被害者でした
2
『やっと寝たか〜。おい、起きろ』
ゆさゆさとゆすられる。
「なに…………、もうちょっと寝せて、あと5分…………」
『そんなにのんびりしてる暇はないんだよ! 寝てる間しか話せないんだから。ほら起きろ!』
がっくんがっくん。
「もー…………」
諦めて、むっくりと起き上がる。擦りながら眼を開けた。
真っ白だった。
違和感がすごい。何がどうとは言えないけれど、とにかく「いつもと違う」ことはわかる。
どこ? ここ。
壁もなければ床もない。天井もない。どこまでも広がっているようで、ものすごく窮屈にも思える。何もなさすぎて、どういう体制を取ったらいいのかわからなくてわたわたしていると、
『はあ〜 座れば?』
ぽん、と目の前に踏み台みたいな丸い木の椅子が出てきた。
体を支える何かがほしくて慌ててしがみつく勢いで座る。
固定されて支えができて、ホッとした。
『ったく、なんで入れ物に入ってんのさ。困るんだよね〜。勝手に設定までしてくれちゃってるし〜』
いつからいたのか、背もたれと肘掛け付きで、クッションが良さそうな布張りの椅子にふんぞり返った濃密な金色の髪のそばかす浮かせた男の子が、目の前で口を尖らせている。
『どうせなら一人で生きていけるくらいの年齢になっててくれたらいいのに、なに子供になってんのさ。関わる人間増えるじゃない』
「…………は?」
『なるべく穏便に済まそうと思ってたのにさ〜。なんで消えててくれないかな。あ〜、めんどくさい。まあ、保護者もできそうだし、目立たず大人しく生きといてね? 騒ぎ起こさないでね、バレるから。当たり障りのない平々凡々な一般的な平均的な設定しとくから、その他大勢に埋もれといて。そしたら見つからないし、平和でしょ? お互いwin-win。言うことな~し! さあ、とにかくさっさと終わらせたいから、設定直接流すよ。動くなよ?』
ペラペラ喋りながら、男の子が掌を額に当ててくる。
「え? ちょ、待って………!」
『愚か者!』
白い空間を雷が切り裂いた。
肘掛け付きの椅子の破片が散る。
男の子が、あるようには見えないけどあったらしい床にドスンと落ちて転がった。
『いててて…… なにすんだ………… げっ!』
『それ相応の対処を成せば目溢しもやぶさかではないと思っておったに、ごまかすことしか頭にないようだな。ヴュルム・ダルマク殿、弟御の始末はいかようにおつけになるおつもりか』
筋骨隆々、がっしりとした男性が、中途半端な位置に持ち上げた手の指先に、バチバチ火花を散らしながらぎろりと睨む。黒髪を角髪に結い、前腕と脹脛で紐で絞るゆったりとした白い衣に、皮でできたらしい胸当てに脛当て。そしてあぐらをかいている。………空中で。いや、空中じゃない、あるものの上であぐらをかいている。
………大丈夫なんだろうか、痛そうなんだけど。てか、ほんとなんだ、あれ。
『いつまでも子供で情けないことで申し訳ないな。五百も過ぎて未だこれとは。こちらの躾が至らずご迷惑をおかけしたこと、面目次第もない』
もう一人は少し線が細めの、すそを引きずるほどの、薄絹を何枚も重ねたふわりとした長衣を着た淡い金髪の男性。並んで立ち深々と嘆息し、『な、な、な…… 兄上、なんで、ここ』とかわめいている、男の子の背中を、げしっとばかりに踏みつけた。カエルがつぶれたみたいな声がする。
『さて』
ヴュルム・ダルマクと呼ばれた男性は、そのままにっこり笑ってこちらを向いた。
『山本道子、で違いはないかい?』
「あ、はい」
思わず、背筋が伸びた。
『なにから話そうか。そうだな、まずはここがどこか。ここはヴュルムという名の世界の際だ。そして私はダルマクという』
世界。
やっぱりそういう話になるのか、この状況。まあ、予想はしてたんだけどさ。
ちなみに、弟(?)くん、足の下で顔色悪くなってるけど、大丈夫かな?
+++
世界というのは、それこそ数限りなくあるらしい。
その世界にある魂の管理は、その世界の神の役目の一つだそうだ。
入れ物ひとつに魂がひとつ。入れ物が壊れれば魂が迷い出る。それを捕まえリセットをかけて新しくできた入れ物に入れる。そうしてぐるぐる使い回す。
ただ、同じ世界で何度も回すと、魂がだらけてくる。だらけた魂は総じてろくな事をしでかさない。故にキリをみて違う世界に移動させてリフレッシュを図ることになっている。
違う環境で一からスタートした魂は、いい功績を残すことも多く、移動した側の世界にも利益をもたらし、言うことなしだ。
無論、その際、送り出す側と受け取る側との譲渡契約を交わし、ひとつ出せばひとつ受け取るという物物交換によって、魂の数を一定に保つ。それで仕組みがうまく運ぶ。
………普通なら。
何事にも、例外というものが存在するのである。
たまにだが、契約を交わすことなく、魂が世界を移ってしまうことがあるそうだ。
大抵は、入れ物は保っているのに、何らかの理由で魂が消えてしまった場合だ。形を保っているし動いてもいる。なのに中身だけがない。新たな魂を入れねば入れ物が暴走して、大事件を起こしてしまったりするそうだ。
そういう事態を避けるためにも、迅速に、新たな魂を入れてやらねばならない。己が世界で余っている魂があればそれを入れることで事足りるのだが、なかった場合が問題だ。これは非常事態にあたるらしく、近隣の異世界を探して、運よく余っている魂があれば、手続等を省いてでも入れることが許容されているとのことだ。
もちろん、後日先方へ報告はする。そして、それに異を唱えられることはほぼない……
+++
『なにせ、魂の数って多いんだよ。毎日毎日、何億っていう数の魂の移動して。それでも一つ一つの管理の手は抜けないってね…………』
うんざりしたように、ダルマクが嘆息する。
『なのに、記録にない魂が増えているから、抜け殻ができた緊急事態かと思って確かめようと思っていた矢先に問い合わせが来てね』
「ということは、やっぱり私は死んだんですか」
魂が入れ物なくしてフラフラしてるところを、これ幸いと別世界とやらに掻っ攫われたということかな? 死んだ覚えないんだけど。
しかし、正面の御二方は互いに視線を合わせ微妙な顔をする。
『………先ほど、魂が入れ物を離れるのは、入れ物が壊れた時だと言ったね』
ダルマクさんの声音が、気の毒そうなのは気のせいだろうか。
『それ以外にも、離れてしまうことがないわけではないんだ。例えば、そう、大あくび をした時』
「 ………は?」
意外すぎて聞き返す。
『うん。大あくび をしているときに、私たちのような者の力が加えられると、飛び出してしまうことがあるんだよ、これが』
『案外簡単に出ちゃうんだよね~』と、アハハと笑ってる。
あくび……… した、かな? したような気が、しないでも、ない、かな?
『しかし、それきりということはない。出てしまったものを捕まえて押し込めばいい。それで元通りに………』
『ええっ?』
ダルマクさんの説明が、叫び声にかき消された。
それまで兄に踏みつけられたまま、ダルマクさんを上目遣いで見上げていた男の子が、それを押しのけはね起きたのだ。
『そ、そんな! それだけで良かったの!? うそだ!』
『教えただろう! 何も聞かずに居眠りばかりするからこうなるのだ! この、バカ者が!』
ギャンギャンと、二人がケンカしだした。
ということは?
『はじめての異世界旅行に浮かれて駆け回り、人にぶつかり魂を跳ね飛ばし、証拠隠滅を図って己が世界へ放り込んで知らぬ顔を決め込もうとしたバカのせいでこうなっている』
残った角髪の男性の説明が、ものすごくわかりやすかった。
なるほど。
で?
これからどうなるんですか?