気がつきました
「なんだよ! もう!」
風が止むと、クルトくんは顔に張り付いていた紙を、グシャッと! 丸めて! ローブのポケットに突っ込んだ!
え〜…………
そして、間を置かず頭の上にヒラヒラと落ちてきたリボンを、じっと睨んでから「ちゃんと持っててよ! もう!」と、怒りながらこっちに突っ返してくる。
「う、うん。ごめんなしゃい」
「さあ、もういいだろ! 遊ぶのも終わり! 戻るよ、もう! 」
プリプリと歩き始めて、足元に落ちてた鍵を蹴っ飛ばした!
そしてそのままスルー!
待って待って!
気が付いて!
「あ、あー! ピカピカ!」
慌てて走って、木箱の下に滑り込んだ鍵を拾う。
「ね、ねえ、おにいちゃん! これ、ピカピカしちぇちぇきれーね! ちょーだい?」
「ん? ダメに決まってるだろ! ここのものは無断持ち出し禁止なんだよ!」
さっと取り上げて、それで鍵だと気がついたらしい。
「…………これは僕が預かっとくから。さ、帰った帰った!」
そのまま、小屋から追い出された。
「大丈夫かなあ」
わたしたちを裏庭に置き去りにして、本館へと足早に戻っていくクルトくんを見送りながら、呟いたのは誰だったのか。
それはとりあえず、みんなの心の声だったと思う。
「でももうしょうがないし」
「だよねえ」
いまさら取り返すこともできないので、あとはクルト君が良きに計らってくれることを祈るばかりである。あ、祈っちゃいけないんだっけ。期待する。うん。期待するばかりである。
「だけど、エルシアちゃん! 最後、偉かったね!」
クララちゃんに頭をくるくる撫でられた。
「そうそう。あれヤバかった。あのまま、下敷きになってたら、いつ見つけられるかわからなかったよね」
「シャイローくんもすごかったよね。あれ、力まかせに叩きつけてなかった?」
「…………気のせい」
みんなずいぶん和やかに喋ってるけど、本当にこれで良かったのかな。ちょっとばかり、気にかかっていることがある。
「あのね。すぐにみちゅかってよかった?」
すぐ隣にいたシローくんの目の前のおさげを引く。
「どういうことだ?」
「ピカピカまにあう?」
「は……」
一拍おいて、
「あ〜はっはっは……っ」
一斉にみんなが笑い出した。
「なんでわらうのっ」
だって、みんな、仕返しにハゲさせるって言ってたじゃない。だから、ここに戻すだけ戻しておけば、見つかる時間稼げてちょうどいいって思ってたのに。寄りにもよって、クルト君がさっさと持って行っちゃった。クルト君がもし万が一、迅速に対応しちゃったら、さっさと解決に向かってしまうのではなかろうか。
そうなると、ツルピカにならないんじゃない?
「ご、ごめん。そういえばそうだね」
「……っくっくっく。まあ、10本くらい残っちゃうかな」
ハロルトくんの残念そうな言葉にみんながまたぶほっと吹き出した。
「でも、それでいいのよ」
涙を指先で拭いながら、アーデルハイドちゃんがまたわたしの頭を撫でる。
これでもアラフォーなんだけど。10代の子に撫でられるってなに。
「そうしたら、エルシアちゃんも帰れるかもしれないでしょ?」
え。
「一人になっちゃうと寂しいでしょ? エルシアちゃん、ちっちゃいのに。解決したらここから出してもらえるじゃない」
「そうそう。あんないけ好かない奴の相手するの、短いほうがいいって」
「おっさん、なんか別のことで絡んでるだろ。面倒くさそう」
……まだ、みんな小学生だよね!?
なにこの気配りさんたち!
なんか凄くないですか。
わたしはぽかんと口を開けて、目の前の子供たちを見上げてしまった。
だってだって、あんなに仕返ししたがってたじゃない。そのための時間稼ぎだったんでしょうに。
本当にそれでいいのか?
でも返ってきたのは、ほのほのとしたすっきりとした表情で。
「ありやとー」
素直にお礼を言っておくことにした。
「あ、そういえば、エルシアちゃんさ……」
クララちゃんが、ふと思い出したように、心配そうにこっちを見てくる。
「帰るとしたら、あの、第二、騎士団?」
「あ……」
とたんに、子供たちの顔が真顔になって、一斉に心配そうな視線を向けられた。
大丈夫だって。みんながしてる類の心配は要らない。絶対要らない。
でも、まあ、心配してくれているということなので、言い返しはしない。
「うん! いいっていってくれたらいきたいでしゅ!」
元気よく手をあげる。
「……そっかー。エルシアちゃんがそれでいいなら、そうなったらいいね」
「あい! おんがえししゅるの! たすけてくれて、いっぱいやしゃしくしてくれたから、おてつだいしたいの!」
それはまごうことなき真実である。無責任な神様に行き当たりばったりでぽいされて、拾ってもらってなかったら、今頃どうなっていたことやら。きっとダルマクさんは黒焦げになっていることだろう。わたしを団長さんが拾ってくれたことを、いちばん感謝しなければいけないのは、ダルマクさんだと思う。
「で、でもダメって言われたら?」
「あ……」
それは、考えてなかった。
そっか、そういうこともあるか。というか、それが普通じゃない?
みんな一生懸命仕事してるところに、子供が転がり込んだら迷惑だよねえ。
「……どーしちゃらいい?」
なんか、泣きたくなってきた。
そうか~
戻れないか~
そうか~
「あ、じゃ、じゃあ! うちの孤児院に来たらいいのよ! ハロルト君も来ることになってるみたいだし、院長先生にお願いしてあげる!」
しょぼくれたわたしの肩をアーデルハイドちゃんがつかむ。
「だいじょうぶ? いきなりいったらびっくりしにゃい?」
「大丈夫! 院長先生優しいから!」
「いいな~。わたしもお父さんにお願いして遊びに行く」
「孤児院か~ 毎日ご飯食べられるんだよね!! 美味しい? ねえ、美味しい?」
「あ、う、うん。ハロルト君、どうしたの?」
「お、おれも行けたら行く! 絶対行く!」
はしゃぐ子たち。
まだみんな小さいのに、いろんな目にあって。それでも、他人を思いやれる心を持ってる、いい子たち。
彼らの周りをふよふよが飛んでいる。
うん、そういう子たちが好きだよね。
好きな子には幸せになってほしいよね!
どうか、みんなが幸せでありますように。
そんなささやかな、誰もがいだくであろうお願いを、神様にお願いできるようになってほしいものである。
でもそうかあ。
第二に戻れないって可能性もあったわ。
恩返しする方法、見つけなきゃ。




