貧乏くじ引いた(第三魔法使い)
「は〜」
ため息が出た。
朝からもう何度目だろう。
気が進まない。
胃が痛い。
頭も痛くなってきた。
熱もあるかも。
体調不良だ。
だから無理だ。
今日は帰ってまた明日にしよう、そうしよう。
結論が出たところで帰宅しようと席を立ち、戸口へと一歩踏み出した目の前にがっしりとした胸板が立ち塞がった。
「……」
恐る恐る視線を上げると、こめかみに青筋立てた先輩がいた。
「どこに行くつもりだ? クルト・アメルン」
「…………」
怖いのでおうちに帰ります、とは言えなかった。
僕はクルト・アメルン。
第三騎士団所属の魔法使い。今年入ったばかりで、書類運びとか伝令とか掃除とかしかまださせてもらっていない。
もちろん、そういう仕事にも学びはあるので、疎かにはしていないつもりだけど、やっぱり、早くもっと上の仕事をさせてもらいたい、という野望はあった。同期たちとあーだこーだと好き勝手な夢をぶちまけては、走り回る日々である。
そんな僕らに出動命令が出たのは十日前。
兼ねてから捜査中の奴隷商人の一斉検挙のサポート要員としてだった。
監禁されているであろう子供たちを、検挙後に保護。座標を前もって設定してある転移魔道具に魔力を流して起動させ、王宮内の保護施設に移動させるだけの、簡単なお仕事である。
ぶっちゃけ、魔力さえあったら誰でもできるので、魔法使いである必要性はまるでないのだけど、なんと言っても初現場! 僕らはそれはもう張り切っていた。
しかし。
しかし、だ。
一味が拘束されて来るのを今か今かと待っていたら、突然、離れた場所にあった物置小屋が火を吹いた。
「わ!」
「な、なんだ!?」
同時に、捜査に入っていた屋敷から先輩たちが駆け出してきて、
「あそこの地下に子供が居る! 続け!」
僕たちを見ながら突っ込んでいく。
「え? なに、どういうこと?」
「お、俺たちが行くの!?」
「なにぐずぐずしている! 子供たちが焼け死ぬぞ! さっさと行って転移させろ!」
「は、はい〜っ」
駆け出した。
助け出された子供たちに、「もう大丈夫だよ〜、お兄ちゃんたちと優しいおばちゃんのところに行こうね〜」と、ゆるゆる転移するだけだったはずが、先輩たちが水魔法で消火していってくれているとはいえ、ブスブス火が燻り煙が充満する地下への階段を咳き込みながら駆け降りて、火傷を負ってぐったりしている子供たちを助け出すことになるなんて!
とにかく、何人かの子供たちに触れて魔道具を起動させようとしたら、今度は魔道具がショートした。
後から聞いたところによると、犯人たちが悪あがきで魔法で破壊しようとしたらしいんだけど、ために、前もって設定していた座標が狂った。
元々の保護施設に飛んだのは5人だけで、後はまあ、それこそいろんなところに移動してしまったのである。
++++
最初の計画ではまとめて保護をするはずだったのが、火傷の治療も加わって、保護施設に全員を一度に収容することが無理になったらしい。
施設以外に飛んでしまった子供たちは、容態と先方さえ許せば、暫く預かってもらうことになった。
…………第一騎士団に落ちてしまった赤ん坊は、その日のうちに団長直々に引き取りに行ったけど。なにしろ、第一は高位貴族ばかりだ。いろいろ恐ろしいからね。
一人二人と引き取って行って、最後の一人になった。
引き取りの打診を入れて引き取って来るように命令されたんだけど…………
第二なんだよ!
あの、魔獣とか盗賊とか、バッサバッサとやっつけちゃう荒くれもの集団! 体もゴツく、筋肉隆々、目つきも怖い。
団長のワーグナー様からして、綺麗な顔してるのに眉間の皺も深々と、王宮の中でさえ老若男女関係なしに蹴り飛ばして我が道を行くという。ついた二つ名が「エーバー」って、恐ろしいことこの上ない!
目が合っただけで、ちびっちゃった奴も過去には居るらしい。
そんなところに、こともあろうにちっちゃい女の子が保護されている。
別の意味で、早く助けに行かないと! という意見は多かった。にも関わらずこうして最後になったのは。
怖いからだよ!
みんなで押し付け合っているうちに最後になっちゃって、最終的にかけてカードで勝負して。
僕が負けたわけです。
え〜ん、やだよ〜っ!




