なにが起きた(副団長)
粗暴で惨虐で無秩序で冷酷。
魔獣相手に薄笑いを浮かべながら斬りかかり、切り刻んで血に塗れる。
盗賊どもを哄笑と共に叩き伏せ、ありとあらゆる拷問を加える。
巷では、そんな噂もまことしやかに囁かれる、王国第二騎士団。
要するに畏怖の対象であるわけです。
それが、一体どうしたことでしょう、これは。
陰鬱たる空気にどっぷり沈み込んでいるではありませんか。活気のかけらもありません。
つい先ほど、隣国との会合のため、半月ほど留守にしていた隊舎に戻ってきたのですが、このやる気のなさは一体。
朝食に卵が切れていたのでしょうか。
子供じみた理由で一喜一憂するのはやめてほしいのですが。
「なにがありました」
正門わきの広場で、砂の大袋を両肩に二つずつ乗せたままスクワットをしている男に声をかけました。
「あ、副団長。おかえりなさい。特に、なにもですよ?」
これと言った特徴のない顔で、コンラートが、これまた高くも低くもない声で返事をします。人ごみに紛れ込むのがうまい男です。
「常日頃、四つずつは担いでいるあなたが半分しか担がず筋トレをしているなどと前代未聞でしょう。付け加え、なんですかこのよどんだ空気は。まさかグリフォンの間引きに失敗したとか言いませんよね?」
「とんでもない! ついでにマンティコアも帰りに仕留めてきましたよ。今頃、仕分けしてるでしょうよ」
ということは、通常業務は滞りなく行われているということですね。
「とりあえず、団長に報告をしてきます」
「あ、はい。お疲れ様です」
「え、……ええ」
スクワットに戻ったコンラートとの会話に多少の違和感を感じつつ、私は団長室へと向かいました。
その道すがら、何人かすれ違います。
「あ、副団長、おかえりなさい」
「お疲れっす」
そんな会話を繰り返し……
なんでしょうね? 相変わらず、いつもと違い、騒がしさのかけらもないのですが、それ以前にものすごい違和感が……
「団長、ベネディクト・フィッツェンハーゲン、ただいま戻りまし……た」
軽くノックをして扉を開けます。
書類と格闘しているときは必死になりすぎて気づきもしないので、返事など待ちません。
開けて、そのまま固まりました。
ここもですか。
執務机に座ってペンを手にしているのですが、ペン先があるのは書類ではなく机の上です。
しかも、ものすごい勢いでつついて、いえ、叩きつけていて、ペン先は既に使い物にならなくなっていますし、机にも穴が開きかねない事態です。
イラついてますね、物凄く。
「ジェレ、止めてきなさい」
手のひらを上に向けると弾むようにスライムが一つ。そのまま跳ねてトビアスの右手に落ち、広がりねとりと絡みつきます。
「ん? っと、おわっ、ジェレか!」
そのまま手をペンごと机に貼り付けられて、トビアスがやっとこちらに気がつきました。
「ベンツ、おかえり。ご苦労だったな。で、なんでいきなりこれだ」
びよんびよんと手を上下させながら訊いてきますが、訊きたいのはこちらですよ、まったく。
「いきなりではありません。ちゃんとお声がけはしましたよ? 貴方をはじめとして、なんですかこの雰囲気は。私が留守中に何かありましたか」
「なにか…………」
質問に反芻し、そして見る間に眉間の皺を深くして、
「連絡が、ない」
唸るように呟きます。
「連絡がない。第三から一つも! 元気でいるのかとか、何をしているのかとか、身元がわかったのかとか、それともわからないままなのか、とか! 保護してたのはこっちだぞ! なのに、連れて行ってもう五日にもなるのに、一つも報告がないってのはどういうことだ!」
ダン! とジェレを纏わり付かせたまま右手を叩きつけ、とうとうペンを粉砕しました。
…………もう少し頑丈なものに変えるか、消耗品扱いで安物にするか。どちらがコスパがいいですかね。
「つまりは、保護した女児の安否が気になって仕方がないと」
それに尽きるようです。トビアスをはじめとした第二全員のこの状況の理由が。
第三が下手を打ったという話は聞いていました。
あそこは綿密に計画を立て、それを遂行するに長けた部署で、だからこそ捜査、捕縛を主としています。逆に、イレギュラーに壊滅的に弱い。臨機応変な対応というものを不得手としていて、一つ歯車が狂うとガタガタになります。
逆に我が第二は、臨機応変しかありません。魔獣も盗賊も、ただ攻撃してくるだけですからね。その場その場で対応して殲滅するしかないんです。
閑話休題。
第三が突入した際にイレギュラーが起こり、囚われていた子供たちが王城のさまざまなところへ転移してしまった。
そのうちの一人が不幸にも第二に飛ばされてきたので保護していたが、先日第三に引き取られていったと。
「それで、それのなにが問題だというのですか。第三の案件が第三に戻っただけでしょう。我々の手は離れたのですから気にする必要などないではありませんか」
そもそも、この第二に幼子など。その子にとっても不幸でしかないでしょうに。
「五日も過ぎているのなら、親元に引き取られているか、孤児院へ移されているでしょう。少なくともここにいるよりは幸せな生活ができていますよ」
「う…………」
核心をついたのか、トビアスが口を閉じます。
「さあ、いい加減仕事を進めてください。ずいぶん溜まっているようですし、私の報告もあります。私はあいつらに喝を入れて…………」
「けどなあ、ベンツ」
踵を返し、部屋を出ようとした私をトビアスが止めました。
「不幸っだったってことはないと思うんだ。少なくとも、俺たちは楽しかった」
「は?」
四歳児の世話が?
「…………まさか、虐待…………」
「してない! ちゃんと世話してた! いや、する必要がなかった………… いやいや、むしろされてた」
…………なにを言っているんでしょうね、この人は。
「まあ、ちょっと見てみてくれよ。驚くぞ」
そしてクスリと笑います。
もう既に驚いていますよ。能天気だけが取り柄だったはずのここの、この陰鬱な雰囲気に。
これ以上、なにを驚けと。
とにかく、私は部下たちを叱咤するために、まだトビアスの右手に張り付いていたジェレを呼び戻し、団長室を後にしました。
++++
目覚ましが鳴ると同時に止めて起きます。
いつもの時間。ささっと身だしなみを整え部屋を出て、締め切ったままの廊下のカーテンを開けて陽光を取り入れ、一日の切り替えをするのが、私の最初の仕事です。
なにしろ、どいつもこいつも酒におぼれて夜更かしをして、廊下や居間で転がっているような奴らばかりですから。
この半月ほど、私が留守にしていたせいで、なおさらだらけているはずですから、ここで一つ喝を入れなければ……!
……明るいです。
廊下のカーテンどころか窓まで開いて、早朝の空気が漂っています。
おまけに、廊下に誰も転がっていません。
どういうことでしょうか。
ははあ。
廊下で騒げば私に叱責されると思って、居間に絞ったんですね。
酒瓶が倒れ、グラスが割れて、つまみが散乱した中で、死屍累々と床を埋め尽くす酔っ払いども。
そういうやつらには、強化訓練が必要でしょう。
この半月、実のないことばかり延々と話し続けるお偉方の横で、いろいろ考えてきたのですよ、新たなメニューを。
さあ、どれを……
居間に、酔っ払いはいました。酒瓶も倒れていました。
が、3人だけ!?
しかも、ソファーで!?
テーブルの上にしか酒がこぼれていない、だと!!!?
「あ、副団長、おはようございます」
「……お疲れ様です」
「おはようございま~す」
「おはようっす」
「げ、副団長、もう帰って来たんですか~? もっとゆっくりで良かったのに~」
「そんなことを言うものではなくてよ。副団長、お帰りなさいませ」
立ち尽くしている私の横を、次々と起きだしてきた騎士たちが通り過ぎていきます。
……………………
髪が……跳ねていない?
隊服を着ている?
ひげもきちんとあたっている!?
朝の起き抜けから身だしなみが整っているだなんて!
いえ、それよりも。
「おはようございます」?
「お疲れ様です」?
なんですか、それ!
挨拶、挨拶ですね!
それは知っています。知っていますが。
ここに配属されて三年、そんなものを聞いた覚えがないんですが!?
そういえば、昨日も「お帰りなさい」と……
……夢でも見ているのでしょうか。
ちょうど朝ごはんだったので、みな次々と席に着きます。
「ベンツ、どうした? 座れよ。おい、ベンツの場所空けろよ~」
「あ、はいはい」
欠伸を噛み殺しながら降りてきたトビアスが声をかけると、正面の空いていた席の左隣が、一人ずつズレて空きました。
ズレるのですか? 手前の空いている場所で済まされるのではなく?
上司としての扱いを受けるだなんて!
促されるままに腰を下ろし、食事を始める段になると、
パン!
音が響きました。
なぜか、皆一斉に手を打ち鳴らします。
一体何を……
「「「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」」」
食べ始めました。
肘もつかず。
立膝もせず!
最年長者として。唯一の妻帯者として。恥ずべきところのない隊にしようといろいろ手を尽くしてきたのに何ら変わることもなかった奴らが!
なにが起きた…………




