お迎えが来ました
今までは、カチュアさんの部屋を間借りしていたから、自分の持ち物というものはほとんどなかった。服も恐らく保護した子供用かなんかだろう、微妙にサイズが合わないくたびれた服だったし、高さの合わない椅子もクッション山積みにしただけだったし。
それでも特に不自由はしていなかったし、不満もなかった。だって、楽しかったもの。
会社とマンション往復だけで人生終わりかけてたアラフォー社畜にしてみりゃ、もう楽園だしね!
なのに、あの日から、なんかいろいろと届けられる。
まず最初はカチュアさんだった。
ピンク色の、リボンいっぱい、フリルいっぱい、ふわっふわのワンピース。
いやいやいや。どこのアイドルの衣装ですかっ?
ドン引きしていると、アライダさんがダメ出ししてくれて、せめてリボンは全部とって来いと突っ返してくれた。できたら、フリルも半分以下にしてほしいかも。
代わりに、アライダさんはキラキラとラインストーンが散りばめられた髪留めで、器用にわたしの髪をまとめてくれて、「小さな淑女ですわ!」とご満悦だった。
モニカさんからは、本を一冊。四歳児に普通の本。いやまあ、読めるけども。……タイトル、ちょっと怖いんですけど!?
ゲレオンさんは歩きやすそうな革のくつ……っ。 なにこれ重い!? にっこり笑って錘入りなのっ?
フリッツさんは、ビンいっぱいのカラフルなキャンディ、箱一杯のクッキー。ついでにほっぺにちゅ。は? 「お兄ちゃんの役得~」って言ってた割には、あとで袋にされてた。コンラートさんはクルミ2個。なぜ。
なんか物が増えたら、今度はヘルマンさんが小さなポシェットをくれた。そして、目の前でぽいぽい放り込んでいく。そこにあったものを全部きれいに放り込んで「ハイどうぞぉ」。……明らかに容量オーバーしてません!?
そんなこんなで、二日が過ぎて。
三日目の朝。
むっくりと、いつものように広いベッドに起き上がる。
あれ、床にカチュアさんがいない。夜中に一回腕が落ちて来たから、ベッドに一度は寝たはずなんだけど。朝の巡回かなんかかな。
ベッドから起きて、東側のカーテンを開けて窓も押し開く。
今日もいい天気だ。気持ちのいい風が吹いてくる。
朝日に向かって柏手二つ。今日も良い日になりますように。
すると、陽射しからこぼれるように、ころんと小さな光が転がった。
床に落ちて、はねる。部屋の隅まで転がると、消えて、代わりに陰からふわりと別の光が浮いて、ゆらりと一周して消えた。
台所とか居間とかでもたまに見る。
これはきっと良い傾向。
『起こす』ことに成功しているんではなかろうか。
比較的、片付くようになったし、寝癖も減ったし、食事も肘はつかなくなった。パンイチはまだしつこく生き残ってはいるが、みんな、なんかこっちをチラチラ見ては、決まり悪そうにささっと居住まいを正すのだ。
幅を利かせていた貧乏神の肩身が狭くなったに違いない!
ゴソゴソと少し大きめのワンピースに着替える。本当はズボンが好きなんだけど贅沢は言えない。
壁の鏡を見ながら、手櫛で髪をとかす。
…………相変わらずの美幼女よね。
未だに違和感半端ないわ。
「チビちゃん、起きてる〜!?」
元気よく、珍しく朝からちゃんと隊服を着たカチュアさんがやって来た。
「お腹空いてると思うんだけど、こっちの都合も考えない、時間しか頭にない、お堅い陰気なお客が来てるから、ちょっと団長の部屋行こうか」
団長さんの部屋。
いわゆる“執務室”というやつだ。
職場にあたるだろうから、あるのは知っていたが近寄ったことはない。公私混同はいけないからね。なにより今は四歳児、大人の世界に立ち入ってはいけない。
なのに呼ばれた。着替えてから行く。例のワンピ。リボンが減っててホッとした。背中に唯一残ったそれが、体の半分ぐらいの大きさだったとしても!
お迎えが来たんだな。
「陰気で頭でっかちなお兄ちゃんが、お前とお話ししたいって言ってるんだよ。だからちょっとお泊まりして来てくれるかな」
団長さんがそう言ってた。
お泊まりね。
ちびっ子を抵抗なく送り出すにはいい言い訳よね。
日常から外れた、ちょっとした冒険みたいなものだもの。子供にとっては「楽しい」ことだ。
本当は、第二から第三へと、日常が変わるのだけれど。
知っているけど、その心遣いは無碍にはしまい。
はしゃぐ四歳児になり切ろうじゃないか!
コンコンとドアをノックする。
「入ってくれ」
「おはよーごじゃいます!」
…………ちなみに、本人的には「おはようございます」と言っているつもりだが、舌ったらずは現在進行形である。
正面の大きな立派な机には、団長さんがいる。
左に並んでゲレオンさんとヘルマンさん。
そして残るメインメンバーが、ぐるりと壁に沿って並び、空いていた背後は、パタリと音を立ててドアを閉めたカチュアさんが陣取った。
完璧なる包囲網。
その中心に、メガネ魔法少年でお馴染みのローブ?を着た男性が、気の毒なほど真っ青になってガチガチに固まって立っていた。
圧迫面接かな。
++++
「おはようごじゃいます!」
「おはよう。早かったが眠くないか?」
「だいじょうぶ! みんなもおはようごじゃいます! きょうはみんなおりこうさん!」
クルっと見回しながら言うと、あちこちから苦笑が混じったおはようが返ってくる。うん、良いことだ。来たばっかりの時は「お」もなかった。
「え? なんか、仲いい……?」
それに混じって、戸惑ったつぶやきが聞こえてきた。声の方を見上げると、隣にいた男の人が、目を真ん丸にひん剥いてこっちを見下ろしている。
見るからに新人の雰囲気を醸し出している、ヒョロヒョロのお兄さんである。
子供の受取りなんて、つかいっぱしりの案件だろう。もしかしたら、これが初仕事なのかもしれない。だから緊張でガチガチになっているのだ。気の毒に。
わたしにも覚えがあるよね。はるか遠い昔のことだけどさ。上司も先輩も鬼に見えるし、顧客は敵に見えるし、商談なんてラストミッションよ! 前の晩なんて、寝れたもんじゃなかったわ。
このお兄さんの真っ青な顔色も、きっと寝不足に違いない。
「うん、なかよしさんなの。はじめまして。おにいしゃんはだあれ?」
挨拶と自己紹介は大事よ? 社会人の常識ね。
「あ、は、はじめ、まして? ぼ、ぼくは、く、クルト・アメルン。き、きみはJの……」
バン!
大きな音がして、びっくりした。
「ああ、すまん。虫がいた」
団長さんの手が、机を叩いた音だったらしい。
「い、いえっ。それで、きみはヨッ………」
キラリと光りながら、何かがお兄さんの顔の横を掠めていった。直後、タン、と背後のドアで音がして、見ればそこにナイフが一本突き立っていた。
「…………」
お兄さんの髪が一筋、ハラリと落ちる。
「団長、虫ってあれっすか?」
「ああ、そうだな」
ゲレオンさんの言葉に団長さんがうなずく。
よく見れば、確かに小さな羽虫が縫いとめられていた。
あんなちっさいのに!
…………は!
「ゲレオンしゃん、あぶないの! ナイフなげたらめっなの!」
「ごめんごめん。もうしないっすよ〜」
ヘラヘラ笑っているけど、もう何度目よ。こっちは真剣に怒っているのに〜!
「あ、謝ってる…………」
隣のお兄さんが、マジに引き攣っている。
「おにいしゃん、おかおだいじょうぶ? びっくりした?」
「あ、うん。だ、大丈夫。そ、それでだね。きみが奴隷商に拐われてて、こんなところに飛ばされちゃった子かな?」
…………いろいろツッコミどころが満載の言葉選びだね、お兄さん。
だいたい四歳児にそう訊くか。
まあ、新人さんだしね!
とりあえず、理解できないはずなので、首をこてんと傾げといた。
「ぐ…………っ」
あ、周りで何人かふらついている。
「ご、ごほん。その子が、検挙当日に当方で保護した少女だ」
ふらついた一人である団長さんが、軽く咳払いの後に説明する。
「年齢は医法師に確認させたところ、4歳。名前は………… エルシア。それ以外は覚えていないらしく不明だ」
…………え?




