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まずは設定からですか?  作者: 天野 陽羽
〜い〜
13/72

お迎えが来ました



 今までは、カチュアさんの部屋を間借りしていたから、自分の持ち物というものはほとんどなかった。服も恐らく保護した子供用かなんかだろう、微妙にサイズが合わないくたびれた服だったし、高さの合わない椅子もクッション山積みにしただけだったし。

 それでも特に不自由はしていなかったし、不満もなかった。だって、楽しかったもの。

 会社とマンション往復だけで人生終わりかけてたアラフォー社畜にしてみりゃ、もう楽園だしね!


 なのに、あの日から、なんかいろいろと届けられる。


 まず最初はカチュアさんだった。

 ピンク色の、リボンいっぱい、フリルいっぱい、ふわっふわのワンピース。

 いやいやいや。どこのアイドルの衣装ですかっ?

 ドン引きしていると、アライダさんがダメ出ししてくれて、せめてリボンは全部とって来いと突っ返してくれた。できたら、フリルも半分以下にしてほしいかも。

 代わりに、アライダさんはキラキラとラインストーンが散りばめられた髪留めで、器用にわたしの髪をまとめてくれて、「小さな淑女ですわ!」とご満悦だった。

 モニカさんからは、本を一冊。四歳児に普通の本。いやまあ、読めるけども。……タイトル、ちょっと怖いんですけど!?


 ゲレオンさんは歩きやすそうな革のくつ……っ。 なにこれ重い!? にっこり笑って錘入りなのっ?

 フリッツさんは、ビンいっぱいのカラフルなキャンディ、箱一杯のクッキー。ついでにほっぺにちゅ。は? 「お兄ちゃんの役得~」って言ってた割には、あとで袋にされてた。コンラートさんはクルミ2個。なぜ。

 なんか物が増えたら、今度はヘルマンさんが小さなポシェットをくれた。そして、目の前でぽいぽい放り込んでいく。そこにあったものを全部きれいに放り込んで「ハイどうぞぉ」。……明らかに容量オーバーしてません!?


 そんなこんなで、二日が過ぎて。


 三日目の朝。


 むっくりと、いつものように広いベッドに起き上がる。

 あれ、床にカチュアさんがいない。夜中に一回腕が落ちて来たから、ベッドに一度は寝たはずなんだけど。朝の巡回かなんかかな。

 ベッドから起きて、東側のカーテンを開けて窓も押し開く。

 今日もいい天気だ。気持ちのいい風が吹いてくる。

 朝日に向かって柏手二つ。今日も良い日になりますように。

 すると、陽射しからこぼれるように、ころんと小さな光が転がった。

 床に落ちて、はねる。部屋の隅まで転がると、消えて、代わりに陰からふわりと別の光が浮いて、ゆらりと一周して消えた。


 台所とか居間とかでもたまに見る。


 これはきっと良い傾向。

 『起こす』ことに成功しているんではなかろうか。


 比較的、片付くようになったし、寝癖も減ったし、食事も肘はつかなくなった。パンイチはまだしつこく生き残ってはいるが、みんな、なんかこっちをチラチラ見ては、決まり悪そうにささっと居住まいを正すのだ。

 幅を利かせていた貧乏神の肩身が狭くなったに違いない!



 ゴソゴソと少し大きめのワンピースに着替える。本当はズボンが好きなんだけど贅沢は言えない。

 壁の鏡を見ながら、手櫛で髪をとかす。

 …………相変わらずの美幼女よね。

 未だに違和感半端ないわ。

 


「チビちゃん、起きてる〜!?」

 元気よく、珍しく朝からちゃんと隊服を着たカチュアさんがやって来た。


「お腹空いてると思うんだけど、こっちの都合も考えない、時間しか頭にない、お堅い陰気なお客が来てるから、ちょっと団長の部屋行こうか」


 

 団長さんの部屋。


 いわゆる“執務室”というやつだ。


 職場にあたるだろうから、あるのは知っていたが近寄ったことはない。公私混同はいけないからね。なにより今は四歳児、大人の世界に立ち入ってはいけない。

 なのに呼ばれた。着替えてから行く。例のワンピ。リボンが減っててホッとした。背中に唯一残ったそれが、体の半分ぐらいの大きさだったとしても!




 お迎えが来たんだな。




 

「陰気で頭でっかちなお兄ちゃんが、お前とお話ししたいって言ってるんだよ。だからちょっとお泊まりして来てくれるかな」


 団長さんがそう言ってた。


 お泊まりね。

 ちびっ子を抵抗なく送り出すにはいい言い訳よね。

 日常から外れた、ちょっとした冒険みたいなものだもの。子供にとっては「楽しい」ことだ。


 本当は、第二から第三へと、日常が変わるのだけれど。


 知っているけど、その心遣いは無碍にはしまい。

 はしゃぐ四歳児になり切ろうじゃないか!



 コンコンとドアをノックする。

「入ってくれ」

「おはよーごじゃいます!」

 …………ちなみに、本人的には「おはようございます」と言っているつもりだが、舌ったらずは現在進行形である。


 正面の大きな立派な机には、団長さんがいる。

 左に並んでゲレオンさんとヘルマンさん。

 そして残るメインメンバーが、ぐるりと壁に沿って並び、空いていた背後は、パタリと音を立ててドアを閉めたカチュアさんが陣取った。


 完璧なる包囲網。


 その中心に、メガネ魔法少年でお馴染みのローブ?を着た男性が、気の毒なほど真っ青になってガチガチに固まって立っていた。



 圧迫面接かな。



++++




 「おはようごじゃいます!」

「おはよう。早かったが眠くないか?」

「だいじょうぶ! みんなもおはようごじゃいます! きょうはみんなおりこうさん!」

 クルっと見回しながら言うと、あちこちから苦笑が混じったおはようが返ってくる。うん、良いことだ。来たばっかりの時は「お」もなかった。


「え? なんか、仲いい……?」

 それに混じって、戸惑ったつぶやきが聞こえてきた。声の方を見上げると、隣にいた男の人が、目を真ん丸にひん剥いてこっちを見下ろしている。


 見るからに新人の雰囲気を醸し出している、ヒョロヒョロのお兄さんである。

 子供の受取りなんて、つかいっぱしりの案件だろう。もしかしたら、これが初仕事なのかもしれない。だから緊張でガチガチになっているのだ。気の毒に。

 わたしにも覚えがあるよね。はるか遠い昔のことだけどさ。上司も先輩も鬼に見えるし、顧客は敵に見えるし、商談なんてラストミッションよ! 前の晩なんて、寝れたもんじゃなかったわ。

 このお兄さんの真っ青な顔色も、きっと寝不足に違いない。


「うん、なかよしさんなの。はじめまして。おにいしゃんはだあれ?」

 挨拶と自己紹介は大事よ? 社会人の常識ね。

「あ、は、はじめ、まして? ぼ、ぼくは、く、クルト・アメルン。き、きみは(ヨット)の……」


 バン!


 大きな音がして、びっくりした。


「ああ、すまん。虫がいた」


 団長さんの手が、机を叩いた音だったらしい。


 

「い、いえっ。それで、きみはヨッ………」


 キラリと光りながら、何かがお兄さんの顔の横を掠めていった。直後、タン、と背後のドアで音がして、見ればそこにナイフが一本突き立っていた。

「…………」

 お兄さんの髪が一筋、ハラリと落ちる。

「団長、虫ってあれっすか?」

「ああ、そうだな」

 ゲレオンさんの言葉に団長さんがうなずく。

 よく見れば、確かに小さな羽虫が縫いとめられていた。

 あんなちっさいのに!


 …………は!


「ゲレオンしゃん、あぶないの! ナイフなげたらめっなの!」

「ごめんごめん。もうしないっすよ〜」

 ヘラヘラ笑っているけど、もう何度目よ。こっちは真剣に怒っているのに〜!



「あ、謝ってる…………」

 隣のお兄さんが、マジに引き攣っている。


「おにいしゃん、おかおだいじょうぶ? びっくりした?」

「あ、うん。だ、大丈夫。そ、それでだね。きみが奴隷商に拐われてて、こんなところに飛ばされちゃった子かな?」


 …………いろいろツッコミどころが満載の言葉選びだね、お兄さん。

 だいたい四歳児にそう訊くか。

 まあ、新人さんだしね!

 とりあえず、理解できないはずなので、首をこてんと傾げといた。


「ぐ…………っ」


 あ、周りで何人かふらついている。


「ご、ごほん。その子が、検挙当日に当方で保護した少女だ」


 ふらついた一人である団長さんが、軽く咳払いの後に説明する。


「年齢は医法師に確認させたところ、4歳。名前は………… ()()()()()。それ以外は覚えていないらしく不明だ」




 …………え?




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