設定しました
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『何でそこまで詳しく知ってるんだよ~!』
少年が泣いている。
『バレないように速攻放り込んだのに〜っ!』
『おう。瞬きする間もないほど迅速な行動だったと報告がきているな』
『報告? 報告ってなんだよ! いつ見てたんだよ! 誰が見てたってのさ! あんな辺鄙な、あんなちっさな神域だぞ? 誰もいたはずがないじゃないか! ありえないだろ!』
『あり得ないのはお前の頭だ』
ゴン、と鈍い音がして、ダルマクさんがゲンコツを落とす。
『一人二人、多く見ても十や百で管理している世界ならともかく、八百万の神の目を、どうやって誤魔化すつもりだったんだ! しかも、小さいと言えど神域内だ。見られていないはずがないだろう! ヤマトから問い合わせが来て、肝が冷えたんだぞっ なんてことをしてくれる!』
『だ、だ、だって!』
『だってじゃない!』
あ~。
八百万の神々。
そりゃあ、誤魔化せないわ。
日本、最強。
+++
『それでだね、まずは設定から始めようと思うんだ』
ダルマクさんがこれまたいつ出てきたのかわからない椅子に腰かけて身を乗り出した。
「設定、ですか?」
『そう。本来、元々あるはずの≪入れ物≫を動かすためにあるのが≪魂≫だからね。入るべき入れ物がないなんてことはあり得ないんだよ』
そうして、ダルマクさんが隅っこで膝を抱えている少年、ナタルを見た。
頭のたんこぶ、むちゃくちゃでかいんだけど、大丈夫なのかね、あれ。
『このバカは魂だけをそのままこちらへ放り込んだ……… 入れ物がなければ、≪魂≫そのものは実に不安定でね、遠からず砕けてばらけてしまうところだったんだ。……それをわかっていなかったわけではあるまいな?』
振り返りつつナタルをにらむ。
『あ、あたりまえだろ! ちゃ、ちゃんと……っ』
『『これで証拠隠滅だ! ばれなきゃこっちのもんだしな!』だそうだ』
『ば……っ、なんでそれっ! ヤマト! 覗きすぎだろ!』
『目の前でやられれば、いやでも目に入る』
『神口多すぎ!』
『おおかた、消えてなくなるはずの魂の気配がいつまでもあるから、様子を見に来たのだろう。形を成していてあせってつじつまを合わせようとしていたというところか』
『な、な、な、な~~~~~~~っ』
『ナ~タ~ル~ お前というやつは!』
ゴゴン!
おおう、こぶが二段になった。
『本当に…… なんと詫びればいいのか。本当に、すまない!』
ダルマクさんが、頭頂部が見えそうなほどに頭を下げる。
なんか、こっちの方が気の毒になってくるんですけど?
『とにかく、だ。故意か偶然か、なんらかの入れ物を得られた君はそれを幸いにもまぬがれた。そして珍しいことだけど、姿かたちを、君自身の記憶や知りえた情報から自力で整えたんだと思うんだ。だけど、そこまで、なんだよね。その他の設定が真っ白なんだよ。その設定をしなきゃいけないんだ』
「……そもそも、設定ってなんの設定なんですか?」
『うん、そうだね。体に起因するものすべて、かな。色とか形とか性能とか。こちらの世界で生活するうえで必要なステイタスだね。たとえばこの世界特有のものであるまりょ……』
『あ、魔力! 流石にそれはまずいだろうと思って、さっき設定しといたぜ! ヤマトじゃ魔力なんてないから、自分でどうにもできないだろ!』
ガバッと起き上がって、ナタルが胸を張る。
『ほう………… それぐらいの知恵はあったのか。どれ…………』
ダルマクさんの手が私に伸びた。額あたりにかざされた掌が淡く光って…………
ピキッ
…………おやあ?
青筋、立ってませんか?
『ナタル…………』
おお。これが、俗に言う『地を這うような声』ってやつかな。これは、なんかやっちまったな、ナタルくん。
『なぜ、こんな設定だ! そもそも前世の記憶が消えていない魂には、余分にギフトを特別付与をすることになっているというのに、それすらも…… どういうつもりだ!』
『え? だ、だって、目立つとバレるし…………』
ゴゴゴン!
わあ、4段になった。
ナタル君死亡。
ダルマクさんはがっくりと頽れている。
『話にならんな』
不意に隣で呆れたようにこぼされて、隣に居る人(神様?)に目を向けた。
柄を下に切っ先を上に、突き立てた剣の上にあぐらをかいている男性。
これって、あれだよね?
こんなことする人って、一人しかいないもんね?
「あの…… 間違っていたらすみません。もしかして、建御雷神だったりしますか?」
『…………ほう。俺のことを知っているのか』
意外そうな顔になる。
あってた。と言うか、本物!?
『珍しいな』
「え? いやいやいや、そうでもないと思いますけど? 大物じゃないですか」
『いや、大概は父母か妹か弟たちしか知らんぞ?』
「…………はは」
まあ、知名度は段違いだろう。
「で、でも、国譲りで活躍されましたよね⁉︎ タケノミナカタをこう、ボコッとぶん投げて圧倒的勝利しましたよね!?」
『まあ、あれくらい、どうと言うことはない』
あら。ちょっと得意そう。
「日本の昔が大好きなんですよね〜。平安とか、戦国、江戸。陰陽師とか武将とか侍とか、キリッとしたロマンがあるじゃないですか」
でも残念ながら、同好の士はいなかったのよね。みんなキラキラが好きみたいで、「渋いね」で終わっちゃうのよ。解ってない。
『ヤマトのタケミカヅチ殿!』
熱弁ふるってると、ダルマクさんが伸びたナタルを引きずりながらやってきた。たんこぶが5段に増えている。まだなんかやらかしてたのか?
『申し訳ない。魔力は設定が確定していて訂正が効かん。無契約で記憶の消去がされない前世持ちの記憶の齟齬を補う為の能力の上乗せもできん。他の形での補填をすることを許していただきたい』
『できぬものは仕方がないな。さて、どうするか…………』
建御雷神がチラリとこちらを見る。
いやもう、普通に生活できるならそれでいいですよ? なにせ、元からパンピーですし。せっかく子供に戻ったみたいだし、なんか資格でもとってなんかのプロフェッショナル目指してみてもいいかもしんない。
『手に職をつけることは可能なのか?』
思ってることが伝わったのか、建御雷神がダルマクさんに問う。
『ああ、なるほど。スキルをつけることはできるな。なんの職につきたい? それに必要なスキルをつけた上でバックアップをしよう』
え? いきなりですか?
『なんでもいいぞ。なんなら俺も力を貸してやる』
建御雷神、男前!
え? じゃあ、いいかな? 現実には絶対なれなかったもの言ってみても。
ダメ元で言ってみたら、
『魔力があてにできないから、ちょうどいいかもしれないな』
と、ダルマクさんからも、許可が出た。
『ただ、こちらだけでは対応できないところもあるんだが……』
『では、委細は俺が手配をしてやろう。あの愚挙を目の前で止めることができなんだと、悔やんでおる奴も居るからな。近々眷属でも遣わして来るだろう、そ奴に習え。物には俺の加護もつけてやる。楽しみに待っているがいい』
『足りぬところは私が補おう。何かあれば後からつける者に言えばいい。しっかりと言い聞かせてからになるから、暫し時間は貰うけどね』
とりあえず、一つ肩の荷が下りたのか、ダルマクさんの表情が明るくなった。
『よし、ではそれはそれで大丈夫としてだ。次、姿かたちについては何かあるかい?』
「え? でも、もうできちゃってません?」
銀髪碧目のかゆくなるくらいの美幼女。変えれるんなら、もうちょっと地味でいいんですけど。
試しに言ってみたら、やっぱり無理だったらしい。他人に認識された時点で確定になるそうだ。
『だから、認識されていないところなら、設定できるんだけどね。例えば服で隠れているところ。成長した姿とか』
服で隠れてるとこ……
未来の姿……
はっ!!!!
「ある、あります!」
さっと指先までピンと伸ばした挙手をする。
長年の悩みを解消できるチャンスじゃないか!
『あ、ああ。 なに、かな?』
勢いが良すぎたのか、ダルマクさんがのけぞった。
「胴長短足O脚猫背反り腰チビ近眼まな板寸胴、これ、全部なしで!」
『ぶふ…………っ』
『……は?』
「ああ、まな板はつるペタじゃなければいいです。メロンとかスイカとかまでは望みません。肩凝ってしょうがないって言ってたし。ダイダイ、ううん、温州みかんくらいでも十分です! 寸胴も、ボンキュッボンなんて贅沢言わないです。細すぎると腰痛くなりそうだし。せめてスウェットが引っかかるくらいで!」
『め、メロン? まな、板……』
呆気に取られているダルマクさんの後ろで、建御雷が大爆笑していた。
そんなにゲラゲラして、お尻に剣刺さんないのかな。
おばさん、そっちのが心配…………