探ってみるか(団長)
「あらかた筋道を立てて犯罪を推定。あとは現場から押収するはずだった証拠物と確保した一味からの証言で確定して起訴をする段取りだったようですね」
ベネディクト・フィッツェンハーゲン。第二騎士団副団長を務める男が、メガネの位置を直しながら、手にした書類に視線を走らせている。
騎士団に入隊した頃は先輩としてずいぶん世話になった。先代の団長が退任した時に、自分は器ではないからと俺を押してくれた。以来、体を動かす方が先になりがちな俺を補佐してくれている、頼りになる男である。
「しかし、おとなしくされるがままの輩ではなく、突入の際に証拠を保管していたと思われる部屋を仕掛けた魔道具で爆破。ついでに巻き込む形で証人となりそうな子供達を排除しようとしたが、第三に確保されそうになり、転送を妨害してきたと。結果として、証拠は減るし、一味は負傷者だらけでロクに取り調べもできず、証人は捜索の手間が増えてまさに踏んだり蹴ったりの結果になった。何度見てもお粗末な経過ですね」
「まったくだ。突入の時に殲滅してしまえば良かったのにな」
なぜわざわざ令状を突きつけて、今から捕縛するぞと断りを入れたりするんだ。そんなことをするから悪あがきをされるんだ。
イライラして手にしたペンで机を叩いたら、ベンツの指示でジェレに絡みつかれた。
「『討伐』ではなく『検挙』ですからね、あちらは」
ベンツの呆れたような声が続く。
「抵抗したら抜剣可じゃなかったか?」
張り付いたジェレを引き剥がそうと挑戦しつつ訊き返すと、
「それは盗賊相手です」
「似たようなものだろう」
「団長、いい加減にしてください。一つ言わせていただければ、あっさり殲滅していたら、子どもたちも何事もなく保護されて、保護先に戻されていましたよ。第二が関わることなどありませんでしたね」
…………むしろ、その方が良かったんだよな。子どもたちには。あの子には。
そうとわかっていても、眉間に皺が寄る。
あの子が居た数日は。
なかなかに、なかったことにはできないものだった。
「何事も悪い面があれば良い面もあるものです。私としては第三の、特に捜査一課の愚挙に感謝したいところですね」
ベンツの口角が悪どく持ち上がる。
出張から帰ってきてから妙に機嫌がいいのだ。珍しい。
「それに裏の繋がりもあるんでしょうし、そこも潰す必要があるのなら仕方のない事ですよ」
「面倒くさいな、ったく。証言集めの方は親元や保護施設に戻した子どもたちをその都度呼び出して事情聴取してるのか? 」
「そういう話ですね」
もう半月だ。未だ検挙した奴隷商人を起訴できていないと言う。そろそろ拘留期限切れるんじゃないのか?
捜査一課。確かカールハイト伯爵の弟だったか。兄の伯爵は豪放磊落な頼りになる人なのに、同級である弟は、兄と話したりしていると、遠くからじっとり睨んでくるようなやつだった。何がしたかったのか、未だにわからない。
事情聴取だけに固執しているわけではないだろうが、いくらなんでも時間がかかりすぎじゃないか? まどろっこしくて仕方がない。
「ただいま戻りましたぁ」
ノックと同時にドアが開いて、ヘルマンが入ってきた。ノックの意味はどこにある。
「それでどうだった」
「子供はすでにここにはいない。何処かは部外者には話せないの一辺倒ですねぇ。守秘義務振り翳して追い払われましたぁ」
公爵家相手にそれをするか。第三め。
「部外者じゃないって言うんだよ! 僕はお兄ちゃんだぞ!」
続いて入ってきたフリッツが口を尖らせている。
「自称じゃダメだっていわれたでしょぉ」
「うが〜っ!」
「子爵家令息がそんな声ださな〜い」
「だったらお前も間延びした話し方やめろ、公爵家令息!」
「おやめなさい、みっともない」
じゃれ合う2人の頭をベンツがはたいた。いい年をしてガキか?
「それでぇ、追加情報です。ちょっと探りを入れてみたんですよねぇ。三日くらい前に、子供の姿見たそうですよお。官舎の2階の窓に4,5人。うちと同じつくりのはずですから、2階って会議室とか資料室しかないはずですよねぇ。しかも夕食後だそうです。おかしくありません?」
ヘルマンが首を傾げる。「やめろ、気持ち悪い」横でフリッツが足を蹴っているが、全く同意だ。
「おまえ、どこを探った」
「いろいろですねえ」
ニッコリ。部下ながら、ヤバいやつだよな、こいつ。
「『全員戻して、呼び出して事情聴取』じゃなかったか?」
「そういう話でしたが」
「…………拘束されてるということか」
こんな血生臭い荒々しい場所に居るより、第三に渡せば、身元を調べて帰すか、他の子どもたちと一緒に施設に移すか、少なくとも平和な場所に居場所ができると思ったんだがな。
「ちょっと出てくる。どちらにしろ、ケリをつけん限りどうにもできん。ちょっと発破かけてやる」
上着を掴んで部屋を出る。
「団長、がんばれ〜! チビちゃん、ゲットー!」
「ご武運を! 第二の未来がかかってますよ!」
ベンツの言う未来がどうのは意味がわからんが、部下の希望を叶えるのも上司の役目だからな。
「失礼します」
俺は許可と同時に第三騎士団長室に入室した。
正面の執務机に座しているのは、第三騎士団の長、ヨハン・シュルツ。線が細くておっとりとした男なのだが、気を使いすぎるのがたまにキズで胃薬が手放せない。そんな男が、今はなお一層青白く、目の下にくっきりクマを浮かばせていた。
「……どうしたんです?」
勧められるままにセットのソファーに腰を下ろしながら声をかける。単刀直入に質問しようと思っていたのだが、年長者のやつれ具合に気遣いの方が先に出てしまった。
「いや、こっちのことだ。気にしないでくれ。ところで何の用だ、ワーグナー」
「ああ、ちょっと一課担当の件のこと、で……」
ザーッと音がしそうな勢いで、目の前の男から血の気が退いていった。
な、なんだ!?
「ま、まさかとは思うが、お前のところにも落ちてたのか?」
「ええ、4つの女の子が一人。知らなかったんですか?」
「知らん! そうか、それで来たのか、お前がわざわざ来るなんておかしいと思ったんだ。お前もあれだろう、苦情を言いに来たんだろう。どいつもこいつも、ここにくるのはそのためだ。俺は関係ないのに、なんで俺ばっかり…………」
なんだ、暗いぞ。どうした。背中に闇魔法ばりの真っ暗なモヤが見えるんだが気のせいか!?
「苦情というか何というか。……そんなに酷いんですか」
「酷いというかねちっこいんだよ! 一点もののティーセットが壊れたとか、シルクのテーブルクロスが使い物にならなくなったとか! こっちには優雅にお茶を楽しむ暇なんてないんだぞ! 臭いがとれない!? そんなもの、有り余ってる香水でもぶっかけておけ!」
あー、第一かあ。
それが、ことが起こってからずっと、顔を合わせるたびに慇懃無礼に囁かれているとか。奴ら皮肉とか当て擦りとかうまいからなあ。そりゃ溜まるだろう。
ふーふー言いながら、ザラザラと胃薬を飲み込むやつれた男が気の毒に思えてくる。
「よろしくやってるところに落ちてこられたせいでフラれたとか、馬乗ってる時に近くに落ちたせいで、馬が暴れて落ちたとか。フラれたのなんか自分のせいだろう。騎士が落馬なんかするな! それに…………」
その後まだまだ続く続く。ぶつぶつ吐き出される怨嗟がまるで呪文だ。こういう時は黙っているに限る。ここでしか飲めないコーヒーとやらをおかわりしながら待つことにした。
軽く30分は過ぎた頃、すっかり冷めたコーヒーを一息に飲み干して、シュルツ団長は大きく息を吐き出した。そして背筋を正してまっすぐにこちらを見る。
「さあ、苦情を聞こうか」
いや、そんな死地に赴くみたいな気概を見せられても……。
「苦情ってわけじゃありません。うちに来てた子どもがどこに行ったのか教えて欲しいだけです」
「そんなことか。身元がわかればそっち、わからなければ施設に一旦預けるようになっているぞ。あいにくと誘拐はよくあることなんでな」
あからさまにホッとしつつも渋面を作る。
「ですから、どっちかを教えて欲しいんですよ。うちのがみんな知りたがるんで。一課に行っても教えてもらえなかったんです」
「そうか? じゃあ、ちょっと待ってろ。担当を呼ぶ。しかし、なんでまた知りたいんだ。……はっ、まさか虐た……」
「違います! ったく、十日以上もいたら愛着も湧くでしょう」
「あいちゃく。 あいちゃく? いま愛着って言ったか? お前らが!? と言うか十日だと? なんでそんなに長い間居たんだ。報告しなかったのか?」
「しましたよ。そのまま放置でこの間やっと引き取りにきました」
「なんでそんな後手に…… よし、ワーグナー。ちょっと隣の部屋に引っ込んでろ」
そして、やってきたのが当の捜査一課長カールハイトだった。




