泣いていいか?(団長)
「団長、お呼びですか」
ドアに仕込まれた一方通行のガラスから、部屋の中が見える。これはこの部屋の主、つまりは団長権限で使用できる機能の一つだ。うちの部屋にもあるにはある。今のところ使ったことはないが。
腰低く入室してきたカールハイトは、執務机から3歩離れた位置で直立不動の姿勢をとった。
「うん。少し経過を聞こうと思ってね」
「は。地下室の証拠物の洗い直し、並行して、証言の収集に努めております」
「それで、何か進展はあったのかね」
「証拠物の方は、損傷がひどく難航をしておりますが、近々有力な証言を得られるかと思います」
「子供たち以外の証人でも見つけたのか?」
「いえ。団長もご存知の通り、あそこにいたのは子供以外の大人は全て一味の者ですので、自白以外の証言は子供からしか取れません。故に日々聞き取りに励んでおります」
「毎日、呼び出してかね」
「はっ」
カールハイトは不動のままハキハキと答えている。
いやー、子供の証言だけあてにしてるって本当だったのか。
捕らえた奴隷商の屋敷とか、使用人とか、他に何も探るところはないわけじゃあるまいし、なぜあの爆破された小屋だけに固執するんだか。
まあ、こういう事件の専門は第三だし、畑違いの俺なんかにはわからない理由があるのかもしれん。
「思いがけず、最近新たな証人を確保したのです。けしからんことに、今まで隠匿されておったようでして。さる筋より得た情報をもとにやっと保護することができました。ただ、少々てこずりそうですが。いろいろ問いただしてみるのですが、監禁される前のことも、監禁中のことも、何もわからないなどと言ってはっきり話そうとしませんし、あの突入以降のことも口にするのは虚偽妄言ばかりで。あれは、絶対、監禁中はもとより保護先においてもまた、虐待されていたに違いありません! きっと、脅されているのです! それで本当のことを言えずに! 可愛そうでなりません! なので時間をかけて情報を引き出していこうと考えております!」
よっぽど熱が入っているのか、とうとう身振り手振りを加えて熱弁し始めた。
それほどまでに酷い状態だったのか。あの子がそんな目に遭っていたら、自分もキレるな、絶対。
うんうんと小さく頷いている時だった。
「驚かないでくださいよ? その保護先というのが、なんと第二なのです!」
んん!?
++++
「第二ならすぐに報告があがったんじゃないのか」
思わずドアを開けて飛び込みそうになって、すんでのところで耐えた。そして続いたシュルツ団長の言葉に激しく同意する。あの子が目覚めて記憶がないと分かった時点で、そのことも含めて第三には報告したぞ。タイミング的に事件がらみの可能性が高かったからな。連絡があるまで保護しておけと言うから預かってたんだろうが。
「いいえ、ありませんでした」
なのに、カールハイトは断言し、
「あそこがそんなまっとうな判断ができるとは思えません。きっと娯楽まがいに虐待していたにきまってます」
…………飛び出してぶん殴っても許されるんじゃないか?
「そ、そんなのはただの憶測だろう。その子にそんな様子があったのかね。その怪我とか」
俺がここにいるからか、シュルツ団長の声がうわずっている。
「ありません」
「そうだろう、そうだろう! だったら」
「ずる賢くも、作った傷は治癒して証拠を隠滅したのです。そんなところだけは頭が回る…… それに、その子がなんと言ったと思いますか? 優しかったとか遊んでもらったとか! そんな誰が聞いても嘘だとわかるような主張をくり返すのですよ? あれは絶対脅されてます!」
思わず、ふらついた。
いかん、また心臓が止まるかと思った。
そうかそうか、頑張って主張してくれてたんだな……
パパ、泣いていいか?
「一緒に遊ぶ? 確かにそれは……」
「でしょう? 団長もやはりそう思われますか!」
そこは否定してくれませんかね!
今度捜査中に魔獣が出ても助けませんよ!
「あ、いや、その、なんだ。その状態なら、すぐに証言を得るのは無理だろう。とりあえず、そちらは置いておいて…… そう、屋敷からの押収物もあったはずだな? そちらの洗い直しを優先させなさい」
思わず飛ばした抗議の殺気に気がついたのか、シュルツ団長が慌てて言い直す。
「なぜですか。根気よく言い聞かせれば子供のことです、本当のことを話すようになります。ついでにいろいろ思い出してくるでしょう。そこから詰める方が……」
「それこそ子供に無理をさせるものではない。身元を確認して、親元か無理なら施設に移して落ち着くのを待つんだ。いいね?」
「しかし!」
「近いうちに一度そちらへ顔を出すことにする。各方面からいろいろ問い合わせが来ているんだ。現状を把握する必要があるからな」
「これはうちの事件です!」
「なら、苦情の対応もすべて君がするのかね?」
「そんな暇はありませんよ。我々は忙しいのです」
いや、この状況で、よくそんなに胸張って言えるな。上司だぞ上司。上司にそんな態度が……って、うちの奴らもこんなだな。そうか、こんなふうに見えるのか。外聞悪いってだけ言っておくか。
そんな事を思っていると、団長の額に青筋が浮かんできた。ちょっと不味くないか?
「とにかく! 異論は認めん! 証言のために保護している子供が居るのなら即刻解放! 事情聴取再開は最低でも一週間後! 明日より捜査対象は屋敷より回収した遺留品と確保した容疑者共のみ! 破損した証拠品の修繕に割く人員は3名まで! これに反した場合は第二に移動させてやる!」
要らん!
こんな奴要らんぞ!
この人キレると過激になるってことくらい、直属の部下なら知ってるだろう! 何してくれる!




