依頼されました
その夜のことだった。
なんだか鼻がムズムズしてくしゃみが出て起きた。けっこうしっかり出たので、起こしてないかと周りを見たけれど、隣でも向こうでも、聞こえてくるのは小さな寝息だけだった。そう、幸い、カチュアさんのようなワイルドな子はいないのだ。みんな寝相よく大人しく眠っている。
窓の外はまだ暗いし、まだ夜もふけたうちなら聞こえてくる第三騎士団のざわめきも聞こえない。ということは夜中近い頃だろう。二度寝をするべく薄い毛布にくるまろうとしたら、目の前にぼんやりと光を放つふよふよが現れる。案外目と鼻の先を漂うものだから、鼻がムズムズし始めた。犯人はキミか。
「もうちょっとはなれて、クチッ、もらえるとたしゅかる、かな。クション」
すんと鼻を啜っている間に、ぼんやりふよふよは手のひら1個分ほど離れてくれる。
…………意思疎通ができるようになった!
すごい! うん、地道にふよふよを目で追って《見えてるよ》ビーム出してた甲斐があったね。じーっと見てると急にひょいと上下左右に動いたり、物陰に隠れたりするので、追尾したり覗き込んだりして相手してたのよ。たまにお子さまたちの視線感じて笑ってごまかしたけど。
この感動。赤ん坊がしゃべったり、クララが立ったりするレベルだわ!
「ありがとう。んと《ヤナリージュ》? こんばんは」
ふよふよがパタパタと激しく上下に跳ね回るので、きっと正解。なんだか活動的な蛍を見ている気分になる。団扇があったらパタパタしたい。
「んで、どうちたの? あしょぶ? なんかよーじ?」
首をこてんとしたら、たくさんのふよふよの後ろから、薄くにしか光っていないふよふよが押し出されるように前に来た。元気がないような、気がする。
ふよふよを後ろに従えたそのふよふよは、右に左にと忙しなく漂っていて、一瞬、わたしの正面で止まっては、また動き出す。
なんか、迷ってる?
「どーしたの? おはなししたいことある?」
正面でピタリと止まった。
明滅を繰り返して、一際どんよりとして。
『ウ〜ラ〜メ〜シ〜ヤ〜』
…………なんですと!?
++++
待て待て待て。
一旦落ち着こう。これはそうあれだ。自動翻訳機能だ。聞くのは馴染みのある言葉に勝手に置き換えてくれて、言うのは通じる言葉に置き換えてくれるという。だから本当は『うらめしや』ではない。ではないけど近い意味の言葉を言っているわけで。
「…………だれが?」
『ワカル!? ミエテル。オマエカ!』
相手がピカッと光ってぴょ〜んと跳ねた。
『ホントニイタ』
「だれかにきいたの?」
『アッチノ、オナジイエニイタヤツ』
あっちがどっちかはわからないけど、(形が)同じ家だと言うのなら、多分第二だろう。あっちでも、かなり元気にふよふよしてたから。
「それで、なんでうらめしや?」
少なくとも、恨まれるようなことはしていない、と、思う。
聞いた途端、ふよふよが再びどんよりと暗くなる。
『ダレモイナイ、ツマラナイ。コドモタクサン、タノシイ。イエコワシタ。コドモイナクナッタ。ツマラナイッテイッテル。……ウラメシヤ!』
たどたどしいカタコトでポツポツ言葉を紡いでいたけれど、最後だけビカリと光った。
あ、良かった。わたしじゃないね。一安心。
この流れで行くと奴隷商の方だ。
『シカエシスル! サワレナカッタ。ミエテナイ。キヅカナイ。オマエイタ。チカラカセ、イッテル』
この頃には、このふよふよの背後のふよふよが凄いことになっていた。ぐるぐるピカピカ、エネルギッシュなこと! 一致団結みたいな勢いである。
「わかっちゃ! わかっちゃから、いちどおちちゅこうか!」
焦ると呂律が悪くなるな、もう。
「おちぇちゅだいしゅればいい? してもいいちぇど、このシャイジュじゃげんかいあるちょおもうの」
『カギ、ニンゲンニワタス。カンタン』
「カギ?」
『ダイジナモノ、ハコイレル。ダイジナハコ、カギカケル。イタカラミテタ。カギアケタラ、ナイショイッパイ』
なるほど、それで言い逃れできないようにして捕まえちゃおうと、
『ニゲテルワルイノ、アツメル。イチドニシカエシスル、イッテル』
…………何をするつもりかな!
「と、とにかく、わかっちゃ! でも、しょのカギ、どこにあるの?」
『コドモ、モッテル』
ふよふよが一つふら〜っと飛んでいって、ハロルトくんの足の辺りで止まった。
それか〜。
++++
さて、どうするか。
ふよふよからの依頼は、ハロルトくんが持っている鍵を第三の誰かに渡して、金庫の扉を開けさせること。そこに証拠が入っているからそれで当日逃げおおせた商人たちも捕まえて、一ヶ所に集めること。その後のことは、考えまい。うん。
だけど、直接渡すことは無理。隠してたのバレたら、あの課長がどういう行動に出るのか想像に難くない。
そうとバレず、鍵をあっちにやる方法……
考え込んだわたしの視界を黒いふよふよが横切っていく。
《ヤナリーズ》だ。
隅に転がっていた埃の塊をグループの中でポンポンと弾ませながら窓まで運び、ポイッと放り投げた。
おお、昨日の今日なのに、物に触れるようになったらしい。楽しそうでなによりだ。
感動して小さな手で音が出ないエア拍手を贈る。
すると、急に元気に動き出した。た〜っと移動して、埃を見つけては窓からポイ、見つけては窓からポイ。
あんまり元気に動き回ると見つからない?
悪いものに誤認されると騒ぎになっちゃう。
「あれ? 風吹いてる?」
とうとうアーデルハイドちゃんが、埃の動きに気がついて目で追い始めた。後を追って窓際へと歩いていく。
やばいやばい。
慌ててわたしも追っかけて、窓から外を見る。
「あ〜、あれなあに?」
目についた物を適当に指差して叫んでみた。
「ん? ど〜れ? ああ、あれは物置き小屋よ。たぶんね、燃えちゃったところから運び込んできたの、置いてると思う。あそこに飾ってあったのと同じ絵のこげちゃったのが運び込まれるの見たから」
「ときどき、中の物持ち出していってるから、調べたりしてるんじゃない? そっちで何か見つかったりしてくれないかな」
「だよね〜」
みんなが一斉に身を乗り出した先でまさに今、少し離れた木陰の小屋から3人くらい、木箱を抱えて出て行った。
…………ドア、開けっぱなしですけど〜? 相変わらず、仕事が雑いわね。
しかし、ということは、だ。
あそこに証拠があってもおかしくないと。
ふむ。




