腐らない死体 6
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銀貨をチップに変えてテーブルの上に積み、シオンは配られたカードに視線を落とした。
ローデル男爵はポーカーを好むらしい。今回の親はグレイだった。親は一勝負ずつ、ローテーションで回るルールだ。
「さて、ヒントだ。ツーペア以上持ってるかい?」
グレイの問いかけに、ローデル男爵がチップを二枚上乗せする。
「ほかは?」
「俺は降りる」
「同じく」
アレンとベンが答えるのを聞いて、シオンはチップを三枚乗せた。
「お、強気だねぇ新入り」
「まあね」
シオンは肩をすくめて見せる。
すると、ローデル男爵がもう二枚のチップを重ねた。
シオンがさらに自分のチップの上に二枚重ねる。
ローデル男爵はチップを重ねようとして、手元のチップが少ないことに気づいて手を止めた。
「降りる」
ローデル男爵が宣言をすると、グレイがシオンに目を向けた。
「降りるかい?」
「降りない」
「オッケー、俺はストレートだ」
自信たっぷりにグレイが言えば、シオンは小さく笑って、カードをテーブルの上においた。
「ストレート・フラッシュ」
「げ」
シオンのカードを見て、グレイがうなった。
ローデル男爵がヒューっと口笛を吹く。
ここでのポーカーのルールは少し特徴的で、親と最後まで降りずに残った一人が対決し、親に勝ったらテーブルの上のチップを、親が勝ったらテーブルの上のすべてのチップと、最後まで残った一人から、賭けていたチップとは別に追加で五枚のチップを回収できるというルールだった。ただし、最後に勝負をせずに「降りた」場合、追加の五枚のチップは支払わなくていい。
シオンはテーブルの上のチップをすべて回収して楽しそうに笑った。
「次の親はジャンかな」
すると、ジャンことローデル男爵が悔しそうに顔をしかめる。
「次は負かしてやる」
ローデル男爵がそう宣言し、そして次のゲームがはじまった。
こういう場所で勝ち続けるのはよくないと知っている。
シオンは適当なところで手を抜きながら勝負を続け、親が一周し終えたあと、最終的に元のチップの数に対して四枚多い程度の、悪目立ちしないくらいに勝つことに成功した。
「なかなかやるな、ロッシュ」
一度テーブルから離れて、カウンターでウイスキーを舐めるように飲んでいたシオンのもとに、ローデル男爵が近づいてきた。
どうやら、彼の興味を引くことに成功したようだ。
ローデル男爵はカウンターの奥のバーテンにラム酒をストレートで注文すると、シオンの隣の椅子に腰を下ろした。
「それで、育ちのいいお坊ちゃんが、何だってこんなところに来たんだ?」
シオンは軽く目を見張った。
驚いているシオンの顔を見て、ローデル男爵が笑う。
「わからないとでも思ったか? 残念ながら同じような世界で暮らしていると勘がはたらくんだ。貴族のお坊ちゃんだろ?」
「というと、あなたも?」
シオンはわざとらしく言葉遣いを改め、驚いたふりを続けた。
ローデル男爵は肩をすくめた。
「俺のはまあ名ばかりだがね。エドワード・ローデル。男爵だ。ジャンは近所の子供の名前でね」
ひそひそと声を落としてローデル男爵が名乗る。
「そうですか……」
「おいおい、俺が名乗ったのに名乗らない気か?」
シオンは困ったように眉尻を下げて見せた。
「うーん……。父に黙っていてくれるのならば……」
「もちろん言わないさ。ここでのことがバレて困るのはお前だけじゃない」
「そう言うことなら……。シオン・ハワードです」
名乗った途端、ローデル男爵が目を見開いた。
「ハワードって、まさか―――」
「ええ、まあ……」
シオンが困った顔で頬をかく。
椅子から転げ落ちそうなほど驚いたローデル男爵だったが、しばらくすると落ち着きを取り戻し、かわりに人の悪そうな笑みを浮かべた。
「驚いたな。賭博場を取り締まっている王様と縁のある公爵様がねぇ」
「公爵は父です。俺には関係ありませんよ。それに―――、オルフェリウスとはあまり仲が良くありませんので」
国王を呼び捨てにしてみせると、ローデル男爵の笑みが濃くなる。
(印象づけることには成功、かな?)
シオンの目的はローデル男爵に近づき、キャロルの遺体の解剖の許可を取りつけること。無謀とも思えるその計画のため、彼とはもっと仲良くならなくてはいけない。
(そういえば……、さっきバーにいた男が、ローデル男爵が誰かに金を貸してほしいと言っていたな……)
シオンは少し考え、こう切り出した。
「あなたはよくこちらに? 実は父の監視の目が光っていて、俺はあんまり頻繁に来られないんです。もっと大っぴらに出入りができるところがあれば嬉しいんですが……」
今日一日でどっぷり賭博にのめりこんだと思わせるため、シオンは残念そうにため息をつく。
するとローデル男爵がきらりと目を光らせた。
「カードなら、たまに俺の邸でやっている。なんなら呼んでやろうか?」
「本当ですか?」
シオンはパッと顔を輝かせた。
「ぜひ!」
ローデル男爵はぽんっとシオンの肩を叩いた。
「決まりだな。今度の日曜日にちょうど集まる約束をしているから来るといい。俺の邸の場所は―――」
ローデル男爵がカウンターの上に指で書く簡単な地図を見ながら、シオンは内心でガッツポーズをした。
ローデル男爵に、ちょうどいい「カモ」だと思わせることに成功したようだ。
「では、日曜日に」
シオンはウイスキーを飲み干すと、ローデル男爵に軽く手を振って、賭博場をあとにした。