丸投げされました
チカチカがショボショボになって、だんだん視界が戻ってきた。
見覚えのある場所だ。
目の前にある椅子によじ登る。
『山本道子! 息災にしておったか!』
「はい、おかげさまで。お久しぶりです。お元気で…………すね」
相変わらず、建御雷神は物騒なところにあぐらをかいていらっしゃる。
『すまんな。もう少し早く様子を観にくるつもりだったのだが、少々立て込んでおってな』
「いえいえいえいえ、、滅相もない! こちらこそ、お呼びたてしてしまって申し訳ありません」
ささっと畏まって平伏する。染み付いた社畜根性のなせる条件反射である。地面がおぼつかないので、椅子の上なのは勘弁願いたい。
「神様ってやっぱりお忙しいんですか」
『なに、拐かしの苦情申し立てに駆り出されているだけだ』
拐かし………… それはまた物騒な。
『どこもかしこも、手間を省きたいばかりにうちの魂を欲しがってな。果ては、まだ他の世に回す時期ではない魂まで、入れ物から出た隙を見計らって拐かして行く。お陰でこちらは代わりの魂を探さねばならず、迷惑なことこの上ない』
建御雷神はやれやれとばかりに、大きく息を吐いた。
『だいたい、お前たちが悪いのだぞ。どこに行っても、勝手に納得をして動いて片を付けてしまう。転生したと告げるだけでいいから楽ができると大人気だ』
「あ~…………」
それはまあ、なんと申しますか。あはは。
『笑っている場合ではないぞ。お前などその最たるものだろうが。生を終えて魂が抜け出たわけではなく、単なるやらかしの結果だというのに、怒りも何もしなかったではないか。その上、まずやっていることが大の大人のしつけ直しだ。大概ではないか?』
「え~ だって…… 『申し訳ございませ~ん! また何かやらかしましたか! 平に、平にご容赦を!』」
ずざざざざっ
ものすごい勢いで、スライディング土下座をしながらダルマクさんが滑り込んできた。
『頑張って、それはもう頑張って監視しているつもりなんですよ! けれど忙しすぎて、下級神の一挙手一投足までは目が届かぬありさまでして! 便利なヤマトの不興をこれ以上買うわけにはいかないんです!』
便利って言ったよ、この神!
こそっと隣に視線をやれば、建御雷神の眉間のしわが深くなってた!
『忙しいのはどこでも同じだ! 大体、なんだそれは』
『これこそが、ヤマトにおける最大級の謝罪の技だと学びましたので!』
『あれからは何もないわ! やめんか、鬱陶しい!』
『あ、ないんですか? なんだ、良かった~』
けろんと、ダルマクさんはどこからか出した肘掛椅子に腰を下ろした。『粗茶ですがどうぞ』と、建御雷神に紅茶の入ったティーカップを手渡している。
『いきなりおいでになるので、慌ててしまったではないですか。では忙しいのでこれで』
『待て。忙しいですべてが片付くと思うな』
椅子から立ち上がり、背を向けたダルマクさんの襟首を建御雷神がつかんだ。
『な、なんでしょう?』
『うちには、お前たちに便利に扱われる謂れはないんだが?』
ひくり、と、ダルマクさんの顔が引きつる。
『だ、だって仕方がないじゃないですか。こちらは神手不足なんですよ。魂を廻すだけで手一杯で、懇切丁寧に世界を渡った説明なんてしている暇ないんです~』
もはや半泣きである。
べそべそとする彼を見下ろし、ため息をつきつつ建御雷神がダルマクさんをぽいと投げ捨てた。
『そも、全てを神で片付けようとするから手が足りんのではないのか。魂の割り振りなど、うちは地獄に丸投げだぞ』
『投げる場所がないんですよ~ 何とかしようと下級神を教育しているところなんですが、問題ばかり起こして余計に足引っ張りますし……』
『眷属はどうした。たかが齢五百の下級を鍛えなおすより、役に立つだろう』
『眷属……?』
もはや、お悩み相談室と化しかけた時、建御雷神の言葉に、きょとんとダルマクさんが目を瞬かせた。
『山本道子の様子を窺おうにも影も形も見当たらん。おかげで俺が直々にこうして出向くことになった。奴らはどこで何をしておるのだ』
『そういえば、どこに居るんでしょうね?』
こてんと首をかしげる。
その様子を見て、建御雷神が深々とため息をついた。
『山本道子』
「はい!」
あ、良かった。忘れられてなかった。
口を開けて、神さまのやり取りを見ているしかなかったけど、とりあえず、しゃんと背筋を伸ばす。
『恐らく相手にされずいじけてその辺りで惰眠をむさぼっておるだけだ。たたき起こして引っ張り出せ。奴らがおれば、お前にも都合がいいぞ』
「はあ……」
いじけてねえ……
「え? ちょっと待ってください? たたき起こすって、どうするんですか!?」
『なに、今やっていることと大して変わりはない。初めの陽を崇めることを忘れずに、あとは声でもかけてやれば出てくるだろうよ。動きやすくなった頃にまた来よう』
しゅん、と音を立てて、建御雷神の姿が掻き消えた。
「え? ちょ、ちょっと!?」
『なんだかわかりませんが、よろしくお願いしますね。期待していますよ。改善されて余裕ができたら、改めてお詫びに伺う時間も取れますから。では、本当に忙しいのでこれで』
にっこり笑って、ダルマクさんも消えた。
「なにその他力本願! 忙しいで済まさないで~っ!」
ど~すんのよっ!
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誤字報告、ありがとうございました。(((o(*゜▽゜*)o)))♡




