わかりませんでした
「おじちゃん、ありがとう! またね〜」
ヨナタンさんに手を振りつつ、馬場から隊舎へと走っていく。
あ~、ポニー可愛かった!
前は動物飼ったことなくて、触ったこともほとんどなくて、どっちかというと怖かったんだけど。世話してみたら可愛いねえ。
大きくなったら、普通の馬も乗れるかな~。
颯爽と馬を駆り、悪を討つ女剣士!
う~ かっこいいいいいい!
……こほん。
太陽がずいぶん高くなっているから、もう少ししたらお昼だろう。
建御雷神があちこちに声を掛けろというから、行動範囲を広げていくことにした。
畑や厩やら鍛錬場をうろついて、なにかがいそうなところをペチペチ叩いてみたりしている。
もちろんお手伝いもしてますよ?
草抜きしたり、ポニーのブラッシングしたり、片付けしたりして。これがまた楽しい。ゲレオンさんが今度素振りの仕方を教えてくれるって言うし。
うふふ、夢に向かっても一歩前進。
一石二鳥どころか五鳥六鳥。足取りも軽くなるよね!
「ただいま~!」
鼻歌歌う勢いでドアを開ける。
…………あれ?
なんか、暗い。
昼間だから、窓から日も差し込んでるし、明るいのは明るいんだけど。なんか、こう。空気がね?
午前の鍛錬が終わって昼食までの時間って、みんなリビングでだれ~ってダレて無駄話したりダーツしたりボール衝いてたりするんだけど。
今日は、何とか定位置になったテーブルの一番奥に座った団長さんは、両肘ついて頭を抱えてるし、他に3人ほど突っ伏してるし、ソファーでは片腕を顔に乗せたフリッツさんが寝そべって身動きしない。
しーん、て、音がない。
思わず、足音を忍ばせて団長さんに近寄った。
「パパ? どっかいたい?」
肘掛に指をかけて、背伸びをして見上げる。
「ん? ああ…………、大丈夫だ」
顔をあげた団長さんが、ゆるっと笑って頭を撫でてくれる。
大丈夫という割には、陰が落ちている。
「チビぃ」
突っ伏していたヘルマンさんが、起き上がって指でちょいちょいわたしを呼ぶ。
「なあに?」
たたっと近づけば、
「これをあげよぉ」
にっこり笑って飴を口に放り込んでくれた。
こっちの飴って、わたしにはとてもとても甘いんだけど、たまにだと美味しく感じるのよね。
「ありやと~」
飴を転がしながらお礼を言うと、隣にいたコンラートさんに、無言で頭をぐしゃぐしゃ撫でられた。
一体どうしたというのだろうか。
落ち込んでるけど元気出してる。そんな微妙な空気である。
その後、隅にぐしゃっと置いてあったケットを両手で担いで、ソファーのフリッツさんの上に乗せた。ちっちゃいからね、バサッと広げるのは無理なのよ。乗せたうえで、あちこち引っ張って広げようとしたら、
「優しいねぇ。いい子だよねぇ。 お兄ちゃんはうれしいよ」
腕の下から視線だけよこして、また頭を撫でられた。
なんだなんだなんだ?
撫でられすぎて乱れに乱れた髪を治しつつも、訳がわからん。
「団長! 団長、団長、団長!」
バン! と玄関が開いた。びっくりした。
「第三から打診が来たって本当ですか!!!」
カチュアさんが肩で息をしながら駆け込んでくる。
「ああ。朝のうちにな」
無表情で団長さんが答えた。
「だから! だからうちで飼うことにしましょうって言ったじゃないですか~~~~! さっさと宣言しとけば良かったのにっ!」
「飼うっていうな。もとからうちは第三の手が空くまで預かっていただけだ」
「それはそうですけど!」
「だいたい、無理があるだろう。前も言ったがこんな荒くればかりのところでどうやって面倒を見る」
「できてるじゃないですか! チビちゃんいい子ですし!」
「『早く助けてあげなきゃ』だってさぁ」
ヘルマンさんの言葉に、元からいた全員の顔が苦虫を嚙み潰したみたいになった。
「は? なに!?」
「昨日、父に用事があって中央に行ったんだよねぇ。そうしたら、第三の奴らが廊下でしゃべってるの聞こえたんだよ。『あんなところでかわいそうだから』ってさぁ」
しーんと、静寂が広がる。
「あ"?」
「…………聞き捨てなりませんわね」
「粛正しましょうか」
地を這うように、いつの間にか揃った女性陣のひっく〜い声が、やたらと響いた。
「やらない方が良いっすよ。真実味持たせるだけっす」
「き〜〜〜っ!!」
ああ、つまり。
例の奴隷商事件の関係者として、第三騎士団とやらからわたしを引き取るという連絡が来たわけね。
調査と保護目的で。
……関係者じゃないんだけど。
いいタイミングで神様に落とされただけだけど!
…………
そう、それだけだ。
わたしの面倒を見なければならない理由は、何もないのだ、第二には。
なんちゃって、だけど、理由があるのは第三で。
だから、第三にいくのは妥当なのだ。
楽しかったんだけどねえ。
迷惑はかけられないよね。うん。
ああ、素振り教えてもらえるところだったのに。惜しい。
でも、まあ。
仕方がないよね。
わたしはわきまえられるおばさんなのさ。
けど。
今の会話の中で、ひとつだけ意味不明。
「ねえ、おにいちゃん」
この中で、標高的に一番近い、ソファに寝転がっているフリッツさんに近づいた。
「なんで『かわいそう』なの?」
「…………え?」
そう。
なんで「かわいそう」なの?
で。
なんでみんなキョトンとこっち見てるの?
何言ってんだこいつ。
そんな顔で。
心底分からず、みんなを見回す。
みんなは、こっちを凝視している。
なによー
わたし、なんか変なこと言った!?




