買収されました
「だから! さっさと! 本当のことを吐け!」
今日も今日とて、真っ赤な顔した課長は、元気に机をぶっ叩いている。
何度噛みつかれても、いじめも受けてなけりゃネグレクトもされてないので、何も言うことはない。何言われたって右から左だ。ごねるクライアント対応で培ったスルースキルをバカにすんな。
奴隷商事件の捜査中だろうに、そのトップがなんで全然関係ない第二糾弾に必死なのよ。しかも四歳児相手に。
クルトくんの「貴重な発見」により、部下の捜査員の人たちは、一斉に倉庫にかかりきりになっているらしい。それ(貴重な発見)は何というか「仕込み」なので、なにも見つからなかったら申し訳ないなあと思っていたんだけど、案外いろいろ見つかっているらしくてホッとしている。あそこに誘導したのわたしだからね。良かった良かった。
ーー昨日出てきた学園名簿、髪色別に付箋ついてたってさ。
ーーその「ブロンド」のとこの子が三人も行方不明者の中に居たってよ。ったく、誰だよ、あそこ調べなくていいって言った奴。
今も外の廊下を捜査員らしき会話が過ぎて行く。
うんうん。それは怪しいよね。限りなくクロに近いよね。その調子で捕まえてる犯人追い詰めちゃってくださいな。
「くだらん」
絞り出されたような低い声が聞こえた。
「そんな付箋ごときが何になる。偶然かもしれんだろうが」
向かいに座る課長の歯がキシリと鳴る。
「そんなものより、証言だ! 実際に、その目で見たもの! 聞いた話! その方がよっぽど信用するに値する! あと少し、もう少しで吐いたかもしれんのに、なぜ帰す! バカじゃないのか!」
そんなこと言っていいのかと思ったけれど、そういえば今日は書記の人がいない。
「ガキの中に取引の場に居合わせた奴が居ると言ったんだ。あいつらの中の誰かのはずなんだ! 呼び戻せ! あのガキどもを呼び戻すんだ!」
「課長、何度も申し上げますが、団長命令なんですよ。できるはずないでしょう? この子ももう帰してあげませんか。こんな小さな子、なにか知ってるわけがないじゃないですか。かわいそうですよ」
立ち上がり唾を飛ばす課長に、壁際に控えていた男性がうんざりしたように眉を下げた。
「だいたい、取り調べも当分するなと仰っておられたと……」
「うるさい! 口答えするな! それに、勘違いするなよ? 今私がしているのは取り調べではない!」
課長は怒鳴りながら、男性の手を払い退けた。
まったく。
やってらんないわ~
もう、今出てる証拠で満足しなさいよ。それだって十分じゃないの。
大体、あそこをロクに探しもしてなかったんでしょ? 本腰入れて探せば他にも何か出てくるかもしれないじゃない。
誰が言ってたか知らないけど、何よその目撃証言第一主義。
てか。
誰が、言ったの。
課長はわめいている。部下であろう男性は、必死になってなだめている。
『言ったんだ』って、誰が?
「そう『取り調べ』などではないさ」
課長がわたしを見下ろしながらニヤリと笑う。
「いいか。今私が行っているのは『取り調べ』ではない。この『証言ができないほど幼い少女』の『相談にのっている』だけだ」
ゆっくりと、正面の椅子に座り直した。
「悪人から逃れたはずが、保護された先でもなお虐待され、傷ついたかわいそうな女の子のな」
は?
「さあ、お嬢ちゃん」
二コリ、と笑う。
「本当のことを言ってごらん。大丈夫だ。安心していい。おじさんが君を守ってあげるからね」
その嘘くさい笑顔で、なにを安心しろと!?
逆に不安になるわ!
「第二の奴らに、殴られたよな? 食事ももらえなかったよな? 当然だ、あんな野蛮な奴ら。騎士団を名乗るのもおこがましい。さあ、心配は要らない。本当のことを言っていいんだよ? 狭い部屋に閉じ込められて、自由もなかっただろう? お風呂にだって入れてはもらえなかっただろう。かわいそうに、辛かったね。だけど、もう安心だよ。怖い大人はここにはいない」
課長は笑みを崩さない。
「でも、ちょっとだけ、おじさんに教えてくれないかな。そんな第二にこの中の誰かが居た覚えはないかい? そんな気がするだけでもいいんだよ。似たような人でもいい。さあ、指差すだけでいいんだ。そうすれば、悪い奴らも、役立たずな奴らも、みんなまとめて始末ができる。かわいいお人形を買ってあげようねえ。それとも、甘いお菓子がいいかな? ……さあ、選ぶんだ」
そして、前の机に数人の見覚えのかけらもない男たちの似顔絵を並べたのだった。




