もう一回切れました
馬車が停まる。
どうやら到着したらしい。
「報告してくるから、ちょっと待ってて」
まず、クルトさんが降りていった。
四歳児を一人馬車に残すんじゃないわよ。ドアも半開きよ? 脱出して隠れてやろうか。
まだむかむかしていたわたしは、よからぬことを考えながらこっそり窓から外を覗き見た。
うろうろしている。
4,5人、クルトさんと同じ格好をした人が、こちらをちらちらと気にしながら、遠くもなく近くもない距離でうろうろしていた。
そのうちの一人の女性と目が合ったので、条件反射的にぺこりと頭を下げる。
「その子!」
ものすごい勢いで、走ってきたかと思うと、
「無事だった~~~~っ?」
ドアを開けた勢いそのままに、力いっぱいハグされた。ものすっごい豊かなお胸に。
「よかった! 手遅れだと思ったのよ! みんな怖くって意識的に後回しにしてたのよ。ごめんね! 無事ね、生きてるのね! もう安心していいからね! 私が付いてるから! ちゃんと身元調べておうちに返してあげるからね! だから、だいじょう…… あ、あら? ちょ、ちょっと、大丈夫!!?」
息ができなくて、気が遠くなりました。
第二の方が安全だと思います。
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目を覚ましたら、めっちゃ謝られました。
パウリーネさんと言って、ここでのわたし担当のお世話係をしてくれるそうです。
「よろしくおねがいしましゅ」と頭を下げると、「なに!? むちゃくちゃいい子なんですけど!?」とまたハグされました。ステイステイ。また死ぬから。
その後、クルトの奴が言っていた通り、お医者さんの診察を受けた。パウリーネさんによって死にかけたからではなく、『今まで』の怪我の有無を調べるためだそう。捕まっている間(捕まってないけど)、そして保護されてる間。
……当然! かすり傷一つありませんけどね!!!
意外そうな顔するな。なんで隠さなくていいのよ、とか言うの。ここだけの話にするから大丈夫よ、とか。
だから、第二のみんなをなんだと思ってる。
驚いたことに、どうやら、そういう考えの人が大半らしいとわかって、わたしは呆然とした。
どうゆうことよ?
なんでそうなる。
そして、わたしは四歳児。
思ったことを口にしていいお年頃。
言ってやりましたわよ。
「じゃまれ、おっしゃん!(黙れ、おっさん!)」
…………舌ったらずは、サマにならんかった。
++++
場所は第三の隊舎の一室。テーブルと椅子があるだけに殺風景な部屋。
医者による診察の後、間をおかず連れて来られた。
わたしの正面には、微妙におでこがテカった中年の男性。あがきの跡が前髪の撫でつけ具合に見て取れる。彼は資料らしいものを広げて、それをチラチラ見ながらいろいろ質問をしてきた。その横には書記だな。ほっそりとした神経質そうな人が、ずっとカリカリ何か書いている。わたしの横にはパウリーネさんがいて、壁際には白い長衣を着た医療関係におばさんが控えている。
名前は? 年は? どこに住んでいた。家族構成は。いつ捕まった。何をしていた時だ。どうやって捕まった。捕まってからどんな目に遭っていた。どんな奴らが居た。なにを話していた。どんなことでもいいから思い出せ…………
名前や年はともかく、後はこてんと首を傾げといた。
元々そんな情報持ってないし。
これ、まるで尋問じゃない?
四歳児にする対応か?
「なぜ答えない!」
いきなり男性が大声を張り上げた。
「いくら幼いとは言え、一つや二つ答えられるだろう。少しでも多く情報を集めて奴等を徹底的に潰せば、俺の手柄になるんだ! まったく、どいつもこいつもろくに話しもできんガキばかり。一つも役に立たんじゃないか!」
うわあ…………
このおっさん、最低じゃない?
「…………わかった。第二だな? あいつらに言い含められたんだな? は! 相変わらず低脳な奴らだ! 薄汚く魔獣でも狩ってれば良いものを、俺の邪魔までするとはな! あんな猪野郎どもの言うことを聞いても良いことなんかないぞ? あそこにいる間に骨身に染みただろう。 脅されたのか? 何をされた。言ってみろ。この機会にあいつらも叩き潰して…………!」
「……うるしゃいわね! じゃまれ、おっしゃん!」
しーんとなった
「しゅきかってなことほじゃいてんじゃないわよ、このしゅっとこどっこいが!(好き勝手なことほざいてんじゃないわよ、このすっとこどっこいが!)」
「な、な、な……」
顔を真っ赤にしてこっちを睨んでくる油ぎった顔を、真っ正面から見返す。
「こじょもたちがはなしゃない? そんなのちょうぜんでしょ? あなちゃ、ばかなの? ばかでちょ⁉︎ ゆうかいされてとじこめられて、こわいめにあってちゃのよ! こんなしゃっぷうけぇなちょころにちゅれちぇこりゃれて、まっちょうめんからちょいただしゃれちゃら、いちゅくしてちょうじぇんじゃない! もっちょはなしやしゅいふんいきぢゅくりからはじめにゃしゃいよ!(子供達が話さない? そんなの当然でしょ? あなた、バカなの? バカでしょ⁉︎ 誘拐されて閉じ込められて、こわい目に遭ってたのよ! こんな殺風景なところに連れてこられて、真っ正面から問いただされたら、萎縮して当然じゃない! もっと話しやすい雰囲気づくりから始めなさいよ!)」
いつもより、余計に呂律がまわってないけど、気にしない!
「こ、このガキ…………!」
「課長!課長、ダメですよ! まだ子供なんですから!」
パウリーネさんの静止の声がする。
課長か、中間管理職だな。手柄を立てて昇進したかったか。
そんな小物にみんなを侮辱する権利なんぞあるか!
「しょれに、じゃいにのこちょわるくいうんじゃないわよ! みんなのほうがよっぽどしんしぇつだっちゃしやしゃしかっちゃわよ! むしろ、いま、あんちゃにおどしゃれてるわよ、わたし! なんにもしりゃないけど、しってても、あんちゃには、じぇーっちゃい、ひとっつも、はなしちぇやんないわ! じゃいっきりゃい! (それに、第二のこと悪く言うんじゃないわよ! みんなの方がよっぽど親切だったし優しかったわよ! むしろ、今、あんたに脅されてるわよ、わたし! 何にも知らないけど、知ってても、あんたには、ぜーったい、ひとっつも、話してやんないわ! 大っ嫌い!)」
レロレロマックスで叫んでるうちに視界が滲んできた。
ああ、まじめに怒ると泣けてくるんだ。
「な、なに言ってるかわからんが、言ってることはわかるぞ! バカにしたな!? この俺をバカに…………っ」
「はいはいはい! わかりました! わかりましたから! 今日はここまで! はいおしまい! また明日!」
パウリーネさんにがっつり担ぎ上げられて部屋を飛び出した。
ぎゃーぎゃー喚くドアがどんどん遠ざかって行く。
…………またやった。
だから役職に縁がなかったのよね。
好きなものを落とされると、我慢ができないと言うかなんというか。
「大丈夫〜?」
抱っこしなおされて、覗き込まれた。
ふーふー言ってたのが静かになったので、気になったらしい。
「…………ごめんなしゃい」
「いいのよ〜、課長も大概だと思うし。検挙して終わりのはずが、あなたたちが飛ばされちゃったじゃない? 苦情は来るし、手間は増えるし。それにあそこが重要書類の隠し場所だったらしくてね、火がつけられたのって証拠隠滅が目的だったみたいなのよね。だから詰めきれなくて、課長、キリキリしてるのよ。って、こんなこと言ってもわかんないわよね。ごめんね〜」
…………いえ、わかります。
八つ当たりじゃん。
「でも、パパたちわるくいうりゆうになんないもん」
「え? 通じてる!? ま、まあそうよね。 ワーグナー団長と仲が悪いってのもあるからね〜 学園同期なのに先こされて面白くないんでしょうね。 でも、あの人たちが怖いのは事実だし。だから、早く引き取りに行ってあげなきゃいけないってわかってても、みんな行きたがらなくて結局最後に………… って、え? パパ? パパって言った!? どういうこと!?」
「だんちょうしゃん、パパ」
「はあっ!?」




