あそびました
床に薄いマットを敷いた簡易の寝床で起き上がった。これで腰も背中も痛くないって、子供の体ってすごいわね。どうりでどこでも寝落ちできるわけだ。「前」のわたしがしたら、1時間近くはあちこちバキバキ言わせてたはず。
会議室のこっちの端に女子が、あっちに端に男子が分かれて雑魚寝。衝立も何もない。ハイジちゃんは12だぞ? まったくなってない。
でもまあ、まだ子供だもんね。寝顔が可愛い。おばさん、ほっぺが緩んじゃうよ。
くうくう寝てるチビちゃんたちの間をすり抜けて窓に寄る。
窓辺に椅子を近づけて、カーテンを開けて窓を開ける。
明るい陽光、涼しい風。
うん。いい天気。
パンパン、柏手2つ。お日様にいの…… いや、お日様を拝んだ。
『祈る』は怒られるらしいので、『拝む』でいいんじゃないかな。つい口を滑らせても安心でしょ。
きらきらきら。
ここでも光の粒が転がって、部屋の隅でもふよふよして、ついでに吹いてきた風に乗ってさらっと他の粒も通り過ぎていった。
今の! 風かな!
第二の中にはじまって、建物の中をころころ転がりだしたのは、大雑把に言えば《家の神様》の眷属だと思う。確か、玄関とか屋根とか柱とか。台所にかまどにトイレまで。各種神様がいてタッグを組んでいたはずだ。部下もまた然りだろう。そこでわたしは彼らを《ヤナリーズ》と呼ぶことにした。言うまでもなく《鳴家》から。
じゃあ、風はなんだろうな。 風の神様の眷属。天狗みたいなの? 天狗だったらいいな。格好いいし!
《テングー》にしよっと。
人に想いをかけられてこその神であり眷属で、忘れ去られてふて寝を決め込んでしまった彼らは、その間にいろいろ忘れてしまうらしい。姿形や名前とか。
『次はお前が《設定》する巡りだな』
建御雷神がそう言った。
丸投げされたんだから、好きなように呼んでもいいよね。いいことにする。していいはずだ。
でも、『わたしの周りだけ』じゃだめなんだろうなあ。どこにだって八百万は神様は居るはずなのだ。国が違っても、世界が違っても、そこにあるものは大差ないんだから、そこに宿るものだって変わらないはず。
気がつくかつかないか。それだけだと思うんだよねえ。
それを『信仰権』なんてもの作って、気づくチャンスさえ無くしてるなんて、バカではなかろうか。
崇めるもの、讃えるもの、尊敬するもの、頼るもの。
寄り添うもの、愛でるもの、護るもの、共に行くもの。
そういうものが溢れている世界ほど、素晴らしいものはないと思う。
…………見てろ! こうなったら、わっさわっさ増やしてやるんだからな!
社畜で時間に追われていた時でさえ、通勤途中の小さな神社が救いだった。
愚痴も願いも言いたい放題。聞いてもらうお礼にお布施も弾んだ。
そういえば、今年は初詣に万札突っ込んだっけ。
年末も年始も仕事だらけで、ボーナスの使い道さえ思い浮かばなかったから。
あのお賽銭が、神社の維持に役立ってたらいいなあ。
「あれえ、エルシアちゃんもう起きてるの? あ、もしかしておねしょした?」
起きてきたクララちゃんがとんでもないことを言う。
「だ、だいじょぶだもん!」
「ほんと〜? あれ? ほんとだ濡れてない。エルシアちゃんえらいね〜」
疑わしげに布団を確認されて褒められても、あんまり嬉しくない。
「で? 何してるの?」
「おひさまにありがとうって言ってた!」
「ありがとう?」
「でてくれてありがとうって。てをパンパンってして、こっちだよってしてからね。がんばれ!って」
「なるほど? 確かにお日さまのおかげだもんね、野菜が採れるの。じゃあ、わたしもしとこっと」
こう? って確認しながら柏手二つ。
うふふ。拡散、拡散〜。
「おやさい!おいしいよね!」
「野菜好きなの? そういえば、晩ごはんのにんじんも食べてたね」
「すき〜! トマトもキャベツもおいももすき!」
そう。
ここの食事は比較的野菜が多い。第二にいたときはがっつり肉系だったので、てっきり肉まみれ生活なのかと思っていたが、どうやらあそこだから、だったようだ。野菜ゴロゴロのポトフの美味しかったこと! サラダもトマトスライスもとってもおいしかった!
「うちの六つの弟よりえらい…………」
「あ、あははは…………」
四つってもっと好き嫌いあるもんだっけ? 昔すぎて忘れたわ!
「あれ? 早起きねえ。エルシアちゃん、眠くない?」
「ねえ? 早いよね」
「4つとかって10時くらいまで寝てるでしょ。 あ、でも今日もいい天気ね。お洗濯がよく乾きそう。あー、シーツとかまとめて洗えるのにっ!」
目をこすりながら起きてきたアーデルハイドちゃんが、空を見上げながら口を尖らせた。
「おせんたくもおひさまありがとうだね!」
「そうだね」
「なになに?」
そして再び説明。再び柏手。うんうん。
「早く帰りたいよね」
「そうよねえ。帰れるようになったのに帰してもらえないって、腹が立つわ! さっさとツルピカになってくれないかしら!」
「あははは。いっそのこと剃っちゃう?」
「剃るだけならまた生える」
「やっぱりやるなら徹底的にだよね」
「そう」
反対側の布団にいつのまにか座り込んでいた少年二人が、一人はニヤニヤ笑い、一人は無表情に参加してくる。
不穏な雰囲気なのはおばさんの気のせいかな。
「とりあえず、顔洗っちゃおうか。エルシアちゃんできる?」
「できましゅ!」
「なんでもできちゃうんだね〜 昨日も一人で頭洗ってたもんね」
「そ〜。久しぶりにちっちゃい子のお世話したいのにっ」
「アーデルハイドちゃん、手がわきわきしてるよ。気持ちはわかるけど」
そういうクララちゃんも、昨夜は圧が凄かった。
ちっちゃい子(「前」のわたし的に)の手を借りるのも気が引けたし、そもそも第二じゃ一人でやって褒められてたので、ちゃっちゃと身支度済ませたら、二人揃ってあからさまにガッカリしてたのよね。
…………しょうがない。
「あのね、おねえちゃんたちといっしょのあたまがいい」
アーデルハイドちゃんのおさげを引っ張ったら、二人の目がキランとなった。
「編んであげる! 編み込みしてあげる!」
「ふわふわがいいかも! 絶対かわいいわ!」
「いいわ、それ! ゆるふわよっ!」
「昨日つけてた髪留め使おう! キラキラしててとても綺麗だったし!」
「シャイロー! エルシアちゃんのカバンから髪留め出して!」
「わかった」
シローくんがわたしのポシェットから、アライダさんにもらったラインストーンキラキラの髪留めを持ってきてくれる。
「ありがとー」
「いや………… あのカバンとか、どうした」
「だいにのおにいちゃんやおねえちゃんにもらったよ?」
「へ、え…………」
なにやらかすかに顔がこわばった気がする。
む。
また、第二がそんなことするわけがないとか思ってるな。
「しんしぇつだったの!」
「あ、うん。…………だろうな」
意外に、反論せずに、ため息つきつつ元の場所に戻っていった。
朝食の後。
ぼーっとしていた。
ただ、ぼーっと。
女の子たちは、いまだわたしの髪の毛をいじって、あーだこーだと盛り上がっているが、少年たちは壁によっかかったり床に転がったりしてる。
窓の外を見ると、相変わらずいい天気なのに。
「ねえ。おそとであそびたい!」
無邪気そうに言ってみるが、アーデルハイドちゃんの眉が下がってしまった。
「お外、行けないのよ」
「どーして?」
「部屋から出るなって」
「どうせ、自分が取り調べたくなったときに、すぐにぼくらを呼びたいだけだろ」
床にコロコロしていたハロルトくんが、バタンと両手足を投げ出しながら吐き捨てる。
あの親父。
足止めするならするで、せめて遊び道具ぐらい用意しなさいよ。部屋の中、本当に何もないの。せいぜい、紙とペンぐらい。それも、いつか会議に使った残りみたいに、隅に固めてある。
わたしはとことことそこに歩いて行って、紙の束とペンを数本持ってきた。
ハロルト君の横の床に腰を下ろして、紙を床に置く。そして、線を二本…… ありゃ、まっすぐ引けない。平行線を二本引きたいのに線が躍る! おのれ、四歳児の握力ってこんなに弱いのか!
「なにしてんのさ。線引くの?」
うーうーうなりながら挑戦していると、ハロルト君が起き上がってシャッと二本線を引いてくれた。
「ありやとー。たてにもにほん!」
そして、出来上がる『井』の形。
「おにいちゃん、どこかに〇かいて!」
「まる?」
小首をかしげながらも、右下の隅のマスに丸を描く。
「つぎ、わたし~」
左下の隅にヘロヘロのバッテン。
「つぎおにいちゃん~」
「ん~」
一番上の真ん中に〇。
「わたし~」
一番上の左側。
「おにいちゃん~」
真ん中の段の右。よし!
「わたし~」
左の真ん中にバツ!
「さんこそろったからかち!」
繋いだ線を引いて、バンザイ!
「……は?」
ハロルト君が目を丸くして、紙とバンザイした私を交互に見る。
「え? ちょ、もう一回!」
またシャッシャッと『井』を描くハロルト君。
うふふ、のってきたな。
「かち~」
「くそ、もう一回だ!」
「ちょっと何してるの?」
「おもしろそう! わたしもやる!」
「……真ん中に最初にまる……」
「しー!しー!」
シロー君! タネをばらすな! もう気が付いたのか。おそろしい子!




