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お使い途中や、荷馬車で親が納品から戻ってくるのを待っている間とか、路地裏で、とか、自宅から、とか。
いろいろな場所から誘拐されて捕まって、たくさんの子供たちと一緒に閉じ込められて。
年長だから、幼い子供たちからもすがられて面倒を見ざるを得なくて、やっと助かるかと思えば火事になってやけどを負って、治してもらっても事情聴取で帰してもらえず、毎日毎日頭ごなしに怒鳴られて。
そんな日々から解放されて、親元や保護先に引き取られるのだから、もっと喜んでもいいと思うのに、子供たちは眉を寄せて口を引き結んでいる。
パウリーネさんが居なくなってからずっと、居心地の悪い沈黙が部屋に広がっていた。
原因は、わたしだ。
わたしだけ1人、まだここに残されることに納得がいかないらしい。
みんな、やさしくていい子だね。
「ねえ、エルシアちゃん、おうちどこ? お父さんやお母さんに連絡して迎えに来てもらおう?」
アーデルハイドちゃんが訊いてくるけれど、首をかしげるしかない。
「覚えてないの? 怖くて忘れちゃった?」
そういう設定がないだけなのよ。だからそんなに悲しそうな顔しなくていいよ~
「お、お父さんにお願いしてみようか! うち、弟居るし、もう一人増えたってきっと!」
クララちゃんも行商のお手伝いしなきゃいけないんでしょ? 一人増えたら大変だと思うよ?
「だいじょーぶ。へーき! はげちょびん、やっつけるから!」
なんと言っても中身は社畜アラフォーですからね。
あんなおっさんに負ける気はしない。
しかしだ。戦うにしても傾向と対策は重要である。
「いつもどんなこときかれてるの?」
「いつも? そうね。最近は“いつ連れてこられた”“どこにいた”“その間誰を見た”」
「そうそう。“なにを話してた”“出てきた名前ぐらい覚えているだろう”」
「“日付とか金額とか話していただろう”“数字だけでも構わないから思い出せ”」
「知らないって言うと怒り出す」
「“そんなはずはない、嘘をつくな! 何か知っているはずだ!”って、鬱陶しい」
そしてみんな一斉にため息をついた。
やっぱり、それ尋問じゃん?
「どこって、もえちゃったとこじゃないの?」
「え? ああ、エルシアちゃんちっちゃいから違ったのね。最初の何日かは大きいお屋敷に居てね、その後あっちに連れて行かれたの。『孤児院育ちはやっぱり世話だな』って」
「あ、それわたしも言われたよ? 『農民じゃダメだな』って。あと、その前にお行儀よくしないでねっておばさんに言われたの。なんかすごい必死だった?」
そうそうって少女たちが顔を見合わせて頷いた。
「あ、それ、青い目のソバカスいっぱいのおばさんでしょ? ちっちゃい子の世話一人でさせられててヘトヘトになってたから、人手が欲しかったんだよ。ぼくが連れて行かれた時、『なんだい、男じゃないか! これじゃ役に立たないだろ!』って怒鳴ってた」
ハロルトくんが、微妙に眉を寄せた。
「ぼくを連れてった奴らが、『嘘だろ。すみません』って謝りながら出ていったし。だから、ちゃんと確認するために最初そっちにつれて……」
「……嘘って?」
「…………女だと思われてた」
ぶふって吹く声と、「あー」って言う声と。ハロルトくんがジロっと睨む。
「あ、ご、ごめんなさい」
アーデルハイドちゃんが手をパタパタさせて、シローくんが明後日向いた。
「どーせ、よく間違われるよ!」
うんプラチナサラサラヘアーの色白さんだもんね。
「おねーちゃんたちみたいなおっきいひとほかにいなかったの?」
「居なかったよね。あそこには。みんなエルシアちゃんくらいな子とかもっとちっちゃい子とか…… 赤ちゃんもいて、お世話間に合わなくて大変だった」
「赤ちゃんはおばさんがしてくれてたはずなんだけど、よくおしめとか放っておかれてて可哀想だったよね」
「うん。でも『覚えたら奉公に出せるから』ってなんか押しつけられたことあるよ?」
思うに、奴隷商は即戦力ではなく養成方向のラインナップだったようだ。だが世話が大変になって、お手伝いに使えそうな女の子を攫ってきたと。ついでに仕事仕込んで働きに出させることも考慮の上。『お行儀よくするな』と言われたということは、お行儀良かったらお世話じゃない別方面にまわされちゃうという可能性もあったということで………… ううむ、許せん。
でもって、課長の質問内容。
なんかさ、そこに“誰か”がいたの前提っぽくない?
で、この取り調べ、あの人がわんさか居るところで、あの声量でやってたんでしょ?
誰も突っ込まなかったんだろうか。捜査一課ってエリートみたいなイメージあるんだけど、現実って厳しいな。
「だからね、エルシアちゃんもあそこに居た時のことをいっぱい訊かれると思うんだけど、きっとエルシアちゃんって最後の方に来た子たちの中に居たんでしょ? あの日の前に何人か増えるからって、おばさんに言われたから。だったら、本当に誰も来てないから、そう言って大丈夫だと思うよ?」
「だれかきてた?」
「来てたは来てたけど、みんな黒っぽいマントと頭巾かぶってたから、あんなのわかんないよ。だから『(誰か)知らない』でいいんだよ」
ハロルト君が口の端をあげる。
「上に居る間はしゃべってなかったし。てか、本当に、チビ相手になんでこんな話できてるんだ」
「だいたいわかったからがんばるの! ありやとー」
毎度のごとく、シロー君の突っ込みはスルーさせていただきます。もういい加減、流しなさい。
「はは、勝てそうだけどね~。失敗したな~、もうちょっと早く証拠出しとけば良かったかな」
ハロルト君がらしくなく親指の爪を噛む。
「どーやって、だしゅの? もってましたってわたしゅ?」
そんなことをしたら、課長がブチ切れる未来しか見えない。
「違う違う。質問される部屋の隅。あそこいつも紙が山になってるよね? 投げ入れたり取って行ったりしょっちゅうしてたし、たまにバサバサ落ちてたから、ここに戻ってくる時に放り込んでも誰も気が付かないって。ぼくたちのことなんか、気にしてないし」
ははあ、つまり未決書類入れてるようなとこってわけね。それはなかなかいい着眼点。
惜しむらくは、もう子供達があそこに呼ばれることがないってこと。
わたしはまだ呼ばれるだろうけど、この形じゃあ小さすぎてどこにも書類が隠せない。
「金庫にあるの適当に持ってきただけだから、本当に役に立つかどうかもわからないしね」
でも、これはきっと何かあると思うんだ、と、ハロルト君が自分の鍵を指で弾いてキャッチした。
「持って帰っちゃうわけにもいかないし、紙は破って捨てちゃう?」
「それもいいかも」
「読んでも意味わかんないもんね」
「だよな」
なんか廃棄の方向にまとまりそうだけどちょっと待とうか!
何かの拍子にチラッと見えたけど、シロー君が持ってたの売買契約書だったからね!?
そりゃ、金庫にしまいますよ。てか、金庫から取ってきたって、ハロルトくん何者ですか。
うーん。このままじゃあ、重要証拠がゴミになってしまう。
解決できずに課長がツルピカになるのは大歓迎なんだけど、それで奴隷商人がお縄にできないってのは大問題よ。
どうにかできないかな。




