蛇の意味 2
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ローデル男爵の邸は二階建てのそれほど大きくない建物だった。
門扉から十五歩ほど歩けば邸の玄関までたどり着くことができ、邸の周りをぐるりと囲む庭は殺風景で、玄関の前に白い花を咲かしている蔓薔薇のアーチだけが唯一の色どりと言っても過言ではない。あとは少し伸びすぎている感のある芝生が庭中を覆い、背の高い木がポツンポツンと生えている。
馬車を降り、シオンたちが玄関の前までやってくると、そこには白髪交じりの黒髪を撫でつけたひょろりとした男が立っていた。白いシャツに皺ひとつ見当たらず、口元に笑み一つ浮かべないところを見ると、ずいぶん生真面目な男のようだ。どうやらローデル男爵家の執事のようで、シオンを見るときっちり四十五度に腰を折って一礼した。
「シオン・ハワード様ですね。主から聞いております。この家の執事をしております、トムキンスです。それで……、そちらの方々は?」
シュゼットとアークに視線を投げて、トムキンスが困惑の表情を浮かべた。
シオンは申し訳なさそうに頬をかきながら、
「すみません、ついてくると言ってきかなくて……。この子は遠縁のシュゼットで、その後ろの男はシュゼットのまあ、護衛と言うかお目付け役と言うか、そんなところです。ご迷惑なら帰しますが……」
「帰らないわよ」
シュゼットがすぐに不満を口にした。シオンは彼女を小さく睨み、口の動きだけで「黙れ」と告げる。余計なことを言うなとあれほど言ったのに、ついた早々これでは先が思いやられた。
トムキンスは少し考えるような仕草をして、「主に確認してまいります」と邸の中に戻っていく。ややして戻って来たとき、ローデル男爵も一緒だった。
「やあ、シオン。いらっしゃい。小さなお客さんを連れてきたんだって? もちろん一緒で構わないよ。ただ、そっちの彼はともかく、お嬢ちゃんには退屈かもしれないね」
「お嬢ちゃんじゃないわ。失礼ね」
「こら、シュゼット!」
傲慢そうにツンとそっぽを向いたシュゼットにシオンは慌てる。
ローデル男爵は虚を突かれたような顔をしたのち、「あっはっは」と声をあげて笑い出した。
「これはいい! 気の強いお嬢ちゃ―――おっと、失礼。小さなレディだ。さ、レディ、リビングにご案内しよう」
ローデル男爵が気取って片目をつむり、腕を差し出すと、シュゼットは気をよくしたのか、小さな体を精いっぱい背伸びさせて、その腕に手を絡めた。
ローデル男爵にエスコートされながら邸の中に入って行くシュゼットのうしろを静かにアークがついて行く。
玄関先に残されたシオンは、同じく取り残されたトムキンスと顔を見合わせ、どちらからともなく苦笑いを浮かべたのだった。