となると保護施設。孤児院かなあ? アーデルハイドちゃんやハロルトくんと一緒のところがいいけど、ご新規さん、1か所に集中したらダメだろうし。となると、誰も知らないところかなあ。
まあ、アラフォーおばさんは人生経験も豊富だしね、どこでも上手くやってみせるわ。
社畜の枯れた人生が、夢いっぱい希望いっぱいのリスタートになったのよ。満喫しなきゃ!
そんでいつか第二に就職するんだ!
お願いしたスキル、役に立つはずだしね!
そうして恩返しだ!
で、寝たはずなんですが、なんでしょうね、この状況。
窮屈さと臭さとイガイガするのと息苦しいのと痛いので目を覚ましたら、これって荷駄袋の中じゃないかしら。
商人が野菜とか消耗品とか雑に扱ってもいいものをひとまとめにして配達に使うやつ。その中に、口に布巻かれて手足括られて突っ込まれて運ばれてます? 肩にかつがれているみたいで、骨があたる肋骨、痛いんですけど!
声も出せず身動きもできない状況が、逆に冷静さをくれた。
起きたことを悟られないように、出来るだけ力を抜いたままじっとする。
「やっと来たか」
「ふん」
どさっとどこかに落とされた。痛いなあ、もう。
「おいおい。手荒く扱うんじゃねえよ。大事な商品だ。それにしても、とうとう第二までとはな! 噂に違わずクズのお仲間だったってことだな」
「ふ、ふん。それこそ今更なことだ。街中で魔獣を切りさばいて、ち、血に染める愉しさよりは劣るがなっ」
ごふっ。
ちょ……
「わ、私たちは痛めつけるのが大好きなんだ! 魔獣だけでは物足りんのだよ! た、たまには毛色が違ったものも調達しても、おも、しろかろうっ」
わたしを運んできたそいつが、やたらと声を張り上げる。
「だが始末に困ってな! ちょうどお前たちのことを耳にしたので売ってやることにしたのだ。感謝するがいい!」
「へえ、それはありがたいことで。一応確認するが、キズモンにはなってねえんだろうな」
「ふう、そんなミスをするはずがなかろう。ちゃんと消してあるわ」
「そうしてもらわねえと高く売れねえから、当然だな。しかし、あんたらみてえなのがいるおかげで、こっちも甘い汁が吸えるってもんだ。世の中うめえことになってらあ。ほら取り分だ」
「う、うむ。…………! こんなに高く売れるのか!? こ、これからもどんどん頼むぞ。顧客リストがあるのなら、私の名を書いておくがいい。私はワーグナー。第二騎士団団長、トビアス・ワーグナーだ! いいか、間違えるなよ? エーバーも付け加えておけ!」
「わざわざ名乗るとか、もう少しお勉強したほうがいいぜ。ま、お言葉に甘えとくか。次もご贔屓に」
「ふん!」
ジャラッと硬貨の音がして、足音がドスドスと遠ざかって行った。
…………えー。
これは、どういうことですか。
意味がわからず呆然としている間に、わたしが転がっている床が微妙に傾き、単調な振動がザリザリという音と共に響き始めた。
大八車だろうか。
どこへ行くんだろう。
暴れても、無駄だよねえ。
とりあえず、考えることが多すぎて……
……おやすみなさい。




