信じがたいことだけど(第三文官)
私は食事を会議室に届けたその足で、自分が所属する第一捜査課へ戻った。
パウリーネ・ファル。第三騎士団第一捜査課に所属している文官が私。勤務して5年、新人でもなく古参でもなく、中途半端な中堅どころ。あ~、早く結婚したい。
とりあえず、あの子のことは年長の子供たちがいるのだから、任せておけばいいだろう。実際、幼い子供がいたときはあの子達が面倒を見ていたのだし。
何より、しなければいけないことは山積みなのよ。
今までに捜査資料の洗い直し、証言の裏どり。それを元に、奴隷の売買を立証しなければならない。契約書の類や客とのコンタクトを取った手紙。そして不当に得た金銭などが出てくれば話が早かったのに、証拠隠滅の為のあの火事は、小屋の跡地から出てきた地下室さえも焼き尽くしてしまった。
本当にあと一歩だった。
一網打尽にし、子供達を保護すると共に証拠を押さえて追い詰めるはずだった。
打ち上げする店も決めてたのに!
なのに、それが目の前で灰に帰した上に、子供たちが四方八方に飛ばされて。余計な仕事まで増えてしまった課長の苛立ちはよくわかる。わかるのよ。けどね。
(あれはないわよね〜)
子供たちに対する態度はいただけない。
高圧的に、何か見たはずだ、なぜ見ていない、同じ部屋だったんだぞ、あの階段を誰が降りて行った、思い出せと、毎日呼び出しては何度も何度も繰り返す。
最初は怯えていた子供たちも、今となっては仏頂面を隠そうともしなくなってしまった。
まあ、当然よね。
行き詰まっていたところで、最後の一人を思い出したらしい。
他部署に飛ばされて、保護という名の預けっぱなしにしていた子供のことを。
場所が場所だけに行きたがらない部下を怒鳴り倒して引き取ってきたのはいいけど、まだ四歳。しかも! あの! 第二に! 保護されていたという可哀想な女の子相手に…………
呆れはしたが腐っても上司だからとりなすのをためらっていたら、なんと今度は女の子がブチ切れた!
信じられる?
四歳児らしく舌ったらずなくせに、出るわ出るわ次から次へと。
いやもうすごかった。
課長が顔真っ赤にして固まってたものね。
しかも、きっかけはどう考えても第二が落とされたこと。
これは一体どういうことなのか。
その疑問を解消してくれるかもしれない後輩が、まだ残業しているはずだからである。
「何にも覚えてないから無理です〜っ」
ドアを開けた途端、そんな叫びが飛び出てきた。
見れば、クルトがえぐえぐ泣きながらペンを握っている。
「無理と言っても迎えに行ったのはお前なんだから、報告書を書け!」
「だって怖かったんですよ!? 猪団長は真っ正面から睨んでくるし、周りぐるっと取り囲まれるし。あの中に、絶対《狂乱の千剣》も《雷縛》も居たんです! おまけに《三女帝》に退路断たれるし! だいたい、ハエ殺るのも投げナイフですよ!? ぼくの顔ギリギリ…………っ。 頭真っ白なんです〜っ」
…………無理かもしれない。
++++
泣き喚くクルトが鬱陶しかったのか、私が顔を出した途端、先輩にクルトを丸投げされた。
仕方なく、正面の自分の机に腰掛ける。
「で? 行った感じどうだったのよ?」
「怖かったです!」
間髪入れず返ってきた。
「そんなに?」
「そんなにですよ! 着いたら最初、お嬢様っぽい優しげな女の人が出迎えてくれたんですよ。なんかちょっと睨んできてる気がしたんですけど、深窓の御令嬢ってやっぱり男に慣れてないんでしょうね。そこがちょっと可愛いなって思ったり…………」
…………大丈夫かしら、この男。
物理特化の野獣の巣である第二にいる時点で、そんなはずはないじゃない。
「だけど! 団長室に案内されてすぐに、別の可愛い系の女の子があの子連れてきて。この子も可愛かったんですよ! 元気系で! なんで第二にばかり美人がいるんでしょうね。ずるいと思いません? とにかくその子がドア閉めた途端に、部屋にいた知的クール系の人と三人ぼくの背後に並んで立って、退路断つんです! 《三女帝》だったんです! 裏切りですよね、これ!」
…………少なくとも、裏切ってはいない。単なる思い込みである。
「真っ正面にワーグナー団長が座ってたから、ぼくは子供を回収しに来たってすぐに伝えたんですよ? 仲良さそうなフリしてたけど、いきなり落ちてきた子供なんて邪魔じゃなだけじゃないですか。だからサクッと引き渡してもらって退散するつもりだったんです! 怖かったし! なのに、団長ペンを握りつぶすし、あっちこっちでなんかショートし出すし、今にも斬りかかられそうな雰囲気になって! ぼくもう殺されるかと思いました! 子供引き取りに行って殉職って冗談じゃないですよ! 生きて今ここにいるのって奇跡だと思います〜っ」
感極まったのか、再びえぐえぐと泣き始める。
「クルト」
「は、はい〜っ」
「覚えてるじゃない。報告書、しっかりね」
「覚えてないです!無理です〜っ」
クルトの悲鳴を背中に部屋を後にした。
「仲が良さそうねえ」
ふむ、と考え込む。
担当した子供の行き先を手配するのも、また、担当者である。
「候補に入れておくべきかしら」
とても信じられないけれど。




